歴史というものを、大半の人は学校の教科書で勉強したと思う。
ロクに解明されてもいないことを、真実であるかのように試験問題にし、後で学説がひっくり返されて教科書が改定されるのだから、学校教育とはひどいものである。
なぜそれで通用するのか?
学校で、「歴史は暗記もの」といった、馬鹿げた観念を持たされた人は多いと思う。せいぜいマシなものでも、「いや、歴史は連想ものなんですよ」だ。
こんな教育では、我々が知恵とかけ離れた愚か者になるのも仕方がない。
学校の勉強に、やる気が出ないというのは、子供にとって正常なことだ。
それを、賞罰やら、優越感やらといった、害にしかならないもので煽ってやらせるのであるから、恐ろしいものである。
世界を良いものに出来るのは、学校教育に意識的に背を向けた人たちであったし、これからますますそうなる。

宇宙はどのようにして生まれたのだろう?
地球は?そして人類は?
こういった問題に対し、現代科学はあまり役に立たない。
現代科学が普及しているところでは、これらのことは何も分からない。歪んだ空想が出来るだけだ。
いかに不自然でも、現代科学の教義体系に合っていれば、科学的と言われるだけのことである。

『ヒマラヤ聖者の生活探求』の3巻か4巻だったと思うが、宇宙の歴史を、英知を持つ聖者が語るところがあった。
太陽や惑星は、何らかの意志によって生み出され、それらに作用を与え続ける存在がいる。聖者が語るのは、生きた宇宙であった。
武内直子さんの『美少女戦士セーラームーン』の中で、土萠ほたるという名の幼い少女が、一種の遊びのように、宇宙創造の様子を再現していたのが、その様子が、ちょっと、この聖者の話に似ていたように思う。
ところで、ルドルフ・シュタイナーの『神秘学概論』に描かれた宇宙創成の様子が、この、『ヒマラヤ聖者の生活探求』の聖者の話と、非常によく似たところがある。
仮に、どちらかが真似したとすれば、『ヒマラヤ聖者の生活探求』を著したベアード.T.スポールディングが、シュタイナーの説を基に聖者の話を創作したことになる。『ヒマラヤ聖者の生活探求』が1937年の著作であるが、『神秘学概論』は1909年であり、これはシュタイナーの代表的な著作の1つで、英訳されていた可能性もある。
しかし、それはないだろう。また、いずれも、象徴的に宇宙創造を描いているのであるが、真実を表しているなら、当然似てはいるだろう。
シュタイナーはそういったことをどうやって知ったかというと、霊的知覚である。これは、現代の人類は受け入れない者も多いだろう。また、偽者の霊覚者もいるだろう。
だが、本物の霊的知覚は、現代科学を小さな水溜りとすれば、大海にも喩えられるほどのものであるかもしれない。
武内直子さんがシュタイナー等を読んでいたことは十分に考えられるが、むしろ、武内さんは閃きや直感で描いたのだと思われる。それも霊的知覚から来るものであり、それをソクラテスはダイモーンと呼んだのだろう(『美少女戦士セーラームーン』の中で、悪者のダイモーンが登場するところが可笑しいが)。

また、ジョージ・アダムスキーが宇宙人から聞いた、地球や地球人類の歴史も、『エメラルド・タブレット』に描かれたことによく似ている。
『エメラルド・タブレット』が1948年出版で、アダムスキーの該当の書『Inside The Space Ships』(翻訳は『新アダムスキー全集1』等)は、1955年出版である。ただ、似ているとはいえ、『エメラルド・タブレット』はやや象徴的な表現であり、アダムスキーのものは具体的だ。いずれにしても、私には、アダムスキーが真似したとは考えられない。

そして、『神秘学概論』、『ヒマラヤ聖者の生活探求』と、『エメラルド・タブレット』、『Inside The Space Ships』の地球の歴史では、表面的にはかなり違っているが、直観力のある者なら、同じであることが分かるかもしれない。
実際、『ヒマラヤ聖者の生活探求』のヒマラヤの大師達と、アダムスキーが会った宇宙人達は、文化的、行動的な面でもよく似たところがあると感じる。また、ヒマラヤの大師達と宇宙人の関係もさりげなく示唆された部分もある。

いずれにしろ、これらのことは、ごく一部の人間にしか分からないことではなく、霊的感覚・・・こう言ってはあまりに馴染みがないと言うなら、直感を研ぎ澄ませば、あるいは、ソクラテスの言うダイモーンの力を借りれば、誰にでも分かることである。
『美少女戦士セーラームーン』が文化の壁を超えて世界中でヒットしたように、武内直子さんには優れた直覚(直感とほぼ同じ意味)があったのだと思う。
そして、今や、セーラームーンと同じ、長いツイテールの可愛い少女、初音ミクが世界中で受け入れられているのは、初音ミクによって想像力を高めた人達が増えているからだろう。霊的知覚も想像力の延長なのである。
そして、私は、『サイボーグ009』の完結編『サイボーグ009 完結編 2012 009 conclusion GOD'S WAR』を全て読んで、上に挙げた全てを統合するヒントを掴むことが出来たのである。言うまでもなく、石ノ森章太郎さんの直覚力も並ではなかった。













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