先日、とりさんに頂いたコメントで知ったのだが、石川県の真宗大谷派の常讃寺というお寺の奥さんである藤場美津路さんの、『丁度よい』という詩があり、よく知られているもののようだが、これが本当に素晴らしい。
まさか無断転載禁止を主張されるようなものでもないと思うので、以下に全文紹介する。
ウェルギリウスもダンテもシェイクスピアも、あるいは、ゲーテもシラーもイェイツもタゴールも、これほどの言葉は書けまいと思う。
それはそうだ。これは仏様の言葉であるからだ。
仏様の言葉を、藤場さんが聴こえてきたままに書き留めたもののようであるが、それは本当だと確信する。

*丁度よい
お前はお前で丁度よい
顔も体も名前も姓も
お前にそれは丁度よい
貧も富も親も子も
息子の嫁もその孫も
それはお前に丁度よい
幸も不幸もよろこびも
悲しみさえも丁度よい
歩いたお前の人生は、
悪くもなければ良くもない
お前にとって丁度よい
地獄へ行こうと極楽へ行こうと
行ったところが丁度よい
うぬぼれる要もなく卑下する要もない
上もなければ下もない
死ぬ月日さえも丁度よい
仏様と二人連れの人生
丁度よくないはずがない
丁度よいのだと聞こえた時
憶念の信が生まれます
南無阿弥陀仏


私は、コンピューターソフトの開発を仕事にしているが、昔から、自分に丁度よい仕事しか来ないことを不思議に思っていた。
今の自分なら相応しい仕事でも、ずっと前にそんな仕事が来ていたら、大失敗をして大変なことになっていたに違いないという仕事もよくあった。
後で考えて初めて、それが自分には不相応な仕事だったと分かることがある。そんな仕事が来た時は、自分はやる気でも、なぜか自然に中止になっているのである。
別に、自分に簡単にできる、ぬるま湯のような仕事ばかりしたのではない。
四苦八苦はしても、最終的にはなんとかうまくいき、結果、大きく成長できる仕事が来るのである。
逆に言えば、簡単過ぎてつまらないと思える仕事には、何らかの別の意味があるのである。

『美少女戦士セーラームーン』というのは、神様が武内直子さんに描かせ、アニメ化させた作品であるに違いないと思う理由も、そんなところにある。
だから、世界的に大ヒットしたのである。
セーラームーンとその仲間のセーラー戦士達は、戦いの中でどんどん成長する。
そして、やはり、その時に彼女達に相応しい敵しか現れないのである。
これもやはり、楽に勝てる相手ばかり現れるのではない。
それどころか、セーラームーン達が全く歯が立たずに叩きのめされて負けることもよくあったが、その時に、セーラームーンや仲間のセーラー戦士達は「新たな力」に目覚め、格段の進歩を遂げる。
土萠ほたるは、セーラームーンの娘のちびムーンを除けば最年少のセーラー戦士であるセーラーサターンであるが、彼女が、ほとんど勝ち目のない決死の戦いを前に、ニュートンの「今日なしうることに全力を尽くせ、しからば明日は格段の進歩があるだろう」と言うが(後半部分は天王はるか=セーラーウラヌスが言った)、まさにそんなことを描いた作品であったと思う。

あなたもそうだが、私の今の境遇は、私にとって丁度よいものだ。
家庭も勤める会社も、仕事も、収入も、人間関係も、煩い事も、読む本も、全て、仏様の配慮により、今の私に丁度よい。
日常のトラブルも、事故による電車の遅れも、私には丁度よい。
全ては、私のために起こるのである。
初音ミクが『イーハトーヴ交響曲』や、オペラ『THE END』のプリマドンナになったのも、私のためだ。
親鸞が、阿弥陀如来の誓願は、親鸞1人のためのものであったと言った意味が分かるように思うのである。









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