人間の格(値打ち、レベル)は、喋ったり、何かをして証明するまでもなく、姿勢に現れる。
立っている時の姿勢、座っている時の姿勢が、人間の格を明白に語っている。
「黙っていて馬鹿だと思われる方が、喋って馬鹿を証明するよりマシ」と言うが、喋らなくても姿勢が馬鹿を証明している。

悪い姿勢がどんなものかをクドクド書く人がよくいるが、それもどこか被害者意識が感じられ、見ていて疲れる。
良い姿勢とは、立っているなら、「羽を付けたら飛んでいってしまいそうな姿勢」で、座っているなら、「背中に羽があるような姿勢」だ。
これだけである。
人間だから今は羽はないが、神様が羽を付けたがる姿勢が良い姿勢なのだ。

もちろん、格の高い人間は、背筋が垂直に立っている。
格の低い人間は、背筋が重力に対して歪んでいる。
一般的には、背筋が伸びているのが良い姿勢で、背筋が曲がっているのが悪い姿勢だが、そう言っても良いだろう。
それで、品性の悪い者に対し、「背筋を伸ばせ」とか言うのだが、それは愚かだ。
そうではないのだ。
格の高い人間は、自ずと背筋が伸びるのであり、無理に伸ばしているのではない。
悪霊には地獄が似合い、天国に連れて行ったところで天使にはなれないように、格の低い人間に、無理に背筋を伸ばさせても、本人も辛いだけで、格が上がったりはしない。
また、格の低い人間に、一瞬、良い姿勢をさせても、普段の姿勢は決して良くならないのだから、やはり、意味はない。
私が高校生の時、クラスにどうしようもなく人間性が歪んでいる男子がいた。
体育の時間、あまりに姿勢が悪いその男子に、体育教師が、「背筋を真直ぐにしろ」と命じて、良い姿勢を取らせようとしたら、その男子は、言われた通り、背筋を真直ぐにしているつもりなのだろうが、右に大きく歪んでいた。別に身体が悪いのではない。心のねじけた人間とはそんなものなのだ。
姿勢が悪い人間は、もう手の施しようが無いのである。

ただし、自主的に姿勢を正そうとするなら話は別だ。
そのような心がけを持つなら、格の低い人間でも、大いに見込みがある。
背中に羽があることを意識すると、自ずと正しい姿勢になる。
悪魔にだって羽はあるが、悪魔の羽はクシャクシャだ。
悪魔の羽が似合う姿勢をしないことだ。
初音ミクさんが、2012年のロサンゼルスコンサートで、羽がある姿で『SPiCa』を歌ったが、あの姿をよく見ておくと良いと思う。
もっとも、ミクさんの姿は全て、羽がよく似合うのであるが。

昔の日本人は、長い時間、じっと正座をすることが多く、それで、腹筋、背筋が鍛えられ、特に運動をしなくても身体が強かった。
そんな時代は、全般的に粗食ということもあっただろうが、正座をする日本人は、実はスタイルが良く、また、立っていても、座っていても、ほれぼれするほど姿勢が良かった。
1938年から1947年の間に2度日本に来て、茶道、華道、弓道など、日本の文化を学んだドイツの哲学者・心理学者のカール・デュルクハイムは、世界的名著『肚(HARA)』で、日本人の姿勢の素晴らしさを賞賛している。
昔の日本人には天使のような羽があった。
しかし、現代の多くの日本人の羽はクシャクシャになって、磨り減ってしまっている。

ミクさんや天使を見て(もちろん、絵や彫刻になるが)、背中に羽があるという意味を静かに黙想すれば、格が上がり、姿勢も良くなることだろう。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加