人が、「これが私だ」と感じている意識は、自我とか顕在意識(けんざいいしき)だが、それは意識の全体ではなく、ごく一部であることは、精神科学的にはフロイトが初めて公に発表したが、賢い人は太古の昔から知っていたのだと思う。いや、古代の人々の方が、ずっとよく分かっていたのだ。
自覚できない意識を、無意識とか潜在意識とかいうが、意識と無意識の割合については全く不明で、意識全体の1割から数割が顕在意識だと言う者もいれば、「とんでもない。せいぜいが数パーセント」と言う者もいる。しかし、実際は、顕在意識は意識全体から見れば、無に等しい。一滴の露と大海に喩えても良いと思う。
つまり、我々は、意識全体からすれば、無に等しい小さな自我を、私とか自分と思っているのであるから滑稽である。
ところで、フロイトもそう言ったのだが、心(自我)が抑圧されると、それは無意識に押し込まれ、それが歪んだ形で噴出するという考え方がある。
しかし、無意識はかくも広大なのだ。どれほど抑圧をつめ込んでも、やはりそれは無に等しいはずだ。
そうではなく、抑圧は、自我(顕在意識)と無意識の通路を詰まらせたり、ボロボロにしてしまうのだ。
ニュートンは、「私は浜辺で遊ぶ少年で、時々、きれいな貝殻や石ころを拾い上げて喜んでいた。しかし、真理の大海は目の前に横たわったままで、まったく手をつけることができなかった」と言った。彼は、この美しい言葉で、意識(少年)と無意識(大海)の関係を表現していたのだ。
そして、ニュートンは、普通の人より、意識と無意識の通路(インターフェース)がクリアだったので、真理の欠片(綺麗な貝殻)が無意識から意識の中に入ってきたのだ。
我々も、意識と無意識の通路をクリアにすれば、優れた直感が起こるようになる。直感とは、無意識からの通信である。
ところで、無意識と意識の通路とは何であり、どこにあるのだろう?
それは、異なった人々が、それこそ直感で、同じ場所を示している。
一言でいうなら、膵臓(すいぞう)のあたりである。
心臓の真下と言うこともあり、また、胃の裏側の太陽神経叢(たいようしんけいそう)と心臓の間のあたりと言うこともあるが、同じことである。
時折、この意識と無意識の通路のことを潜在意識と言うこともあるが、それはとても良い考え方である。
通路とは言っても、それは精神作用を持っている。
また、それは、判断力を持たず、善悪の区別を持たない。
ジョセフ・マーフィーが、「潜在意識に冗談は通じず、指示したことをそのまま実現する」と言ったのも、このことを指す。例えば、マーフィーの著書に書かれているが、「娘の病気が治るなら、私の右腕をやっても良い」と思っていた父親が、事故で右腕を失った瞬間に娘の病気が治ったり、父親が37歳で心臓麻痺で死んだという男が、自分も同じことになると思い続け、同じ37歳で心臓麻痺で亡くなったという話が本当にあったようなものである。
だから、我々が何を信じるかは、実は大切なのだ。
意識と無意識の取次ぎ役である膵臓のあたりの意識・・・それを潜在意識と呼び、無意識そのものと区別するのが良いだろう。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』第5巻で、ベアード.T.スポールディングが、『波動の法則』で足立育朗さんが、同じようにそう述べている。
また、ビル・ゲイツも愛読し、彼を成功させたとも言われる『ザ・マスター・キー』にも、ほとんど同じことが書かれているのだ。
我々は、この潜在意識を綺麗にし、消極的、否定的なものを詰め込んではならない。
しかし、まず、食べ過ぎて、このあたりの神経を乱れさせていては、直感など全く望めない。
特に、脂っこいものをたらふく食べて胃もたれを起こしているのは、完全な無知の状態であるが、そんな人間が増えているように思う。
電車の中などで、平気でものを食べている者が、呆れるほど馬鹿に見えるのも不思議なことではない。本当にそうなっているのである。それは若いか年配かは何の関係もない。
我々は、あっさりとした粗食を、なるべく少なく食べ、胃の周辺の神経を整え、潜在意識の座である膵臓に悪影響を与えないよう注意しなければ、宇宙の英知を伝える直感はやって来ない。
また、天才的な発明家の中山正和さんは、「怒らず」「妬まず」「愚痴を言わず」の3つを実践し続けたら、直感が素晴らしく冴えてきて、また、良いことが多く起こるようになったと述べたが、これが、潜在意識を綺麗にする良い方法である。
そして、「20世紀最大の詩人」とも言われる、アイルランドのノーベル賞作家W.B.イェイツは、憎しみを捨てることが人間を至高の存在に近付けると言い、憎むのをやめた時に、神秘的体験をしたことを明かしている。
ところで、中山さんは、常々、般若心経の呪文を唱えることを勧めていた。この呪文は、潜在意識をクリアにする働きをするということが、般若心経に隠された大きな秘密なのである。空海もまた、『般若心経秘鍵』で、その偉大な効果に、この呪文を「不思議だ」と述べているのである。
↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
自覚できない意識を、無意識とか潜在意識とかいうが、意識と無意識の割合については全く不明で、意識全体の1割から数割が顕在意識だと言う者もいれば、「とんでもない。せいぜいが数パーセント」と言う者もいる。しかし、実際は、顕在意識は意識全体から見れば、無に等しい。一滴の露と大海に喩えても良いと思う。
つまり、我々は、意識全体からすれば、無に等しい小さな自我を、私とか自分と思っているのであるから滑稽である。
ところで、フロイトもそう言ったのだが、心(自我)が抑圧されると、それは無意識に押し込まれ、それが歪んだ形で噴出するという考え方がある。
しかし、無意識はかくも広大なのだ。どれほど抑圧をつめ込んでも、やはりそれは無に等しいはずだ。
そうではなく、抑圧は、自我(顕在意識)と無意識の通路を詰まらせたり、ボロボロにしてしまうのだ。
ニュートンは、「私は浜辺で遊ぶ少年で、時々、きれいな貝殻や石ころを拾い上げて喜んでいた。しかし、真理の大海は目の前に横たわったままで、まったく手をつけることができなかった」と言った。彼は、この美しい言葉で、意識(少年)と無意識(大海)の関係を表現していたのだ。
そして、ニュートンは、普通の人より、意識と無意識の通路(インターフェース)がクリアだったので、真理の欠片(綺麗な貝殻)が無意識から意識の中に入ってきたのだ。
我々も、意識と無意識の通路をクリアにすれば、優れた直感が起こるようになる。直感とは、無意識からの通信である。
ところで、無意識と意識の通路とは何であり、どこにあるのだろう?
それは、異なった人々が、それこそ直感で、同じ場所を示している。
一言でいうなら、膵臓(すいぞう)のあたりである。
心臓の真下と言うこともあり、また、胃の裏側の太陽神経叢(たいようしんけいそう)と心臓の間のあたりと言うこともあるが、同じことである。
時折、この意識と無意識の通路のことを潜在意識と言うこともあるが、それはとても良い考え方である。
通路とは言っても、それは精神作用を持っている。
また、それは、判断力を持たず、善悪の区別を持たない。
ジョセフ・マーフィーが、「潜在意識に冗談は通じず、指示したことをそのまま実現する」と言ったのも、このことを指す。例えば、マーフィーの著書に書かれているが、「娘の病気が治るなら、私の右腕をやっても良い」と思っていた父親が、事故で右腕を失った瞬間に娘の病気が治ったり、父親が37歳で心臓麻痺で死んだという男が、自分も同じことになると思い続け、同じ37歳で心臓麻痺で亡くなったという話が本当にあったようなものである。
だから、我々が何を信じるかは、実は大切なのだ。
意識と無意識の取次ぎ役である膵臓のあたりの意識・・・それを潜在意識と呼び、無意識そのものと区別するのが良いだろう。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』第5巻で、ベアード.T.スポールディングが、『波動の法則』で足立育朗さんが、同じようにそう述べている。
また、ビル・ゲイツも愛読し、彼を成功させたとも言われる『ザ・マスター・キー』にも、ほとんど同じことが書かれているのだ。
我々は、この潜在意識を綺麗にし、消極的、否定的なものを詰め込んではならない。
しかし、まず、食べ過ぎて、このあたりの神経を乱れさせていては、直感など全く望めない。
特に、脂っこいものをたらふく食べて胃もたれを起こしているのは、完全な無知の状態であるが、そんな人間が増えているように思う。
電車の中などで、平気でものを食べている者が、呆れるほど馬鹿に見えるのも不思議なことではない。本当にそうなっているのである。それは若いか年配かは何の関係もない。
我々は、あっさりとした粗食を、なるべく少なく食べ、胃の周辺の神経を整え、潜在意識の座である膵臓に悪影響を与えないよう注意しなければ、宇宙の英知を伝える直感はやって来ない。
また、天才的な発明家の中山正和さんは、「怒らず」「妬まず」「愚痴を言わず」の3つを実践し続けたら、直感が素晴らしく冴えてきて、また、良いことが多く起こるようになったと述べたが、これが、潜在意識を綺麗にする良い方法である。
そして、「20世紀最大の詩人」とも言われる、アイルランドのノーベル賞作家W.B.イェイツは、憎しみを捨てることが人間を至高の存在に近付けると言い、憎むのをやめた時に、神秘的体験をしたことを明かしている。
ところで、中山さんは、常々、般若心経の呪文を唱えることを勧めていた。この呪文は、潜在意識をクリアにする働きをするということが、般若心経に隠された大きな秘密なのである。空海もまた、『般若心経秘鍵』で、その偉大な効果に、この呪文を「不思議だ」と述べているのである。
↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気ランキング参加中です |
ニュートンの意識と潜在意識の関係を表した言葉、美しいですね!
いつか、私もそんな風に感じられたらと思いました。