テレビは1日中、アルジェリアでテロリストの人質になって亡くなった方々の家族や親しい人達の様子を見せる。
放っておいてやって欲しいと思う。

ただ、あの人達の、死んだ愛しい人に対する態度は、間違っているというのではないが、私とはまるで違う。
ずっと前、私は親友(私が勝手にそう思っている)を事故で亡くした。
最後に逢ったのは、その1週間ほど前だっただろうか?
不意に、彼が死んだことが知らされたのだ。
私は、把握に時間がかかり、やがて意識が遠のくのを感じた。
だが、やがて、不思議と落ち着いてきて、心は静かになった。
遠くから、火の精サラマンダーの声が響いた。
「神の意思を受け入れることが人を強くする。だが、人はそれを知らない」
そして、上の方から、天使の澄んだ声が私を貫いた。
「彼は死んだのではない。今までは死んでいたのが、本当に生きることを始めたのだ」
私はもう悲しくはなかった。
むしろ、彼への祝福を感じ、楽しくすらあったのだ。

その日、夜7時頃まで仕事をし、会社を出て、帰りの電車に乗ったのだが、電車がなぜか動かなくなった。
天気が悪いとかではなく、事故が起こった様子でもない。
電車や線路の機関か、信号のトラブルだったのだろうか?
憶えていないのは、やはりまだ、いくらかの動揺はあったのかもしれない。
私は、何となくだが、帰るのが面倒になり、電車を降りて駅を出ると、手近なホテルに部屋を取った。
まともな食事をするのもまた面倒で、パン・・・いや、お団子のようなものを買ってホテルの部屋で食べたように思う。これもやはり憶えていない。
だが、ホテルに備え付けてあった仏典を適当に開いて読むと、生涯、忘れられないようなお話を読んだ。
だいたい、こんなお話だ。
森が大火事になった時、一羽のオウムが、何度も池に飛び込んでは大火の上で羽ばたき、火を消そうとする。
それを見た神は、
「オウムよ、お前の行いはけなげではあるが、それしきの水でこの大火を消せようか?」
とオウムに言った。
するとオウムは、
「長年、棲みかを与えてくれた森への報恩の気持ちで行うことが成らぬはずがない。私は、何度生まれ変わってでもやり抜く」
と答え、感動した神は、オウムと共に火を消した。
これもまた、天使と妖精の導きであったのだろうと思う。









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