頭を良くするためには、頭を悪くする原因を取り除けば良い。
人間の脳は、元々、超優秀なのだから、何かを付け加える必要はなく、不要なものを取り除けば良い。
そして、頭を悪くしている原因は、頭の中の嘘の情報である。
だが、我々の頭の中は、嘘の情報だらけだ。
毎日、テレビやネットから、嘘の情報がどんどん入ってくる。
だから、「テレビは絶対に見てはいけない」と言う人はいるが、それなら、ネットも同じことだし、新聞、雑誌などのあらゆるメディアもそうだ。
広告宣伝とは、どうやったって、嘘にしかならない。
「カイロと言えば白金カイロ」という宣伝文句も、ひどい嘘だ。カイロは他にもいろいろある。
自動車だって、カタログの中で語られているほど良いものじゃあない。
だが、あらゆるメディア、あらゆる広告を全く見ないというのも非現実的だ。

クリシュナムルティーは、「私は何も信じない」と言い、デカルトは、「疑い様がないほど明らかなものだけを真とし、それ以外は全て偽とする」と言ったが、それらは浮世離れし過ぎであろう。
人間は、何かを信じないと生きていけないし、疑い様がないほど明らかなものなど無い。
アインシュタインは、自分が持っている偏見・・・つまり、頭の中の嘘に悩んでいたが、それは仕方がないことだ。

荘子は、「一切を区別するな。それが無理でも、せめて、優劣をつけるな」と言った。
確かにそれが、頭の中の一切の嘘を除く確実な方法だ。
だが、そんなこと出来るものか。
もっと現実を見ろよ、荘子さん・・・だ。

「私は身体ではない。私は感覚器官ではない。私は心でもない」と、インドの聖者ラマナ・マハルシは言った。
もう勝手にやってろ・・・である。
こちとら、稼がないと生きていけず、稼ぐためには世間常識も必要なのである。

それで、昔から「現実的な」賢い人達は、一番重要な何かを持ち、その他のことは、それに比べれば、さして重要でないと思うことにしたのだ。
頭の中に、嘘の情報は沢山ある。それは仕方がない。
しかし、一番重要なものをダイヤモンドとし、それ以外は石ころにしてしまえば、石ころに惑わされることはない。
その一番重要なものが、神々の王ゼウスであり、天の父であり、阿弥陀如来であり、天照大神だった。
だが、それは何でも良いのだ。
よく例に出すが、ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』では、最下層の26人の男達は、16歳の可愛いが平凡な娘ターニャを崇め、ガリの『自由の大地』では、堕落したフランス兵達は、空想の少女を崇めた。
『二十六人の男と一人の少女』のターニャだって、男達を一生騙せれば、立派なダイヤモンドだった。
だが、人間というものは、いかに歴史的、人類的な英雄であろうと、人間である限りは、大したことはないのだ。
ガンジーやマザー・テレサにしたところで、身近にいたら、そんなに崇拝すべきほどの人達でないことは、本人達が少し謙虚であれば、確実に認めることだろう。
彼らが聖人だというのもまた、多くの人々の頭の中にある嘘なのだ。

自分だけの価値を持つことだ。
それは、支配者達が、絶対に大衆に薦めしないことだ。
ならば、それをやらずにどうする?
イチローが野球に対して、どんな想いを持っているかは、決して語らないだろうし、語っても、誰にも分からない。
また、分かる必要もない。
我々も、自分にだけ分かることがあれな良い。
そして、それが結局は、自分以外の天才達と共感することになるのである。









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