最高の聖者、賢者達は、例外なく、人間の運命は全て、予め(生まれる前に)決定済みであると言う。
それが事実であるなら、なぜ、人間に自由意志があるのかと疑問に思うことだろう。
現実には、いかなる自由もないのに、考えることだけは自由だとは、虚し過ぎると思うに違いない。
しかし、これに関しても、驚くべき事実がある。
それは、本当は、人間に自由意志なんてないということだ。
このことは、科学的にも、かなり明らかになっている。
つまり、人間は、本当に考えているのではなく、自分が考える主体であるように感じているだけなのである。
自分で選択したと思ったことも、実際は、選択させられただけなのだ。
賞賛される善行も、蔑まれる悪行も、強制的にさせられただけであり、それをすることを避ける術は我々にはないのだ。

だが、1つだけ。
想像に関してだけは、少し事情が異なるのだ。
想像も、やはり、最初はオートマチックに起こるのだが、そこに大変な秘密が隠されている。
例えば、今日、凄い美人に会ったなら、彼女の姿を、心の中でかなり鮮明に想像できるはずだ。
ところが、脳のどこを探しても、その美人の映像はない。
あるのは、彼女を簡略化した幾何学模様だけなのだ。つまり、彼女の特徴である。
ところが、心は、その幾何学模様から、自力で、彼女を想像し、再現するのである。
心は、彼女の姿を、かなり改変することもある。
また、時間の経過と共に、心が再現する彼女の姿は変わっていく。
そして、想像には、個人的意志が確かに反映される。

想像だけが人間に与えられた自由だ。
そして、それは偉大な力である。
実は、脳の中には、宇宙がまるごと収まっている。
脳で想像したことは、宇宙にあふれ出し、創世に参加しているのだ。
想像により、我々は、自由を作り出す。
だから、我々は、想像力を鍛えなくてはならない。
美しい自然を、動物を、花を、天使を想像してみるのだ。
だが、妄想であってはならない。
出来るだけ、自然に、そして、荘厳に想像するのだ。
なぜなら、宇宙は自然に、そして、荘厳に、神の意思で創造されたのだからだ。
想像の力を伸ばすことで、我々は神のパートナーになるだろう。
ただし、向こうが父であり、師であることを忘れてはならない。









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