人間は、一生に一度あるかどうかは分からないが、人間を超えた力を発揮することがある。
緊急事態の中で、か弱い女性が、屈強な男が数人でもびくとも動かせない物を運び出したり、やはり平凡な主婦が、サンダル履きのまま、オリンピックの短距離の金メダリストより速く走ったという話があるが、あっても不思議ではない。
人間の潜在能力とは、その程度のものではない。

私は、「漫画の神様」と言われた、石ノ森章太郎さんの遺作(小説)『009 conclusion GOD'S WAR』に、その使い方が書かれていたと思うのだ。
なぜそう言えるかというと、石ノ森さん自身が、完全ではないが、その力を使っていたに違いないからだ。
石ノ森さんは、末期の癌に侵され、薬や放射線の副作用で気力を失い、医者が「生きているのが奇跡」と言う状態で、この素晴らしい作品を書き続けたのだからだ。
では、その使い方はというと、簡単には言い難い。
作品全体に書かれているとしか言えない。
しかし、それでも、あえて言うと、意思の力で根源的な生命エネルギーを引き出すのである。
その時は、没我状態にあり、自我というものはないのだが、慣れれば、意識を維持できる。

その作品の中で、初めてその力が現れたのは、サイボーグ009こと、島村ジョーが、初めて神(女神)と戦った時だった。
009とその女神では、力の差が有り過ぎるという言い方も的外れだった。
言ってみれば、一匹のハエが、飛んでいる宇宙船を止めるようなものだった。
だが、その一匹のハエが宇宙船を慌てさせたのだ。
人間に秘められた生命エネルギーには、それほどの・・・いや、それ以上の力があるのだ。
なぜなら、009は、その時、力のほんの片鱗を使っただけだったのだからだ。

そして、何度か述べたこともあるが、私自身が、その力の片鱗をやはり使っていたのだ。
それは、世間の常識で言えば、絶対に信じられないようなことばかりだが、絶対の事実なのである。
だが、遠い未来かもしれないが、人類は、そんな力を自在に使えるようになるかもしれない。
そして、その力の片鱗を使うだけなら、いつも述べるように、「ふりをする力」、それも、憧れるもののふりをすることで発揮できる。
ほんの1パーセントでも、その力を引き出せれば、現代の世の中では超人である。
それは、必ずできるし、できなければならないのである。









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