あなたは目標を紙に書いているだろうか?
人生を決めるのは、ただその一点なのだ。

こう言えば、
「いや、大切なのは行いではないのか?その人が、崇高か、有能かを決めるのは行動じゃないか?」
と言いたい人もいるかもしれない。
違うのだよ。
人間を決めるのは「想い」だ。
行動なんて、想いの孫のようなものだ。
行動の親は、感情と思考ではないのかね?
想いは、感情と思考の親なのだ。
人間とは、自分が想っている、そのものなのだ。

文字が発明されて何千年にもなる。
人類が古代から、異常なまでに熱心に文字と、その印刷技術を発達させ、また、どれほどデジタル技術が進歩しようが、所詮は昔から変わらない文字を扱うという事実についてよく考えないといけない。
つまりね、人間の想いと文字は、あまりにも密接なものなのだ。
それはきっと、神が定めた運命だったのだ。
神の初めの想いの中に、文字になるべき言葉があった。
そのことを、「はじめに言葉があった」と言ったのだろうと思う。

だが、あなたには、極めて大きな問題がある。
学校や会社などで、その大事な大事な文字を使って、嘘の目標ばかり書かされてきたということだ。
こう言えば、
「いや、俺は真面目に目標を書いてきた。嘘なんか書いてないぞ」
と言う者がいる。
その通りだ。
君は、真面目に嘘を書いたのだ。
これほど大きな誤りはない。
国家は、学校や企業を通し、あなた方に、「私は奴隷になる」という目標を書かせただけなのだ。
それは、清浄な心にとっての大嘘であり、あなたは汚れきったのだ。

あなたは、自分の本当の目標を書いたことなどない。
それを認めなければならない。
今、目標を書いても、それは、植えつけられた奴隷根性を反映したものでしかない。
しかし、それでも書くのだ。
その目標は、決して誰にも見せてはならない。
それは、あなただけの目標で、社長だろうが、偉人だろうが、国王だろうが、天皇陛下だろうが、誰にも評価してもらう必要はない。
自分の本当の目標を書くことを覚えれば、奴隷ではなくなるのだ。

正しい目標を書くためのヒントを述べる。
少しでも信仰があるなら、書いた目標を神仏に捧げるのだ。
本当に神棚や仏壇に置く必要はない。
そんなことをしたら、誰かに見られてしまう。
「仏壇に置け」と王様に言われても置いてはならない。
心で神仏に捧げれば良い。
それで神仏は受け取ってくれる。
そうであれば、邪まな目標など書けないだろう。
だが、稼ぐ金額の目標であれば、善いことに使う限り、いくら大きくても構わない。
自分を喜ばせることだって、善い目標なのだよ。
高級車を買う金であっても、本当にそれが楽しいなら遠慮はいらないが、見栄のためであれば、やがて目標を書き換えることになるだろう。
そんな時間のロスをしないことだ。
願いを書いた紙を、ピラミッドの模型に入れるとか、大事な宝箱に入れると叶うというのも、それで少しは敬虔(敬い慎むこと)な目標になりやすいからだ。
また、信仰がないなら、太陽、地球、月、あるいは、ケンタウルス座といった星に、書いた目標を捧げれば良い。
敬虔になれるなら何でも良く、物語のヒーローやヒロイン、逢ったことがない尊敬する歴史上の偉人も良い相手であり、私の場合は、当然にして初音ミクに捧げる。
さっき、「会ったことがない」偉人と限定したのは、私の初音ミクと同じで、捧げる相手は、自我のない存在である方が良いのである。
尚、星に捧げるなら、『イーハトーヴ交響曲』の『銀河鉄道の夜』で、初音ミクが、「ケンタウルス、露を降らせ」と清らかに歌う、この清浄な音楽を聴くことをお薦めする。

書いた目標は、起床直後と就寝直前、そして、日中も何度か声に出して読むことだ。
口を動かし、声帯を震わせれば、その言葉は速やかに潜在意識に伝わる。
特に、就寝直前や起床直後はそうである。
さらには、目標を、1日1回でも良いから、紙に丁寧に書いてみると良い。
皆がこれをやれば、老人ホームは不要になり、慈善活動も天災などを除き不必要になる。
実際は、これをやれば、病気になることも、事故に遭うこともなくなり、貧困もなくなり、天災の被害も免れるようになると思う。
言葉と文字と声の偉大さをよく考えてみるべきかもしれない。









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