事故や災害、あるいは、犯罪の被害者に対し、深い同情や哀悼、愛惜を本当に感じる人は多くはないだろう。
正直に言うなら、私もそうである。
東日本大震災に関しては、1995年の阪神淡路大震災で被災し、苦難を味わった人であれば、同情心が強い場合が多いかもしれないが、実際は、そういうこともほとんどないに違いない。
アンデルセンの『マッチ売りの少女』では、凍死した幼い少女を見た街の人々の反応には、やはり悲しみのようなものはあまり感じられないのである。ここらは、作者のアンデルセンが人間について達観していたのではないかと思う。

ところで、イギリスのウィーダの小説『フランダースの犬』は、お話の舞台となったベルギーではさしたる反響もなかったが、日本では多くの人が本当に悲哀を感じ、涙を流すことが非常に多い。
アメリカのSFテレビドラマ『Xファイル』で、論理的に考え過ぎるスカリー(医学博士)に対し、モルダーが「人間は複雑で神秘的だ」と激しくたしなめたことがあったが、確かに、人間の心を単純に考えてはいけないかもしれない。でないと、痛い目に遭うこともあるだろう。

精神分析学者の岸田秀さんは、第二次世界大戦で犠牲になった日本の若い兵士達の資料を見ると、異常なほど感情移入してしまうことが自分でも不思議だったようだ。
誰しも、そのようなものを見て、あまり良い気はしないだろうが、やはり、本気で同情したり哀悼を感じる人は、そうはいないはずである。そして、岸田さんは、特に感情的でないどころか、むしろ、醒めたタイプの人間と思う。
しかし、岸田さんは、戦争で犠牲になった若い兵隊達が、本来なら持てたはずの未来を無理矢理に奪われ、やりたいことも出来ずに死んでしまったことに、自分の境遇を重ねていたのだと気付いたらしい。
岸田さんの母親は、愛情深い母を演じてはいたが、実は、息子の自分を完全に支配し、自分はその束縛から逃れられない状態にさせられていたことを、岸田さんは、大学・大学院で研究していた心理学とは別に、独学していたフロイト精神分析学を自分に適用し深く洞察するうちに完全に気付いたのだという。
単にこう言うと、「岸田さんの思い過ごしじゃないのか?」という人もいるだろうが、岸田さんの本を何冊か熱心に読めば、それが事実であったことは分かるだろうし、岸田さんも言われる通り、母親とは、大方においてそのようなものであり、特に岸田さんの母親は、劇場の経営者で、男勝りの性質を持ち、彼女の夫である父親はほとんど彼女に逆らえなかったらしい。

我々も、事故や犯罪の被害者などにさして同情的でないのに、ある種の事柄に対しては、ひどく悲しくなったり、憂鬱になったりするということがある。
先ほど取り上げた、『フランダースの犬』に対する、多くの日本人の感情的な反応もそのようなものの1つだろう。
また、そのような民族的な精神性でなくても、他の人にはさほどでもないドラマや小説に異常に感情移入し、涙が止まらないという人もいるが、それは、その人の独特なバックグラウンド(育てられ方や過去の体験等)の影響があるのだろう。
私なども、特に感傷的なタイプではないが、初音ミクと巡音ルカのデュエット曲『ワールズエンド・ダンスホール』には泣けて仕方がないのである。そんな人が多いかどうかは知らないが。

自分が何に心を強く動かされるかには、解脱(魂が心身の束縛から解放されるようなこと)のヒントがあるものだ。
それは、悲しみの感情だけではなく、異常な愛着や嫌悪感ということもある。
ただ、そういった感情を消せば良いというのではない。おそらく、何かに反応して起こる感情というものは、実際には消えない場合が多いだろう。ただ、それに囚われることがなくなることが大切だ。それがまさに悟り(解脱)であり、その状態になって初めて、我々は幸福になるのである。富や名誉などいくら得ても、苦しみが増幅しこそすれ、魂が束縛から解放されることはない。

少し手がかりを述べよう。
ある有名なセールスマンが、冷淡なことで有名な社長のところに売り込みに行った。
セールスマンは、得意の話術で心を通わせようとするが、その社長の噂以上の無感情振りに参ってしまう。
そこで、セールスマンは、「あなたのような人間味のない人は初めてだ」とはっきり言うと、社長はさっと表情を変え、商品を買い、セールスマンと親しくなった。
社長は、そんなことを言われたことがなかったのだろう。
天才的な精紳医であったミルトン・エリクソンは言っていたものだ。「予想できることを決してやってはならない」と。
あなたも、自分に対し、自分が予想できないことをしなければならない。

『バガヴァッド・ギーター』に示されていることだが、およそあらゆる聖者、賢者は、外側に向かっている注意を内側に向けることが解脱に必要なことであるという。
社会的、道徳的な意味ではなく、自己を冷静に観察することを、もっと我々は学ぶべきかもしれない。
アメリカの霊的思想家ヴァーノン・ハワードは、科学者のように冷徹に自分の心を観察すれば、ある驚くべきことが起こると度々著書で述べている。それが何かは、言葉で表現することはできないのだろう。ただ、体験するしかない。
そして、人間の究極の秘密は『エメラルド・タブレット』に書かれている。それは世間知にとっては神秘的過ぎるかもしれないが、自我が理解する必要はない。内側に作用させれば、響きあって奇跡が起こるのである。









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