まるで駄目男君を「まとも」にする方法があればなあと思う。
いや、まるで駄目男君を「まとも」に出来る方法でなければ本物でないと思う。
まるで駄目男君とは、私の職場に派遣で来ている雑用係の30歳過ぎの人生の落伍者だ。

だが、実際は、どんな方法でも、まるで駄目男君を、立派とは言わないが「駄目でない」人間に出来るのだろう。
1年365日、朝5時前の決まった時刻に起床する駄目な人間はいない。
1年365日、毎朝決まった時刻に、腕振り運動を千回以上する駄目な人間はいない。
1年365日、毎朝決まった時刻に、聖書や仏典、あるいは、バガヴァッド・ギーターを30分以上読む駄目な人間はいない。
1年365日、毎晩帰宅後、1時間以上の読書をする駄目な人間はいない。
1年365日、トータルで2時間以上、肛門を引き締める駄目な人間はいない。
1年365日、トータルで千回以上、念仏を称える駄目な人間はいない。
1年365日、スクワットを百回以上する駄目な人間はいない。
自らの意志で食を慎む駄目な人間はいない。
顔を上げて微笑む駄目な人間はいない。

まあ、これで、金持ちになれるだの、高い地位につけるだの、誰からも尊敬されるだのとは言わないが、年収500万円以上の後ろ指を指されない程度にはなれるはずだ。
まるで駄目男君が、そこまでになれたら、ありえない快挙だ。
だが、どれか1つで良いのである。
1年やればかなり向上するが、一生やる覚悟さえ出来れば、3~4ヶ月で効果が現れる。
10年続けば、只者ではなくなる。

だが、まるで駄目男君は、何も3日と続かないのだ。
私は甘くない。
私は、「どんな人間もそのままで良い」だの「不要な人間はいない」だのといった戯言は言わない。
まるで駄目男君は世の中に不要である。
自分でやらなければ、この世から排除される。
彼ももうすぐ消えてなくなるだろう。
哀れであるが、仕方がない。
それは良いことなのだから。

もっとも、上から目線になっている場合ではない。
自分が世の中から排除されないようにしなければならない。









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