宿命的な病気を抱えて苦しんでおられる人もいることだろう。
私の場合は皮膚病で、物心付いた時から発症しており、幼い頃からいろんな病院に連れて行かれ、珍しい検査機器を見たり、変わった匂いのする薬をつけたりした様々な思い出がある。
その皮膚病がアトピーか乾癬か、あるいは、別のものなのか、今だ分からない。
実は、医者ですら、アトピーと乾癬の区別がつかないということもあるようだ。
私の皮膚病は、前世からの因縁であるようで、酷くなったり、軽くなったりの変化はあるが、治すことはできないかもしれない。

ところで、一昨年、東日本大震災が起こり、その夏、私は被災地の方々の状況を憂い、真夏でもクーラーを使う気になれずにいた。冷房設備がない、あるいは、乏しい避難所で集団生活を送り、冬の衣服しか無いという人々がまだいて、その程度の支援ができない我が国は本当に文明国なのかと疑ったものだ。
音楽家の冨田勲さんは、中学生の時、1945年の三河地震を体験したそうだが、当時のことについて、戦争中であり、助けはどこからも来なかったし、支援物資なんてものも全く無かったと言う。そもそも、戦時中の報道規制で、被害状況が伝わらない。伝わっても、助けに来る余裕はどこにも無いかもしれないが。真冬のことで、寒さと飢えで人々が死んでいくのをただ見ているしかなく、そこに空襲まで重なったというから、まさに地獄である。
冨田さんが60年も構想を暖めていた『イーハトーヴ交響曲』を昨年2012年に遂に制作したのは、冨田さんの、「そろそろ最後」と思うような年齢のせいもあるだろうが、東日本大震災が自分の震災体験を呼び起こしたことと、初音ミクとの縁があったのだろう。

ちょっと話が剃れたが、その年の夏、私は家でクーラーを使わずに過ごし、かなり汗をかいたのにうっかり放置したことがあって、汗疹がひどくなった時、皮膚病がかなり酷い状態になってしまった。夜も横になることができなかった。背中を敷布団に付けられないのだ。まあ、おかげで座って寝る技を覚えたものであるが。
当時、私は念仏の行者ではなかったが(念仏の行者になったのは今月からだ)、当時のこのブログを見ると、1ヶ月ほどしてから、念仏を唱えたら治ってしまったと確かに書いてあるのだが、私は忘れていたのだ。
だが、今年からまた皮膚病の状態が酷くなったが、もう諦めて放置していた。死ねば治るだろうくらいに思っていたのだ。
ところが、今月の初め頃から、縁なのだろうが、念仏の行者になり、今、気が付いたが、すっかり治っている。そういえば、最近、風呂に入る時に鏡を見て不思議な感じがしたのは、肌がツヤツヤになっていることだった。少し前は、全身、赤黒く腫れ上がっていたのだ。
私が聖典としている、親鸞聖人の『現世利益和讃』の第2首の歌はこうである。

一切の功徳にすぐれたる
南無阿弥陀仏をとなうれば
三世(さんぜ)の重障(じゅうしょう)みなながら
かならず転じて軽微(きょうみ)なり

三世とは、過去、現在、未来で、重障とは、重い障り・・・つまり、悪因縁のことであろう。
それらが、みんな、念仏を唱えれば軽微、つまり、ほんのわずかなものになるということだ。
法然も、宿命による病は避けられぬが、念仏を唱える者であれば、宿業の災難といえども、阿弥陀如来は軽くしてくれると述べておられた。
私は身を持って体験したという訳である。皆様も念仏の力を信じていただきたいと思う。









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