どんなことでも、それを習得したければ、常にそれに触れておかなければならない。
肌身離さずということだ。
イタリアのサッカーの指導者が、「うまくなりたいなら、子供の時から、なるべく長い時間、サッカーボールに触れることが大切だ」と言うのを聞いたことがあるが、それが原則である。
外国語を話せるようになりたければ、その外国語を常に見、聴いていなければならない。

ただ、勉強しようとか、憶えようとかは考えてはならない。
そんなことを考えると、目標そのものではなく、目標を達成すると得られる報酬や栄誉のことを考えてしまうようになるが、それは熟達への障害なのだ。
どんなことも、「無報酬の行い」が、神の助けを受ける唯一の方法なのである。

真の目的とは何かというと、それと一体化することだ。
ヴァイオリンを上手く弾けるようになるということは、ヴァイオリンと1つになるということである。
そのためには、ヴァイオリンがいつも側になければならない。
離れている時間が長ければ、それと1つになることができるはずがない。
化学の真髄を掴みたければ、少なくとも、化学の本を肌身離さずに持っていなければならない。
ある高校生が、修学旅行の時も、プログラミング言語であるC言語の本を持ってきていたが、彼はしばらくしたら、やはりC言語でプログラムをうまく書けるようになっていたのである。
あるサラリーマンは、ジョセフ・マーフィーの『眠りながら成功する』を常に手元においていた。莫大な富を掴むといったことは本人が望まなかったので、そんなものは持たなかったが、贅沢な望みはいつも叶えているのである。

神を知りたければ、聖書やコーランやバガヴァッド・ギーターを肌身離さないことだ。
仏を知りたければ、常に念仏を称えたり、あるいは、経典をやはり常に肌身離さず持っていることだ。
死ぬまでそうすることだ。

宮本武蔵は、1本の木刀を、寝ている時だろうが、風呂に入っている時だろうが、常に肌身離さず持っていたが、それは護身のためもあるだろうが、やはり剣の極意と自然に一体化するためには、そうでなければならないと直観していたのだろうと思う。
アメリカのタイプライターは実に頑丈だった。それを1日中使う者が沢山いたからだ。
現在のパソコンのキーボードも、良いものはやはり頑丈で、少々のことでは壊れない。
壊れるようなキーボードを作るメーカーはすぐに倒産する。それが自然の摂理とでもいうものだ。
全てのタブレット機器がそうかどうかは分からないが、iPhoneは、液晶が割れてヒビが入っていてもちゃんと使える。
タブレット機器も、1日24時間使うことを前提に作っていないメーカーは決して成功しない。
スマートフォンの売上げが不振のメーカーの製品は故障が多かったはずだ。そんなスマートフォンは売れなくて当たり前だ。それによって、優れたことを1日24時間やる者がいるかもしれないからだ。
スマートフォンに限らないが、道具というものは故障してはならないのだ。
自動車も、頑丈で故障しないものが愛される。
バイクの場合は使う者がちゃんとメンテナンスをすることで万全の調子を保てるのだが、そうしなければならない分、自動車より一体化しやすいのだ。

無報酬の行いのために、常に共にある。
それが真の達人への唯一の道である。
さて、あなたは、常に肌身離さないものがあるだろうか?









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