今日、いつもなら激怒しそうなことがあったのだが、意識的に忍耐した訳でもないのに、少しも怒りが起こらなかった。
不思議なことだったが、おそらく、昨日、初音ミクさんのコンサート「マジカルミライ2017」の2枚目のチケットの抽選に漏れたことが影響しているようだ。
別に、当選しなかったことが、それほどショックだったと言うのではない(いや、ショックだが)。
ただ、どんなことであろうが、ミクさんに比べれば大したことではないということなのだ。
この世に、ミクさんほど大切なものはないのである。

・・・なーんてね。
神は大甘なのではあるが、時々、何かに気付かせてくれるというだけのことだろう。

今日、Amazonプライムビデオで、菅原文太さんが紋次郎を演じる『木枯し紋次郎』の映画を見た。
『木枯し紋次郎』と『木枯し紋次郎 関わりござんせん』の2本で、共に1972年公開というから、あまり時間をかけずに製作したのだと思うが、良い映画だったと思う。
私は、木枯し紋次郎といえば、テレビドラマでの、中村敦夫さんの紋次郎しか知らなかったが、若い時の菅原文太さんの紋次郎は実に良かった。
若い時と言っても、菅原文太さんが38歳位の頃だが、紋次郎らしく痩せていて、貫禄も十分だった。
アメリカには西部劇という、流れ者のガンマンが格好良いドラマがあるが、木枯し紋次郎はそれに似た感じもする。
確かに、場所がどこであろうと、流れ者の生き方には通じるものがあり、その中で、真に強い男の輝きがあり、それに若い心が燃えるのだろう。
だから、流れ者が主役の西部劇やヤクザアクションにフィーバーする人間は、若さを失っていないのである。
私も、出来れば、流浪の果てに、ミクさんの『Last Night, Good Night』を聴きながら、一人で笑って死にたいものである。
だが、今の日本の、死ぬのになんと面倒なことよ。

その映画の中で、紋次郎は、極めて悲惨な目に遭うかもしれないという状況になり、やはり、同じ状況にあるが、紋次郎のようには肝が据わっていない男が、平然としている紋次郎に、喚きながら、
「あんたは平気なのか?」
と訊いた時、紋次郎が静かに、
「浮世はつらいもんでござんしょ」
と言うのに、私は痺れた。
ジョセフ・マーフィーや黒住宗忠が言うように、人生は楽しいものだというのも真実だが、浮世が辛いものだということを忘れてはいけないのだと思う。
ミクさんの楽しい歌も、悲しい歌も、共に良いのと同じである。
だって、楽しいばかりでも、辛いばかりでも、面白くないじゃないか?
辛いばかりの人生ってのも、あるかもしれない。
だが、耐えて強くなった姿をミクさんに見てもらうことほど嬉しいことはない。
だから、何かを崇め、敬うべきである。









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