私は、小学5年生の時、他の子よりずっと腕力が強くて驚かれていた。
見かけはひょろっとしているし、さしてスポーツ好きでもないので、誰もが意外だったろう。
まあ、私の腕力が知られた時というのは、たまたま取っ組み合いの喧嘩をしたら、強そうな相手でも、あまりに簡単にやっつけてしまったからなのだが。
その秘密はこうである。
私は、4年生の時、大学でレスリングをやっている従兄に腕立て伏せのやり方を教わったのだが、その従兄は素晴らしい筋肉質の身体を持っていて格好良かったので、私は彼に憧れて、それなりに熱心に腕立て伏せをやっていたのである。
腕立て伏せをやれば強くなるというのは、小学5年生くらいの子供にとっては秘法のようなものだ。
私は、その秘法をやっていたので、腕力が強かったが、他の子達は、秘法を知らないので、私が強いことが不思議だったのだ。

そして、事情は大人でも変わらない。
毎日、少しずつでも、腕立て伏せやスクワットを欠かさずやれば、普通の人よりははるかに強くなる。
だが、ほとんどの人は、そんな簡単なことを、理屈では分かっているつもりでも、本当は分からないのだ。
それで、多くの人は、お金と時間をかけて、たまにスポーツジムに行って、無理な運動を不定期にやるので、少しも身体が強くならないばかりか、むしろ、身体を痛めてしまうのである。
彼らは、スポーツジムへ行けば、効果のある運動が出来る、あるいは、そんな所にでも行かなければ、ちゃんとした運動なんて出来ないという観念を持ってしまっているのだ。

サラリーマンの多くが、何だかんだ言っても、会社に滅私奉公すれば、仕事が出来るようになり、厚遇されるのだと思っている。
しかし、熱心なサラリーマンであることと、仕事や会社での成功は、何の関係もないばかりか、大抵の場合は、逆になる。
会社でうまくやれる者は、全然別の方法でそれをやっているのだが、普通のサラリーマンからすれば、それは秘法のようなものだ。
だがその方法は、上に挙げた私の腕立て伏せよりは多少難しいが、ごく簡単なことなのだ。
だが、そんなもの(会社の中だけでうまくやれる者)になる必要はないし、その方法は私の主義に著しく反するので言わないが、うまくやっている人を観察すれば分かるし、本当につまらないものだ。
そして、そんな方法に頼ると、人生を台無しにしてしまうだけだ。
そんなものより、はるかに良いことについてお話しよう。

人間を勝たせる万能の力は「目力(めぢから)」だ。
目から発する圧力、あるいは、気とでもいう奇妙なものだが、これが強い人には敵わない。
スポーツでも、武道でも、自分の実力が上でも、相手に目力があれば負けてしまう。
イチローさんの目力は大したものだが、錦織圭さんの目力は、グランドスラムで勝つ選手と比べ、全く劣る。
イチローさんだって、目力がない時は打てないし、錦織さんは全米で準優勝した時は、決勝以外は目力が強かった。
プロテニスで長期間世界ランクトップでいたのに、なぜかイギリスのセンターコートでは目力が出てこず、全英オープン(ウインブルドン)だけは優勝出来なかった選手が結構いるのである。
あの競技場は独特の場で、その空気や地磁気に合わない人がいるのだ。

目力が一番強かったのは、宮本武蔵である。
彼についての真実は、彼が自ら著した『五輪書』だけである。
そこに、目の使い方が書かれている。
実際、真剣勝負をした剣士ほど、目力の重要さを知っていた者はあるまい。
勝負は、向き合った刹那決まり、実際、超一流同士なら、目を合わせたら、剣を抜かず、帰ってしまう。
剣豪って馬鹿じゃない。無駄な戦いはしないものなのだ。
武蔵の『五輪書』を参考に、後は自分で工夫をするしかない。
「目力をつける方法を教えて」なんて言う馬鹿に見込みはない。
ただ、目力の話にピンときて、自主的に取り組めば確実にうまくいくのである。
以下に、役に立つ書物を挙げるが、いずれも、あくまで参考である。









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