アファーメーションとかいうものをご存知かもしれない。
「私は偉大だ」
「私は素晴らしい」
「私はできる」
「私は社長だ」
といった感じで、自分に対して力強く、肯定的な宣言をするのだそうだ。
これは、惨めで不幸になる確実な方法である。
やっているなら、すぐに止めることをお薦めしておく。

なぜ不幸になるのかというと、わざわざ、虚偽、欺瞞、幻想の牢獄の中に自分を閉じ込めてしまうことになるからだ。
では、なぜこんなことを教える者がよくいるのだろう?
全部ではないかもしれないが(単なる無知も多い)、意図的にやってるなら、自分の信者、崇拝者を作り、そんな者達から金を搾り取り続けようとしているのだろう。
人間は、心地よい妄想を与えてくれる者にひれ伏すものだからだ。
このことを悪用して、悪い商売をしないように。
そんなことをする者もまた、例外なく、どん底に落ちているのだから。

これが究極とは言わないが、それと正反対の効果を上げる方法はこうだ。
あの聖ベルナデッタは、いつもこう言っていた。
「私は役立たずです」
他にも、
「俺は駄目だ」
「私は最低だ」
「僕があの子に相応しいはずがない」
「私の能力では全く話にならない」
「私なら首で当然だ」
「絶対に私が負けるだろう」
とかが良いだろう。

私が成功法則としては、世間にあるものの中では最上と思う、五島勉さんの『ノストラダムスの超法則 死活の書』にも、そんなことが書かれていた。
本の推薦者は、全盛時の竹村健一さんと舛添要一さんだ。
では、そんな言い方がなぜ良いのだろう?
五島さんも、そこらは書いていなかったと思う。
いや、神秘的には書いていたが・・・
しかし、もっと現実的に言うなら、そんなふうに自分を軽蔑すると、自分を見ることができるのだ。
だって、我々は最低だから。
あなただって、本心では、自分は駄目だと感じているから道を探しているはずだ。
だが、人間は、自分はなかなかのものだという自惚れを持っていて、自分をちゃんと見ることができない。
そこで、「俺は最低だ」と断言すれば、幻想が剥がれて自分を見ることができる。
自分を見さえすれば、自分の中にある光に気付く。初めはほんの少しだ。しかし、それで、初めて正しい道を進み始めるのだ。

『新世紀エヴァンゲリオン』のアニメで、こんなとんでもない場面があった。
病院で意識がなく眠っている14歳の美少女アスカの衣服が乱れ、興奮したシンジが、その場でマスターベーションをした直後のセリフが良かった。
それは勿論、「(僕は)最低だ!」である。
その通り、とんでもない最低男だ。
薄汚い下種野郎!
情けないにもほどがある。
しかし、あそこでシンジが、「誰も見ていない」と思って自分から逃げたり、「これくらい普通だ」と自分を誤魔化さずに、「最低だ」と正しい認識をしたことだけは救いだった。
それによって、彼は自分の真の姿をちゃんと見たからだ。
彼は幻想を壊し、やがて、光を見つけるだろう。









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