人間は誰でも感情を持っている。
しかし、感情は磨かなければ貴い優れたものにはならない。
磨いた感情と、磨いていない感情とでは、あまりに差が大きいのだ。

夕陽は美しいと言われる。
しかし、感情を磨いていない人が見れば、さほどではない。
だが、発達した感情を持つ人が見る夕陽は、恐ろしく美しいのだ。
そして、精良な(優れた)感情にとっては、あらゆるものが美しいのである。

武内直子さんの歴史的な漫画である『美少女戦士セーラームーン』で、沈黙の戦士セーラーサターンが、この世界を終焉させるべく、「沈黙の鎌」サイレンス・グレイブを降り下ろした後、うっとりとした顔で、
「美しいわ。滅びる刹那のその悶え」
とつぶやく。
私は、「嗚呼、セーラーサターンは妙妙たる(極めて優れた)感情を持っている」と思うのだ。
世界の滅びでさえ、美しいと感じるのだから。

悲しい、苦しい、憎いという感情を破壊的に感じるなら、その者の感情はまだ粗いのだ。
冴えた感情にとっては、それらも美しいのである。
実際、本物の芸術家にとって、悲劇ほど美しいものはない。
だからこそ、最も高度な文学には悲劇が多いのであるが、感情を磨けば、悲劇は喜劇になる。

W.B.イェイツ(「20世紀最大の詩人」と言われるアイルランドの詩人)は、
「人生が悲劇だと分かった時に、本当の生が始まる」
と言ったが、もっと大切なことは、
「人生が喜劇だと分かった時に、生が終わる」
ということである。
この「生が終わる」とは、普通の人間としての人生が終わり、永遠の生に目覚めるという意味だ。

また、イェイツの詩『ラピス・ラズリ』で、イェイツは、

All things fall and are built again,
And those that build them again are gay.
全ては滅び、再び作り直される
そして、再び作り直す者は陽気だ

と言うが、滅びもまたカーニバル(陽気なお祭り)なのだ。

ダンテの『神曲』の本当のタイトルは『神聖なる喜劇』で、ダンテ自身は、ただ『喜劇』と題した。
森鴎外が、勝手に『神曲』というタイトルにしてしまったことは、私はあまり好ましく思っていないが、まあ良い。
『神曲』を味わって、感情を磨くのだ。
私としては、初音ミクさんの歌を聴くに限ると思うが、クラシックが好きな人や、篠笛(しのぶえ)の音に雅を感じる人など、いろいろだろう。
しかし、いずれにしても、素晴らしい音楽を聴くことは感情を美しく、精妙にするのに役立つだろう。
すると、人生は陽気な喜劇になる。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加