ある高齢で死を迎えつつあったお坊様が、何日も意識がなく寝たきりになっていたのに、不意に布団の中で起き上がり、
「我が力やない」
とはっきり言われたそうだ。
それが、見知らぬ私にも届いた、そのお坊様のメッセージである。

今月の、アメリカ大統領就任式で国歌を斉唱したジャッキー・エヴァンコさんは、5年ほど前に来日した11歳の時、テレビ番組の中で、「もしかしたら、神様が私に降りてきて歌っているのかもしれない」と言ったが、これも同じで、「私の力で歌っているのではない」ということだろう。
画家の横尾忠則さんは、「私は天の美を地上に表す道具」といったことを言われたと思うが、これも、「私の力で描いているのではない」ということだ。
Googleの人達は、「インターネットの意思に導かれて開発している」と言うらしい。
つまり、Googleの人達はインターネットに開発させられているのだし、本当に開発を行っているのは自分達ではなくインターネットなのだ。
BUMP OF CHIKENの藤原基央さんは、「曲の意思を聞くことを精一杯やっている」と言う。
これもやはり、曲を作っている、曲を演奏しているのは、自分ではなく、曲なんだということだと思う。

親鸞は、念仏を称えると罪が消えるのは、自分が念仏で罪を消しているのではなく、仏様が消してくれるのだと言う。
そして、念仏自体が、自分の力で称えているのではなく、仏様に称えさせてもらっているのだと言う。

自分は、人生や世の中の傍観者・・・というよりは、やはり、横尾さんが言われた通り「道具」なのだろう。
良い楽器は、演奏者の意思を忠実に音にする。
藤原基央さんは、曲を誠実に、忠実に、再生、再現、表現する初音ミクさんに、「尊敬に近いものを感じている」と言われていた。

ぼくらはこの大きな星のなかでずっと踊り続けるんだ
色も言葉も混ざり合って
今ひとつに
~『Blue Star』(作詞・作曲・編曲:八王子P。歌:初音ミク)より~

我々は、踊らされているのだろうが、高い存在の意思に忠実に踊れば良い踊りだが、自分の踊りたいように踊れば悪しき踊りになるし、さらに、他人の意図で踊れば、邪悪な踊りになる。
「色も言葉も混ざり合う」ことが、高い存在の意思なのだろう。

好きなように踊りたいの
あなたの手を離れて
~『好きなように踊りたいの』(作詞:坂井泉水、作曲:坂井泉水、葉山たけし。歌:ZARD)より~

この歌の場合、「あなた」の手を離れた後、神の手を取るか、自分勝手に踊るかである。









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