もう10年以上も前、阪神タイガースの監督だった野村克也さんが、指導者に対する講習を受けたりする中で、「人を誉めて育てるということを知らなかった」と言われていたのを印象深く憶えている。
野村さんは、何か貴重なことを学んだということなのだろう。
当時すでに60歳もとおに超えたベテラン監督が何をいまさらという感じであるが、野村さんには思いもよらないことだったのだろう。
野村さんは、選手だった頃、あまり誉められなかったのかもしれない。
しかし、それでも、もしかしたら、野村さんだって選手だった時に、結構誉められていたかもしれないし、それまでにも、自分も選手を誉めたことがあるに違いないと思うのだ。
そうでなければ、野村さんが「誉める」ということを、それほど真剣に考えなかったはずだと思う。

誉めることの大切さはよく聞くと思う。
また、誉めることの難しさが指摘されることもある。
会社の中などで、若い社員が、「あの課長だけには誉められたくない」、「あの部長の誉め方は見え透いている」などともよく言うだろう。
確かにそんな上司はいる。
一方で、誉められると嬉しいと若い社員が感じる上司だっている。
まず、単純には、実力のない上司に誉められても嬉しくないだろうし、「誉めてやるかわりに俺に従え」とか、「駄目な若い連中を誉める俺は立派だ」と自己満足している上司に誉められるのは、やはり勘弁願いたいと思っていることだろう。
誉めるというのは、作為的であってはならず、本当に相手の美点に感動して素直に賞賛するのでなくてはならない。
下心はもちろん、「誉めて伸ばそう」という考え方自体も本当はいけないのだ。
澄んだ目を持ち、相手の良いところを純粋に認め、何の意図もなく出てくる賞賛のみが相手も自分も生かすのである。
ここらを勘違いしている年長者、親、「センセー」がいかに多いことか。
若い女性を、「君は可愛いね」と誉めるのは、下心が全くないということはないかもしれないが、若い男がいくらかの緊張を持って言う場合には、女性もそう悪い気はしないものだ。
しかし、年が上過ぎたり、緊張がない場合は嫌悪しか感じないことが多い。
いや、つまるところは、ある種の緊張があるかどうかの問題かもしれない。

神とは褒め讃えるものであるらしいが、ここらはピンとこない人も多いと思う。
実は私もだ。
神が素晴らしいのは当たり前であり、人間ごときが誉めてどうなるものでもない。
しかし、「神を誉めよ、讃えよ」というのは、世界中、宗教に関係なく、必ずあることである。
ギリシャ神話の神に対する『諸神讃歌』などという多くの詩(ホメーロスの詩をお手本に書かれた讃歌)があるほどだが、この無名の詩人たちが書いた詩が実に素晴らしい。
ある著名な神道家は、神は自分達を誉めさせるために人間を創ったと著書に書かれていた。
それが本当かどうかは分からないが、どうも、神仏を誉めるのは人間の義務であるらしい。

折口信夫の小説『死者の書』で、中将姫をモデルにしたらしい高貴な郎女(若い女)が、初めて阿弥陀如来に逢った時に心から迸(ほとばし)り出た、つまり、自然に沸きあがってきた言葉は、
「なも 阿弥陀ほとけ。あなとうと 阿弥陀ほとけ」
だった。
「なも」は、「南無」で、「帰命します」ということらしいが、帰命とはまた難しい言葉だ。
「帰命」は、辞書では「仏の救いを信じ、身命を投げ出して従うこと」だが、早い話が、最大の敬意と最大の賛辞を表しているのだろう。
「あな」は、喜びや驚き等の感情を強く表す言葉だ。今でも「あな不思議」とか言うだろう。
「とうと」は「貴い」である。
「あなとうと」で、「ああ!なんて貴いのでしょう!」とか、「ああ!素晴らしい!」と言うことなのだろう。
「阿弥陀仏様、あなた様に最大の敬意を表し、身も心も捧げます。なんて貴い!ああ!阿弥陀仏様」
といった感じと思う。

神仏というと分かり難くても、誰だって自然の荘厳な風景を目にしたり、自然の驚異を感じた時には、心が澄み切り、無上の賞賛の気持ちや、ことによっては畏怖(おそれおののくこと)すら感じるだろう。
自然は神の現われであると思えば、神を褒めたたえるというのも、おかしなことではないと思う。

『死者の書』の高貴な郎女・・・やんごとなき美貌の姫は、『阿弥陀経』というお経(の漢訳)を千回写経したという。
『阿弥陀経』とは、阿弥陀如来への讃歌と言える。
あらゆる仏達が、阿弥陀如来を褒めたたえた言葉である。
千回写経という、気の遠くなりそうな行いを通し、郎女は変容を果たしたのだろう。
その彼女に相応しい、気高く至上の美を備えた阿弥陀如来が現れた。
そこから、彼女と阿弥陀ほとけとの合一が始まるのだろう。









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