学校に通う学生や生徒は、自分が嫌う教師のコピーになって卒業するのである。
潜在意識は、送り込まれたイメージを、その万能の力で必ず実現する。
そして、潜在意識には自他の区別はなく、「私」の一人称しか存在しない。
だから、生徒が、教師に対し、「気持ち悪いやつだ」と嫌悪すれば、その生徒の潜在意識には「気持ち悪いやつ」のイメージが送り込まれ、潜在意識は、このイメージを、その生徒自身のことと見なし、イメージ通りにその生徒を変えてしまうのである。
なんとも恐ろしいことである。
このことを、直感的に知っている生徒が引きこもりになることも多いのである。
私の場合は、中学2年生から、授業中、決して教師の方を見ないことにしていたので、実質、授業には参加していなかった。
しかし、完全に関係を絶つことは不可能で、やはり、嫌な教師達の嫌な性質を沢山コピーしてしまった。

親や教師、あるいは、上司を嫌えば嫌うほど、あなたは、その親や教師や上司に似るのである。
だが、いかに意地悪で傲慢な教師の下に置かれていても、影響を受けない生徒がいる。
それはきっと、賢い親に育てられた生徒である。
その生徒は、冬の寒さ、夏の暑さ、豪雨、強風を、好ましくないとは感じながらも、嫌ったり、憎んだりしても仕方がないことを知っているのだ。

小学3年生の時だったが、クラスに、とても成績が良く、スポーツも出来、その上、人柄まで良い、素晴らしい男子生徒がいた。
その子は、いつも鼻歌を歌っていたので、私は、「なぜいつも歌っているの?」と聴いたら、彼が、「その方が楽しいじゃないか?」と言ったのが印象的だった。
彼の鼻歌は、いつも明るい、楽しいものばかりだった。
楽しい歌を歌いながら、憎んだり、嫌ったりは出来ない。
この素晴らしい男の子は、誰かに教わったのか、自分で発見したのかは分からないが、潜在意識を味方につける方法を実践していたのだ。

また、やはり小学校の時だが、天使のような女子生徒がいた。
その彼女が、彼女に責任のないことで教師に怒られるという理不尽な目に遭った。
割と平気そうな彼女に、どんな気分かと尋ねたら、彼女は、「気にしたって仕方がないじゃない」と言う。
私は、予想もしなかった、その返事に戸惑ったことを覚えている。
当時の私には、彼女の答は、全く意味不明だったのだ。
今思うと、彼女の心は、普通の子より鍛えられているのだ。
優れた発明家の中山正和さんは、般若心経とは、単に「クヨクヨしない練習」だと言ったが、全くその通りと思う。
全てを空と見なし、「引きずらない」ことが、般若心経の説く、般若波羅蜜多(はんにゃはらみった)という修行なのだ。
だが、それは、大人でも難しい。
しかし、さっきの男の子や、この少女を見ても分かるように、子供でも出来るのだ。
さっきの男の子は、明るく楽しい鼻歌を歌うことで、それをしていた。
この女の子の場合は、どうやっているのかは知らないが、何かおまじないのようなものでもあるのかもしれない。
さっきの中山正和さんは、嫌なことがあったら、般若心経の呪文を唱えれば良いと著書に書かれていたが、それも1つの方法だろう。
あるいは、この男の子のように、鼻歌というか、前向きで明るい言葉を口にすれば良い。
その中でも最上なのが、「ありがたい」という言葉だ。
実際、悪い出来事も、ありがたいものなのである。
あまりに悪い場合は、前世のカルマかもしれないが、それで罪は消えたのであるから、やはりありがたいことである。

「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば、いかなるカルマも消えるらしいが、「南無阿弥陀仏」もまた、根本的に「ありがとう」という意味なのである。
だから、常日頃、「ありがたい」と言っていれば、悪いことも消え、幸運がやってくるだろう。
それに、「ありがたい」と言っていれば、嫌な教師やクラスメイトや上司や同僚がいても、嫌ったり、恨んだりしている暇もない。
そうであれば、潜在意識に悪いイメージを送り込むという「ヘマ」をやらずに済む。
そして、素晴らしい人を見たら、大いに称賛すれば良い。
そうすれば、潜在意識には、その素晴らしい人の美点のイメージが送り込まれ、潜在意識は、その美点を、そっくりあなたに与えるのである。
また、常日頃、誰かを称賛していれば、自然に、憎んだり、嫌ったりなどしないようになる。きっと、潜在意識が浄化されてくるのだと思う。









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