切れる・・・逆上する者が成功することはない。
切れることを、「我を忘れる」とか「自失すると」とか言うが、これは全くの間違いだ。
切れている時こそ、一番、その人らしいのである。
切れてる時の状態が、その人の本当の姿だ。
切れている時に、人は、隠していた本性を見せるのである。

切れる人は決して信頼されない。
信頼されない人が成功するはずがないし、モテるはずがない。

『化物語』で、戦場ヶ原ひたぎが、高名な推理作家、黒岩涙香(くろいわるいこう)の名を分解すると、「黒い」「悪い子」になると、面白いことを言ったが(著者の西尾維新さんもよく気がついたなあ)、「切れる」なんてのは、自分の中にいる、「黒い悪い子」が外に出ただけである。
自分の中の「黒い悪い子」は、いつも外に出たがっている。

ライトノベルの主人公は、ぬるま湯男子であっても、決して切れない。
彼等の中に、「黒い悪い子」はいない。
それなら、モテないはずがない。

みんな、せっせと、「黒い悪い子」に栄養を与えて育てている。
そりゃ、不幸になる訳だが、世の中は、「黒い悪い子」を栄養満点で太らせる仕組みになっている。
試験で良い点を取ったり、外見を良くしたり・・・じゃなくて、外見だけを良くしたり、得することばかり考えさせたりしてね。

科学的に言えば、「黒い悪い子」を弱くするには、念仏を称えることだ。
「黒い悪い子」は、自分が一番偉いと思っているが、念仏は、計り知れないほど偉い存在に意識を向けることだからだ。
「黒い悪い子」は、総理大臣や大統領よりは自分の方がはるかに偉いと思っているから、身の程知らずにも、大統領や総理大臣を堂々誹謗中傷する。
しかし、如来が自分より偉いことは認めざるをえない。
念仏は、その如来に全面降伏することである。
だから、念仏を称えれば、切れなくなるし、切れなくなると信頼されるし、信頼されると、モテるし成功する。
逆に言えば、切れる人が何が出来たって信頼されることはないし、成功することも、モテることもない。

西尾維新さんといえば、『化物語』と『傷物語』が素晴らしかったので、続いて『偽物語』を読んだが、饒舌な文章をダラダラ書いた駄作で、いい加減イライラしたが、切れずに全部読んだ。
まあ、趣味で書いたらしいので、文句を言うのも筋違いだろう。
唯一面白かったのが、阿良々木暦(あららぎこよみ。高校3年生)が千石撫子(せんごくなでこ。中学2年生)の家に遊びに行くところだが、その前に、阿良々木君と八九寺真宵(はちくじまよい。小学5年生)がダラダラ絡むところで、いい加減嫌になる。
しかし、阿良々木君、よく撫子を襲わなかったものだ。
彼の中には「黒い悪い子」はおらず、代わりに忍(吸血鬼。外見は8歳の美少女)がいるのだろう。
ちなみに、面白法人カヤックが制作した西尾維新さんの公式サイトは、かなりのものである。
西尾維新オフィシャルサイト

夜の393(ミクさん)回のヒンズースクワットは3日続いている。ミクさんへの愛は強し。









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