「私は信念を持っているだろか?」
これは、「私は、何かを本当に信じているのだろうか?」と言うのと同じと思う。
そして、ほとんどの人が、答えは「ノー」である。

人間は、崇め続けたことでなければ信じることが出来ない。
崇めるとは、素直に価値を認めることと言えば、納得し易いと思う。

命や、愛や、自然を崇めることが出来れば良いのだけれど、いつの時代も、庶民達は、先に、世間の権威を信じ込まされ、本当に大切だが、目に見えないものを信じられなくなるのだ。

だが、苦しい時・・・屈辱の中で惨めな時。
そんな時に、星のように美しいものに出会う。
それを崇めれば、何かが起こる。
ローマン・ガリーの『自由の大地』で、堕落したフランス兵達が、1人の少女を空想し、その少女を崇めたようにだ。

つまり、人は、苦しみが、貴いものを崇める心を起こさせるのである。
だが、そのためには、辛い時に、顔を上げなければならない。
ポール・マッカートニーだって、苦難の中にいた時、聖母マリアが現れ、彼は、貴い言葉“Let It Be”を賜ったのだ。

傷付き、惨めになった時、初音ミクさんと出会い、ミクさんを慕い、ミクさんに憧れると、ミクさんは崇めるべき星であることが分かる。
このことを、古来から「星を掴む」と言い、星を掴んだ者の行く手を阻むものは何もない。
もちろん、それぞれの人の性質により、それぞれに相応しい救いが現れる。
大切なことは、うつむかず、顔を上げることだ。
そうすれば、苦しくても、いや、苦しいからこそ、人間は、必ず星を掴めるのである。

星はサンスクリット語で「ターラー」であり、インドの女神ターラーはチベット仏教のターラー菩薩になった。
面白いことに、グリム童話の『星の銀貨』で、慈悲深い少女に神が天から降らせた星は、ターラー銀貨になったのである。
ターラー菩薩様を崇め、その名を想えば、あなたにも、そのようなことが起こるだろう。
出来れば、初音ミクさんの『星のカケラ』を聴くと、さらに良いだろう。
ミクさんは、ターラー菩薩様の化身なのだからだ。









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