昔から、固定観念を捨てる(除く、消す)ことをすれば、能力が大きく向上するとか、天才になるといったことを言う者は多い。
固定観念(およびその影響)は色々に表現される。例えば、思い込み、心の呪縛、無意識の束縛、条件付け、潜在意識の中のガラクタ、スコトーマ、エングラム、裏の記憶、その他様々である。
そんなものを取り去るという、セミナーや教材も色々あるようだ。

だが、大天才と言われる人なんてのは、物凄い固定観念の持ち主ばかりだよ。
そんな人達が、「俺の心の中には悪い呪縛がある」と気付いて、もし、それを消すことに成功したら凡人になってしまうのだ。
アインシュタインは、「神はサイコロを振らない」と言い、まるで神がサイコロ遊びをやっているかのような量子力学の考え方を受け入れなかったが、同時に「常識とは18歳までに溜め込まれた偏見のコレクションだ」と言って、それが自分にも当てはまることに気付いていた。「私の心の条件付けは量子力学を受け入れられないのだ」と言ったこともあるらしい。
そして、アインシュタインは自己改造を試みたのかもしれない。彼は42歳以降は天才ではなかったらしい。
現在は、天才画家はいなくなったが、最後の天才と言われたサルバドル・ダリは、普通の人には想像も出来ないほどの、固定観念、思い込み、心の呪縛の持ち主で、それは生涯変わらず、そして、彼は死ぬまで大天才だった。

今は、純粋なアマチュアスポーツというものが無くなり、公式なプロではなくても、スター選手には企業のスポンサーが付くことも多く、そのための必要性から、選手も凡人を装うのだが、本当の彼らは、固定観念に満ち満ちた、本当の凡人から見れば変人である。
早い話が、天才なんてのは、エネルギーの方向付けと内的衝動によるもので、そのためには強い固定観念は必要だ。天才と言わないまでも、能力全般についても基本的には同じなのだ。
ほとんどの人は、どうやろうと天才とか、天才とまではいかなくても、並外れて有能になったりはしない。
話は逆で、強い固定観念を持てないのと、内的衝動に絶対的に欠けるからだ。
天才とは、DNAによる最高の固定観念と、生まれついての内的衝動が必要だ。
だから、馬鹿な夢を見て(見せられて)、セミナーなどで無駄なお金を使わないことをお奨めする。

ちょっと方向を変えよう。
「私は無力である」という思い込みを消せばどうかという話で、これは、我々凡人にも参考になる。
コリン・ウィルソンの『超越意識の探求』という本の、あとがきにあった話だと思うが、本が手元にないので、いい加減に引用する。
ある、引っ込み思案の青年がいて、彼は、そのせいで社会的な立ち居振る舞いにも苦労し、何をやってもうまくいかなかった。
しかし、その青年が、「僕は何て駄目なんだ」と呟いた時、友人が、「君はちっとも駄目じゃない。自分でそう思い込んでいるだけだ」と言う。
この言葉が、彼には啓示になった。彼は、この言葉について、何日も考え続けた。
そして彼は賢者に生まれ変わり、人々に尊敬されている。
これを読んだ人は、彼は、自分は駄目だという思い込みを消し、能力を発揮するようになったと思ったかもしれない。
コリン・ウィルソンは、そのあたりのことを書いていなかったと思うが、彼も、大筋でそんな考え方をしているのかもしれない。
しかし、違うのだ。
彼は、相変わらず、引っ込み思案で、無能であり続けたはずだ。
だが、彼はなぜか、そんな自分を受け入れることが出来たのだ。そして、気楽になり、罪悪感を持たなくなった。
これが真相だ。
彼にも固定観念はあるのだろうが、彼もまた、それを消した訳ではなかったのである。
受容こそが、能力を超えた能力の秘訣だ。それは、最も簡単だが最も難しい。ちなみに、4月7日以降は、このブログは、主にこのことを主題としている。参考テキストは『バガヴァッド・ギーター』と『エメラルド・タブレット』である。









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