魔法の杖とか、魔法のランプがこの世にあるのかというと、確実にある。
しかし、だからといって、それらが「はい」と簡単に与えられる訳ではない。
古代から伝えられている全ての物語や、それをモチーフに作られた新しい物語の通り、人間が成長して、必要な条件が満たされた時に、それが与えられる。

玄奘三蔵の伝説がそれを表している。
インドに行こうとしていた三蔵だが、インドから来ていた僧が病気で苦しんでいるのに出会い、放っておけずに親切に看病した。
すると、そのインドの僧は、三蔵に魔法の呪文を教えた。
中国から、チベットの山々を越えてインドに行くだけでも絶望的に難しいのに、野獣、山賊、食料の入手困難、寒さや病気と、ありとあらゆる障害が三蔵に降りかかる。
しかし、魔法の呪文のおかげで、三蔵が無事インドに着くと、あのインドの僧がそこにおり、自分は観世音菩薩だと告げる。
その呪文が、般若心経の呪文である、「ガテーガテー、パーラガテー、パーラサンガテー、ボーディスヴァーハー」である。
三蔵が理屈っぽい人なら、呪文を教えられても、
「いや、その呪文を知っているアンタが病気で苦しんでるじゃない。呪文の効果はないじゃないの?」
と思うだろう。
しかし、自分がこうして看病して、このインドの僧は良くなりつつあるのだから、やっぱり呪文は効果があるんだと三蔵は思ったに違いない。
そんな者でないと、魔法は与えられない。

有名な俳優だった丹波哲郎さんも、若い時から魔法の杖を持っていた。
だから、戦争に行き、若い二等兵(最下位の兵隊)が誰もがやっていた、上官の世話(洗濯や使い走りその多)なんか一切せず、好き勝手やってても、誰もが腹を減らしていた時に、安全な場所でたらふく食べ、欲しいものは豊富に手に入れ、あまつさえ、女にも不自由しなかった。
そりゃ、苦しいこともあったろうが、基本的には、何の苦労もなく、すいすいと大俳優になっていったが、彼は最後まで、好きなことしかしなかった。
丹波さんの魔法の杖とは何かというと、ものにこだわらないということと、後はやはり、とどのつまりが・・・彼は人に優しかったのだ。
と言っても、いつもベタベタと他人に親切にしていた訳ではないが、最後には、冷酷になれずに人情が勝ってしまう・・・そんな人なんだと思う。
私が、若い時から、丹波さんの真似をして、会社の中でいつも、かなりの無茶振りをやっていたが、やはり、うまくいってしまった。
それはつまり、人生では戦いは避けられないが、「最後は許す」という、この一点があるかどうかだけで決まるような気がする。

私は、まるで駄目男君に魔法の杖を与えようとしてきたが、彼はそれを持てない。
昔、嫌な目に遭わされた相手を許すことが出来ないからだ。
だが、たとえ、許せば魔法が与えられると理解しても、それを実践するのは難しい。
私も、丹波さん並に許せば、丹波さん並に成功するが、まだまだだ。
しかし、昨夜も書いたが、トイレを我慢するという、不快さを耐える修行をしているうちに、寛容の心が強くなったようだ。
実は、どうしても許せなかった相手を、コロっと許してしまったのだ。
魔法は、本当は、誰もが心の中に持っているが、寛容の力を持つごとに、その力がレリーズ(封印解除)される。
ヒトラーは、実は、超人的に寛容な部分もあったのだが、どうしても許せない者達がいたので、最後は哀れに滅んでしまった。
結局、彼は修行不足だった。
我々は、苦しみに一人でじっと耐え、心を磨き、寛容を育てなければならない。









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