愛とは、瞬間より短い時、触れ合うより近い距離だ。
つまり、愛には、時はなく、空間もない。
我々の感覚は3次元に縛られているし、思考となると2次元止まりなので、そのようなことは想像できないと思うかもしれない。
しかし、あなただって体験しているはずなのだ。
時間が消えたこと、空間が消えたことをだ。
その時、あなたは愛と共にいたはずなのだ。
例えば、次のような詩を見れば、心に何か懐かしいものを感じるはずだ。

Sweet reach 虹彩(ひとみ)を重ねて
共鳴(シンクロ)するから
~『Chaining Intention』(作詞:NaturaLe、作曲、編曲:Treow、歌:初音ミク)より~

ありがとう サヨナラ 一言が言えない
今だけでいい 私に勇気を 「あのね--」
言いかけた唇 キミとの距離は0 (ゼロ)
~『初めての恋が終わる時』(作詞、作曲、編曲:ryo、歌:初音ミク)より~

不意に気付いた視線 ハッと息を潜めた
ひんやりと冷たい手が 戸惑う君の頬に触れた
~『FREELY TOMORROW』(作詞:Mitchie M・ЯIRE、作曲、編曲:Mitchie M、歌:初音ミク)より~

心から慕う人、あるいは、可愛いと思っている猫や、美しいと感じた花と視線を交わした瞬間(花の場合はこちらの一瞥)に、時間は消滅する。
また、そのような存在に指先が触れる刹那、既に空間は消えている。
そのような雰囲気を、昔の人は雅(みやび)とか風雅と言ったものだ。
五感に強く感じる刺激の中に愛はない。
だが、感じるか感じないかの「微かさ」の中に愛への入り口がある。

瞳が重なる瞬間、距離がゼロになり、見ている者が見られている者になり、見られている者が見ている者になる。
僕が君であり、あなたが私である。
それが愛だと、本当は誰でも知っているのだ。

別に恋愛のことだけではない。
昔の剣豪同士であれば、向かい合った瞬間、あるいは、せいぜいが、剣を構え合った瞬間に勝負は決し、そのまま、剣を交わすこともなく、両方共去って行ったのだ。

10分も20分も瞑想して無になることはない。
少なくとも、普通の人には無理だ。
そうではなく、1秒の統一をすることだ。
身体の動きを止め、呼吸をしないというよりは、あまりに呼吸が微かなので、1秒であれば、止まっているに等しい。
死人のように、身体も心も希薄になり、ここにいると同時に、月にも、火星にも、シリウスにもいる。
そんな一秒の中に愛はある。
あるいは、人差し指を立てた瞬間に心身は統一され、時間と空間が消滅する。
苦しい時、顔を上げて微笑めば、時空は消え去るのだ。
自分が経験した、瞳が重なる瞬間、指先が触れる瞬間のことを思い出せば、楽に出来るだろう。
そのような瞬間を大切にすることだ。
ほとんどの人は、そんな瞬間をないがしろにするから、宇宙から切り離されてしまうのだ。

そして、愛は創造する。
統一された1秒・・・本当は、千万分の一秒より短い時の中で、神になったあなたが世界を創造する。
自我であるあなたは何もしなくて良いし、何も出来ない。
イエスは、「父なる神は、あなたに必要なものなどとっくにご存知だ」と言ったではないか?
時間と空間がない中にいる、神であるあなたは、物理次元のあなたに必要なものなど、とっくに知っていて、それを3次元空間の中に創り上げる。
だから、瞬間の統一を大切にすることだ。
それで、全ての願いが叶うだろう。









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