それなりに良い家に生まれ、それなりに良い学校を出て、それなりに良い会社に入って・・・という生き方をしている人なら、日本にも貧困層がいるってことを頭では分かっているとしても、実感はないと思う。

昔読んだ、一流セールスマンが書いた本に、そのセールスマンが子供の時、学校でただ一人、家が貧しくて靴を履かずに学校に通った悔しさをバネに、セールスマンで成功したとか書いてあったが、彼は今は70代以上と思う。
今は、一目で分かる貧困はいないと思う。
実際、私には、こんなことがあった。
私が小学生の時、よく遊んでいたクラスメイトの家に、ちょっと寄った時のことだ。
その子の家が、それが家とは信じられないくらいボロボロの建物だったことに、私は呆然となった。
その子は、靴も服も普通の子と変わらなかったので、それまで分からなかったが、私は、その時、貧乏というものを目の当たりにして実感したのだった。

私は、ニート明けに初めて就いた仕事がフルコミッション(完全歩合制)のセールスマンで、私の場合に限って言うと、それはとてもヤクザな仕事だった。
どんな家にでも飛び込み、安くもない商品を売り込まなければならなかった。
だが、そんなふうに、街の隅々の家を回ると、時々、明らかに「まともな家」とは言えない、あばや家とでも言うのか・・・そんな家ばかりの場所に巡り遭うことがあった。
そんな家の呼び鈴を鳴らし、中から、とても可愛いセーラー服の女の子が、寂しそうな顔で出てきた時には、何とも言えない気分だった。
だが、セールスの会社では言われたものだ。
「どんなボロボロの家にだって、我々の商品を買う程度のお金は絶対にある。遠慮せずに売り込みなさい」
ってね。
まあ、安い商品なら30万円くらいからなので、そうかもしれないが、ニート明けのか弱い私に、そんなことは出来なかった。

年収が200万円以下なら、そんなボロ家に住むような人達の仲間入りになるかもしれない。
でも、私は、自分の本当の実力なんて、それ以下ではないかと思えてならないのだ。
今、自分が豊かなのは、たまたまで、運が良いだけだ。
いや、私だけではない。
私が勤めている会社の中には、結構な給料をもらっていると思うが、個人的な実力では、貧困クラスという者は沢山いるし、彼等は解雇されたら、特に40代以上なら、本当に貧困になるしかないだろう。
実際、つい最近まで、大企業の役職者で年収一千万円以上だった人が、会社を辞めたり、解雇され、貧困層に転落したなんて話は珍しくもない。
だから、私が、自分の実力は貧困者と同等以下と思うのは、謙虚でも何でもなく、単に、ちょっと現実が見えているだけだろう。

人間、所詮、運である。
そして、個人的には、悪運は悪霊のためであると思っている・・・いや、確信がある。
こう言うと、非科学的なようであるが、まあ、私なりに科学的、論理的に理解しているのである。
だが、常に念仏(あるいは尊い真言や呪文)を称えていれば、そうそう悪いことにはならないだろう。
これも、理屈と情報と経験からも、かなり確かと思う。
ただ、理屈じゃなく、直観的にピンとくるなら、そうしていただきたい。









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