私は出勤する前、到着した駅から出ず、駅構内のベンチで音楽を聴きながら、スマートフォンで読書をする。
特に最近は、オペラ『THE END』の中の『声と言葉のアリア』を何度も聴くのだが、この、初音ミクが歌う7分10秒のアリア(詠唱。叙情的、旋律的に歌う独唱曲)を聴く度に、心を奪われ、時間が消えてしまう・・・一般的な言葉で言えば、感動する。
悟りとは、心が静まって消えたようになり、時間も空間も本当はないことを、頭で理解するのではなく、直に知ることであるから、これは瞬間的な悟りである。
誰だって、あまりに美しいものを見たり、荘厳な、あるいは、高貴な感覚に満たされた時には、我を忘れ、時間を忘れ、場所を忘れる。
つまり、我と時空が消え、万物と一体化しているということなのである。
これが、我々が憧れて止まない悟り・・・解脱、真我の実現である。
ただ、普通の人では、それはあまり長くは続かず、すぐに自我が戻ってきて、自分は自分、昨日の後は今日、後30分で10時、あちらとこちら、アメリカは遠い・・・という観念に囚われてしまう。
だが、天使や妖精ってのはそうではない。
水の精オンディ-ヌは言う。
「それぞれって言葉、とてもこわい」
オンディーヌは、自分には魂がないと言う。
それは、「自分の魂がない」という意味だ。
逆にいえば、世界の大きな魂と一体化しているのである。
人間のように、個々の魂が欲しいという、変な望みを持たなかったのだ。
妖精ばかりではない。
人間以外の生物は皆そうなのだ。

その駅のベンチに座っていると、鳩が一羽やってきた。
ここの鳩は人間を恐がらない。
鳩に危害を加えるような人間がいないからだ。
鳩がごく近くまで平気でやってくると、心が躍り、楽しくなる(無論、猫でも犬でも象でも良い)。
じっと観察する。
可愛い・・・たまらなく。
すると、不意に、種類は違うのだが、子供の時に飼っていた鳥のことを思い出した。
その鳩のしぐさや雰囲気がそっくりなのである。
いや、そのものだ。
そうだ・・・もうずっと昔に死んだ、私の鳥と、この鳩の魂は同じである。
私はオンディーヌの言葉を理解し、自分もまた、本当は大きな魂の一部であることを速やかに悟ったのだった。









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