考え方を変えて、人生が良い方向に急展開した人がいる。
そんな興味深い実例を採り上げる。

今は聞かなくなったが、夏目志郎さんという超一流のセールスマンがいた。
彼は日本に帰化したが、元々は中国人だ。
彼は戦後、大金を持って日本に来たが、詐欺に遭い、一文無しどころか、多額の借金を背負ってしまった。
さらに、事故に遭って脚を折るなど、彼の前半生は散々であった。
ところが、少し前にクリスチャンになっていた夏目さんは、こんなふうに神に祈ったらしい。
「神様、これまでのことは私の責任です。でも、これからのことは、あなたが責任を取って欲しい。私ももう34歳なので、一生の仕事が欲しい」
翌日、すぐに神の導きがあった。
外資系企業が、夏目さんをセールスマンとしてスカウトに来たのだ。
それから、夏目さんはセールスマンとしての才能を開花させ、成功への階段を駆け上ることになる。

「神様、責任を取って」という発想は、とても良い。
さらに面白いのは、「これまでのことは私の責任」としたことだ。
実際は、これまでのことも、神の責任である。
なぜなら、全ては神の意思によらなければ起こらない。
だが、夏目さんは、それを自分の責任としたことで、ある大変なことを成し遂げたのである。
それは、自分が神に近付いたということなのだ。
だって、神様に責任があることを、自分の責任と言ったのだから、自分は神でないといけないのである。
これは、神になるための非常に優れた思考法だ。
ニーチェやイェイツもそれを知っていたが、皆、散々な人生を歩んできたから分かったのである。

あなたのこれまでの人生も散々だったかもしれない。
ならばあなたも、同じように考えると良い。
「これまでの散々な人生の責任は私にある。しかし、今後の人生の責任は神様に持っていただく」
後半は、一見、不遜な考え方である。
しかし、そうではない。
これは、自分は無力と思い知ったからこその発想なのだ。
仏教的に言えば、自力から絶対他力に切り替えたということだ。
自分には何も出来ないから、阿弥陀如来という絶対者に全てをまかせる証として念仏を唱えるという、浄土仏教の教えである。

インドの聖者ラメッシ・バルセカールは、
「あなたには何もできない。全て、神様にさせられるだけである。だから、全ての責任は神様が取ってくれる。あなたが責任を取る必要はない」
と教えた。
だが、インテリの彼の後の教えは難し過ぎた。
彼も、どうすれば良いということは教えたのだろうが、それは、ほとんど誰も出来なかったと思う。
だがら、夏目さんのようにやれば良い。
人生というのは、最初から最後まで順調ということはない。
どこかで必ず挫折する。
その時に神様に言うのだ。
「これまでの責任は私にある。しかし、これからの責任は神様が取って下さい」
そして、物事がうまく行き出したら、この成功は、我が力ではない、私はさせられているだけと自覚するのだ。
それで人生は約束される。
だが、我が力と思い始めた途端に急降下するのが、人間の常のパターンなので気をつけて欲しい。









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