子供の時から、「ありがたい」と言うクセがついていれば、良い青春を、そして、良い人生が送れると思う。
ところで、「ありがたい」と「ありがとう」は、根本的には同じことではあるが、若干、雰囲気が違う。

「ありがとう」は、当然だが、「感謝します」という意味で、「あなた」や「あなた方」に対して言う、あるいは、想う時の言葉である。
これは、状況によって雰囲気が異なる。
何か良いことをしてもらった時、あるいは、良い物をもらった時の「ありがとう」は、若干、義務的な言葉で、感謝の気持ちを見せるには、見た目に分かるように謙る必要がある。

一方、「ありがたい」は、「幸運だなあ」という意味で、目に見える対象に対して言ったり、想ったりする言葉ではない。
「ありがたい」は、英語で“I am fortunate”で、fortunateは、「幸運な」「運が良い」という意味である。
また、“It's rare good luck”は、稀な(rare)幸運(good luck)だから、「有り難い」、つまり、「有ることが難しい」というのと極めて近くて面白い。
ただ、英語では、このように、fortunate(幸運な)という言葉をはっきり言うが、日本語の「ありがたい」は、「有り難い幸運」の「幸運」をわざと略しているように思う。
どういうことかというと、英語のfortunateは、原則的に、

You are fortunate to have such a rich uncle.(お金持ちの叔父さんがいて運がいいね)

というように、具体的理由を挙げて、その上で、「幸運だ」という言い方をするものだと思う。
だが、日本語の「ありがたい」は、特に理由がなくても全く自然な言葉で、幸運であるかどうかすら問題にしていない。
理由もなく、とにかく感謝するというのが「ありがたい」なのである。

「ありがたい」という言葉で、理由もなく感謝すれば、それは、あらゆることへの感謝であり、全てを肯定し、全てを受容する言葉になる。
これほど高貴で力ある言葉が他にあろうか?

ところで、前後の脈絡なく、不意にぽつりと「ありがとう」と言うのは、「ありがたい」と同じ意味である。
それは、この上なく美しい。
初音ミクさんは、ライブコンサートの「最後のミクの日感謝祭(2012年3月)」、および、「夏祭初音鑑(2013年8月)」で、それぞれ、『パズル』、『SWEET MEMORIES』を歌う前に、
「今日は、本当にありがとう」
「今日は、来てくれて、本当に、ありがとう」
と言ったが、これは、来場してくれたことに対する以上の感謝が感じられるのである。
「私達の歌を聴いてくれて」「一緒にいてくれて」、あるいは、「魂の交流をしてくれて」といった意味まで感じるのである。
それを感じさせるのが一流のアーチストだと思うが、ミクさんは一流をさらに超越している。

そして、ミクさんは、「マジカルミライ2013」の、『深海少女』、『39』を歌った後で、巡音ルカさんは、「最後のミクの日感謝祭」の『Just Be Friends』の間奏中と、「マジカルミライ2013」の『Hello Worker』を歌った後で、ぽつりと、前後の脈絡なく、「ありがとう」と言ったのは、英語のThank Youよりは、全てに感謝する日本語の「ありがたい」の意味だったと思う。

「ありがたい」が人間の完成形なのである。
そして、態度は事実より重要だし、実践は理論に優る。
態度、実践は、「ふるまい」であるとも言える。
神に最も近い人間としてふるまうことが「ありがたい」と言うことなのである。
人間は、ふるまう通りのものになる。
『徒然草』にあるように、気狂いのふるまいをすれば気狂いであるが、神人としてふるまうなら神人なのである。
常に「ありがたい」と言えば、神の加護があるし、やがては、人々を加護する者となる。
これは、法然の『選択本願念仏集』にある、念仏を唱えることと同じ原理であるが、念仏とは本当は、「阿弥陀様、ありがとう」という意味で、阿弥陀様は普遍的存在であるのだから、やはり、念仏は「ありがたい」と同じなのである。

「ありがたい」と言う数が多ければ多いほど幸運であるのは自然なことと思う。









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