人間の究極の問題は、楽をしたがることではないだろうか?
昔、プロレスラーのジャイアント馬場さんが、「あらゆるトラブルはヤキモチから起こる」と言われていたが、何にヤキモチ、つまり、嫉妬するのかというと、「自分より楽をしている」ことにだろう。
革命なんて、楽をし過ぎている王侯貴族に、大衆が強烈な嫉妬をして起こるというのが本当のところで、それに、自由だの平等だの万民の権利だのといった格好良い題目を付けるだけなのだ。
庶民だろうが偉人だろうが、本当の望みは「生活が楽になること」だ。

『美少女戦士セーラームーン』のヒロイン、セーラームーンこと月野うさぎが、なぜかくも愛されるのかというと、漫画の初っ端で、月野うさぎは、自分の趣味は、「食べること、寝ること、楽をすること」と宣言したからだと思う。
食べること、寝ることは、誰でも好きだが、全部ひっくるめて、人間が究極的に好きなことは「楽をすること」だ。
ゲーテの『ファウスト』にだって、初めに神様が、「人間はすぐに究極の安息を欲しがる」なーんて、もったいぶった訳をしてたりするのだが、もっと簡単に、「人間はすぐに楽をしたがる」って書けよと言いたい。

西尾維新さんの『物語シリーズ』(私は現在14冊読破。残り8冊)で、中学2年生の美少女、千石撫子(せんごくなでこ)が、のっぴきならないことになってしまうのも、彼女が「シンドイこと」を避け続けたからだが、それはつまり、「楽をし過ぎた」からだ。
撫子はあんまり可愛いので、親も教師もクラスメイト達も、みんな彼女に楽をさせてしまったのだろう。
彼女が、暦お兄ちゃん(高3。ちなみに、本当のお兄ちゃんでは全くない)が好きなことだって、元(撫子の)クラスメイトで暦の妹の月火(つきひ)の指摘通り、それが「楽だから」だ。
鍵をかけた家と部屋の中でキャミソールで誘惑したって、暦お兄ちゃんは何もしてこないことも分かっているのだろう。
そして、美人はなぜ嫉妬されるかというと、やっぱり、「美人は楽だ」と思えるからだろう。
美人は美人で、「美人も結構大変なのよ」と言いたいかもしれないが、ブスよりはずっと、ずーっと楽である。ただし、馬鹿でない限り。
で、千石撫子は馬鹿だったのだ。

人間は、「自分の楽を壊す者」が大嫌いなのだ。
親子の不仲、夫婦の不仲なんてのは、子が親の、親が子の、夫が妻の、妻が夫の「楽」を奪っている、あるいは、奪っているように感じるからなのだ。

だが、ファウストは、神になるために、楽を捨てて、あらゆる努力をするから神様のお気に入りなのだ。
私だって、初音ミクさんのコンサートに行くためなら、楽を犠牲にして努力する。
まあ、気持ちの上では、ミクさんのためなら、楽を捨てて頑張るということだ。
楽が好きなのは仕方がない。
他でもない、神様が、そんなふうにプログラムしたのではあるまいか。
ならば、「何かでたゆまず努力すれば、神様だって楽をさせてくれる」さ。









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