今より良い職場に移りたいと思っている人は多いだろう。物凄い厚遇や、家族のように温かい職場環境などと贅沢は言わないが、あまりに薄給だったり、ギスギスした雰囲気の職場であれば、もっと良いところに行きたいだろうし、できれば独立したいという人もいるだろう。そして、ほとんどの人が、今の職場を不満に思っているのではないかと思う。
ニートであれば家庭が職場である。
「そんな馬鹿な!ニートは稼いでないじゃないか?」
と言われるかもしれないが、会社の中にだって仕事をせずに給料をもらっている者なんていくらでもいる。40代以上の少なくとも3割はそうではないだろうか?だが、仕事をしない人にもちゃんと給料を払えるのが上等な会社なので、本人がそれで満足なら、そこにいれば良い。
しかし、ニートも楽ではないはずだ。それならば、働き易い会社といった、「新しい職場」に移れば良いのである。

さて、では、今の職場を脱し、より良い職場に移るにはどうすれば良いのだろう?
転職活動をして、無理矢理に新しい職場に入ったとしても、どうせ前と同じことになるのだし、むしろ、以前より悪くなるかもしれない。
だが、自然に別の職場に移ることになったなら、必ずや良い職場に移れるのである。
それにはどうすれば良いのだろう?
簡単なことである。
「人の悪口を言わない」
これだけだ。
残念ながら、多くの職場では、上司、同僚、後輩、部下の悪口で満ち溢れていることだろう。
「いや、これは悪口ではない。あの人は本当に無責任で自分勝手で、年を取っているのに無能だ」
と言う者が大半かもしれない。
そんなのは全部嘘である。
そう言っている本人が、一番無責任で、一番自分勝手で、年を取っているのに全く無能なのだ。
私はいまだかつて、職場で、正当な批判など、一度も聞いたことがない。ただの一度もだ!
人を悪く言うなら、それは全て悪口だ。そして、悪く言う相手がそこにいないなら、それは全て陰口である。
人の悪口や陰口を言う者に、ロクな人間がいたためしはなく、そんなことをする者は、全員、間違いなく変質者の顔をしている。

そりゃ、まっとうな批判というのもあるのだろう。
例えばこうである。
「俺はあいつの月給を100万円にしてやりたいのに、あいつは今の60万で良いと言ってきかない。あいつは、自分は百万円の給料に匹敵しないと思っている。そんなことは絶対にないのに、あいつは何て馬鹿なんだ。あいつが望むなら、100万円より高くても良いと俺は思っているのに。あいつはもっと自信を持たないといけないんだ」
また、職場のことではないが、こういったものもあるだろう。
「あの子は本当に男を見る目の無い馬鹿だ。俺があの子につりあうはずがないじゃないか?後で後悔するより、早く目を覚まして少しは賢くなれ。でないと心配で仕方がないじゃないか」
つまり、批判している相手のことを、本当に好きだという場合だけが例外なのである。
しかし、そんなものを見たことは、残念ながら一度もない。しかし、それは私の不徳と言うべきだろう。

その職場で、決して人の悪口を言わなくなれば、あなたは、もうその職場にいる必要はなくなる。
そうしたら、神様が、自然に、ことによっては強制的に、次の職場に移して下さるに違いない。
私もそうだった。なかなか転職ができず、苦しい思いをしたことがあったが、人の悪口を決して言わなくなったら、その職場にいられない状況が次々に発生し、不思議な展開でずっと給料の高い、快適な職場に移ったことがあった。だが、人の悪口を言っている間は、なかなかそうはいかないのである。

また、心の中でも、人の悪口を言ってはならない。無論、批判もならない。自分ではまっとうな批判だと思っていても、上に述べた通り、その相手を本当に好きで仕方がないという特例を除き、全部悪口である。
人の悪口といったような余計なことを考えずに済むように、心の中で、常に、敬愛する神の名を響かせておくと良い。
いくら何でも、愛する神の名を唱えながら人の悪口は言えない。
天照大神をこの上なく敬うなら、常に、「アマテラスオオミカミ」、あるいは親しく、「アマテラス」と唱えれば良い。
弥勒菩薩を愛して止まないなら、常に、「南無弥勒仏」、「南無弥勒菩薩」、あるいは、「マイトレーヤ」と唱えるのだ。
そうであれば、今の職場があなたに相応しくないものであれば、それらの仏神は、すぐにでもあなたを素晴らしい職場に移して下さるだろう。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ