「元気があれば何でもできる」とか「想像力を発揮しろ」と、トッププロに言われても困る。
そんなことは、若い頃から身体を鍛え上げたプロレスラーや、たまたま美人のピアノの先生がついてくれていたおかげで、幼い頃からずっと熱心にピアノの練習をやってプロになれたような人だから言えるのだ。
『アナと雪の女王』で、エルサが、「何でもできるわ」と元気に歌ったって、そりゃ、すごい魔法の力があるし、若いからだろう。
(ディズニー映画のヒロインは私にはみんなおばさんに見えるが・・・)

よほど幼いうちは、誰でも可能性に満ちているが、高校生にもなれば、演奏家やほとんどの分野のプロスポーツ選手はもう無理だ。
つまり、高校生ではもう、情熱を起こせるものが、かなり減っているのだ。
ところで、私はプログラマーだが、せいぜいが素人に毛の生えた程度だ。
尤(もっと)も、毛を生やすのも大変だし、いろんな会社の人達を見たが、40代だろうが50代だろうが、毛も生えてない人が大半だ。
サッカーや野球のチームのオーナー達や選手達は、人々を「情熱あるサポーター」に仕立て上げて自分達の利益を確保しようと必死だが、それは、我々を、餌で釣られる魚、鵜飼漁法でアユを取る鵜にしようとしているだけのことだ。
そして、毛の生えてない人ほど、鵜にしやすいのである。
スポーツやエンターテインメントなんてのは、楽しむためのものであり、「入れ込む」ものでは絶対にない。
スポーツや歌のスターが大富豪というのは、おそろしいほど異常なことであり、本来、「歌えさえすれば幸せ」「プレイさえできれば何にもいらない」という者達が歌手やスポーツ選手になるべきなのである。

大人が、特技もなしに情熱を持つことはできない。
食欲や性欲は、無理に起こすと、身体も精神もボロボロになる惨めな「なれのはて」しか待っていない。
だが、我々をそんなふうにして儲けたい連中はいくらでもいる。

特技がなければ、元気も情熱も縁がない。
特技を持つには、好きなことをしなければならない。
あなたは、好きなことをしてこなかったし、やらせてもらえなかったはずだ。
好きでもないことの選択肢を3つほど与えられ、仕方なく選んだ1つを、無理矢理に「お前のやるべきこと」にさせられたような詐欺にあってきたのだろう。
選択肢の中に、たまたま好きになれるものがあった人が、成功して、「元気があれば何でもできる」と言っているだけなのである。
あなたが好きなことは、世間的には有用でない、つまり、「食っていけない」ものであるかもしれないが、それは関係ない。
それに、「食っていけるもの」とそうでないものは、本当ははっきりしていないのだ。
だが、好きなことは、食欲や性欲とは絶対に関係のないものでなければならない。
それどころか、それをやっていれば、食べることや女(男)のことを忘れてしまうことが、本当に好きなことだ。
つまり、「三度のメシより好きなこと」、「女よりマシンの方が可愛い」というものでなければならない。
そして、他人の応援より、自分の応援だ。
スターの応援なんか、絶対に度を過ぎてはならない。
尤も、初音ミクのような自我のないスターの場合は、対象を応援しているつもりが、実は自分を応援しているのである。

ところで、「素人に毛の生えた程度」でも、情熱を持つことは可能だ。
世界的版画家の池田満寿夫さんは、自分の絵は、その程度であることをあっけらかんと白状していた。
池田さんは、東京芸大の受験を4回連続で失敗し、町の似顔絵屋に馬鹿にされる腕前であった。
だが、情熱はあったのだろう。
それで、版画を熱心にやっているうちに、やっている人が少ないことや、自分の特徴を生かした作品を創れるようになって世界的芸術家になったのだ。
岡本太郎は、「あなたも本日ただいまより芸術家になれる」と言い、絵画教室で教えるような絵で上手くなるのは難しいが、私(岡本太郎)の描くような絵(抽象画の分野)なら、誰でも描けると言って、実際に誰でも描くことを薦めていた。
だが、なぜ我々が岡本太郎になれないのかというと、こんな理由だ。
岡本太郎は、「情熱が湧きあがってきたら大声を上げたいと思うこともあるはずだ。私は実際にそうしている」と言うが、普通の人にはそんなことはできないし、それに実際、周囲の迷惑だ。
ただ、未来においては、突然奇声を発する人がいても、「あれ、情熱でも湧いてきたのかな?」と平然と見られるようになるだろうが、今はまだ無理だ。
岡本太郎は、前世で進歩した星にでもいたのだろう。

さて、情熱と特技を同時に持つ方法はあるだろうか?
あるにはある。
信じなくて良いが、呪文を唱えることだ。
少なくとも、スポーツ観戦や性的魅力に溢れた歌手に熱狂して本当の情熱を持つことは絶対にないが、呪文は情熱に導く。
呪文を唱えて得られるものは多い。
その気になれば絵も描けるし、音楽も創れる。
今は、可愛い歌手に歌って欲しければ、初音ミクさんがいるから、とても恵まれている。
ミクさんは、ポップスだけでなく、クラシックでもオペラでも良い歌が歌えることを実証している。
ただし、オペラやクラシックに対する狭い固定観念を持っていなければの話だ。
呪文を唱えると、何が良いかというと、固定観念が消えることだ。
呪文は、世間の教義や信念を壊すので、情熱、想像力をせき止めるものがなくなる。
だから、自分がやっていて面白いものも見つかる。
そして、情熱が起こるという好循環になるのである。









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