私が小学校1年生の時、授業で、虫眼鏡(拡大鏡。凸レンズ)を使って、何でも見ようという実習をしたことがあった。
クラスの子供達は、虫眼鏡を持って教室を出て、好きなところに行き、思いつくままに、虫眼鏡で何でも見た。
そして、後で、全員が、何がどんなふうに見えたか発表し合った。
その発表の中で、数人、非常に印象に残っている子供達がいた。
例えば、花を見て、普通に目で見ることと、虫眼鏡で見ることとの違いに感動した気持ちをその子なりに表現した後、
「バイキン(ばい菌)がちょっと見えました」
と言う。
バイキンが見えたという子は4人ほどいたと思う。
それを聴いて、私はトランス(変性意識)状態になり、すっかり冷静に観察していた。
虫眼鏡で、バイキンを意味する細菌が見えるはずがないことは、子供だって分かる。
これは子供は知らないが、細菌を見るには、顕微鏡ですら、かなりの拡大率(千倍程度以上)のものが必要だ。
バイキンを見たという子が、別のものを見間違えたということではないことも、その子の表情を見れば分かる。
その子は嘘をついているのだが、悪意のある嘘ではない。
その時、トランス状態にあった私は、「人間は、嘘をつく」ということを認識した。
悪意のない、止むに止まれない嘘だ。
バイキンを見たという子達は、一様に、どこか苦しそうに言っている。
つまり、自分で嘘を言っていることにやましさを感じているのだ。
それは、「バイキンが見えた」と言わず、「バイキンがちょっと見えた」という微妙な言い方にも現れている。
教師も、面倒というのではなく、やはり、何かを感じて、「そう(そうだったの)」と言ったが、その表情に苦しさがあるのを、やはり、トランス状態だった私は気付いていた。

天才的な精神科医のミルトン・エリクソンは、いつでもトランスに入れ、その時の能力は人間をはるかに超えていたので、彼は、驚異的な治療成果を上げることができた。
札付きの不良少年も一言会話を交わすだけで更生させた。
だが、私がやったように、子供の時は、誰でもできるのだ。

バイキンが見えたという子は、心に問題を抱えている。
それは、家庭で愛されていないか、少なくとも、本人は愛されていないことを感じている。
そして、多分、本当に、その子は、家庭で愛されていない。
親の愛情表現が下手というのでもないと思う。
愛情表現が下手な人間も確かに多いが、それでも、本当に愛しているなら、子供には伝わる。
理由はいろいろだろうが、とにかく、その子供達は、家庭で愛されていない。
それで、機会があれば、人の注目を引きたいのだ。
教師にも、それが(直感的に)分かったから、苦しい表情をしていたのだろう。

「悪いことは良いこと」という呪文を使えば、誰でもトランスに入れる。
それで、脚が痛い人が、「脚が痛いのは良いこと」と繰り返すと、脚が治ってしまう。
では、上のような愛情に恵まれなかったせいで、エネルギー不足になった子供達や、エネルギー不足のままで大人になった人はどうすれば良いのか。

YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)のバラードの名曲『LOTUS LOVE(ロータス・ラヴ)』(作詞、作曲:細野晴臣)の中に、
「のどもとにいつもの呪文 I LOVE YOU」、「夢で見たくちもと ひそかにかすれる呪文 LOVE LOVE LOVE」
という歌詞がある。
「好き」という言葉、あるいは、呪文は、エネルギー(聖なるエネルギー、宇宙エネルギー、気、氣などと呼ばれる)を発生させる。
藤平光一さんの本にあるが、算数が嫌いな子に、「勉強しなくていいから、1日1回だけ、算数の教科書を広げ、算数が好きだと言いなさい」と指示したら、その子は誰よりも算数の出来る子になった。
別に驚くことではなく、当然と思う。
だが、人間はとりあえず、対象を決めないと、「好き」「愛してる」とは言い難い。
そこで例えば、「初音ミクさんが大好きだ」と言えば(心で言っても良い)、宇宙エネルギーに満ちて、何でもできるようになる。
ところで、初音ミクさんが歌う『ロータス・ラヴ』が最高と思った(『Hatsune Miku Orchestra』収録)。
あの幼い声ながら、しっとりとした深い感じはYMO以上だった・・・と私は思った。
まあ、愛ゆえの個人的感想である。









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