運動というなら、腕立て伏せとスクワットをお薦めする。
こう言えば、「そんなことできません」と言ってくる人がよくいる。
それでもやるように言うと、
「何回やればいいんですか?」
と聞かれる。
それには、
「1回でいいからやれ」
と答えるだろう。
1回でも、やるとやらないでは全然違う。
1回くらいならできるだろう?
その1回を全身全霊でやるのだ。
もし、1回もできないと言うなら、1回をできるようになれば良い。
10回ならできると言うなら、完全な形で3回やればよろしい。

手塚治虫さんが体調が悪くて医者に行った時、医者に、
「運動しなさい。腕立て伏せを1日百回はやってもらわないと困ります」
と言われ、手塚さんは、「そんなことできるか」と思ったのだそうだ。
当たり前だ。
その医者は、ヤブを通り越して、犯罪者と言ってよろしいと思う。
そんな運動が続く訳がない。
それで、腕立て伏せを1回もやらないままで、ますます身体を悪くするのだ。

スクワットも、普通の人なら、20回や30回はできるだろう。
それなら、10回を大真面目に熱心にやれば良い。
あるいは、完全な形でできるのが、せいぜい5回と言うなら、3回を全力でやれば良いし、1回でもやらないよりはやった方が良い。
最も美しい形で、ゆっくりと、もったいぶって脚を伸ばすようにやるのだ。
腕立て伏せも、腕を伸ばすときに、「もったいぶって」伸ばすことがポイントだ。
言い換えれば、堂々とした感じでやることだ。

腕立て伏せもスクワットも、1回でもやれば良いが、いつまでも1回ということはないはずだ。
だが、無理はしないことだ。
運動というのは、なるべく決まった時間に1年365日、よほどのことがない限り、毎日必ずやることが大事だ。
そのつもりなら、1回から始めても、1年も経てば、立派なスポーツマンの身体になっているだろう。
ダイエットが目的でも、やがてすっきり痩せるだろう。
身体に悪いに決まっているダイエット食品など、決して手を出してはならないと思う。
甘くて、満腹感があって、カロリーが低いなんて、身体をボロボロにするだけであると私は確信する。

そして、何事も同じだ。
念仏も1回で良い。
法然が、「我は6万回ぞ」と言い、他の人にも何千回も称えるよう薦めるのを見て、親鸞は、ちょっと反発があったのかもしれない。
そして、親鸞は、1回でも良いと言ったのだ。
あなたも1回でよろしい。
ただし、その1回を、ゆっくりと、落ち着きを持って、しっかり称えれば、必ずや仏の加護、観世音菩薩と勢至菩薩の加護、そして、神々や竜神の加護を受け、恐いものはなくなるだろう。
むしろ、無理に数百、数千回称える方が、問題が出てくると思う。
もちろん、努力と思わずできるなら、何万回でも称えれば良いが、そうではないはずだ。
無理に過度な回数を称えるのは、執着であり、見栄であり、欲望だ。
ただし、1回なら1回、いい加減ではなく、しっかり称えること。
そして、1年365日、1日も欠かさず、なるべく同じ時間に唱えることだ。









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