日本で一番のアイドルは間違いなくリカちゃんだろう。リカちゃん人形のリカちゃんである。
ところで、リカちゃんから、人の大切なことが分かるのである。

リカちゃんにも、一応のプロフィールというものはある。
年齢は11歳で、父親はフランス人の音楽家。家族構成も設定があるらしい。
しかし、それらは、決定的なものではないだろう。リカちゃん人形を知らない日本人はあまりいないと思うが、誰もそんなことは知らないし、リカちゃん人形で実際に遊んでいる子供達となると、リカちゃんが11歳だとすら思っていないはずだ。5つの子供にとってリカちゃんは5つなのだ。

リカに、強いプロフィールが無いことが、リカが愛される最大の理由なのである。
リカちゃんは、かなり昔に出来たものなのだが、名前はリカとカタカナで、当時の言い方をすればかなりモダンである。
このリカという名は、日本人でも外国人でも通用するという狙いがあったらしいが、あまり外国人のリカという名を聞かない。単に、外国人っぽい感じがあるという程度なのかもしれない。(Lica Cecatoというイタリア人歌手はいる)
しかし、このリカという名が、ますますリカちゃんの素性を曖昧なものにしているのは、確実に良い方向に作用したはずだ。
セーラームーンが人気絶頂の頃、一時的にその人形がカちゃん人形の売上げを上回ったことがあるらしいが、あくまで瞬間的だ。
リカとセーラームーンの圧倒的で重要な違いは、当たり前だが強い設定があるセーラームーンと、ほとんど何もないリカということである。

ところで、日本の世界的スーパースターと言える初音ミクも、ほとんどプロフィールが無いし、性格付けもない。
一応、年齢は16歳で、14歳の双子の妹と弟リンとレンがいることになっているが、それ以外は何もない。
姿のデザインは人気イラストレーターのKEIさんが行ったが、元々があまり個性を感じさせるデザインでないし、多くの人がミクを描くが、それらの雰囲気は様々である。
初音ミクはボーカルソフトということもあり、非常に多くの人がミクの歌を創っているが、その歌も、ミク自体の個性を決め付けないのが暗黙のルールではないかと思う。
ツンデレっぽい有名な歌もあるが、ツンデレそのものが演技であり、個性を隠すものなのである。

希薄さが愛される理由である。
女性の最高の誉め言葉は、「透明感がある」である。
真の美少女を見たら、「お人形さんのよう」と言うだろう。「ガラスケースに入れて飾っておきたい」などと表現することがあるくらいだ。
「あの子はただのお人形さんよ」と蔑む表現をする時は、実際はジェラシーを感じているのである。

だが、学校でも社会でも、何者か分からない人間は嫌われ、攻撃され、また、いじめられることが多い。
皆、相手が何者かを、自分の理解できる範囲で知って安心したいのだ。そして、理解できない相手の存在を認めない。そして、異分子を排除することに躍起になるのだ!
Facebookで、ありきたりで下らないプロフィールを掲載することを強要されるのは、この世間の思考傾向を反映しているのだ。
世間を超えた人間は、つまり、アウトサイダーは受け入れられずに苦労するだろう。
だが、最大のアウトサイダーであるイエスは、「私は世に勝ったのだ」と雄々しく宣言したではないか?
イエスがFacebookをしたとして、プロフィールに一体何を書けるだろうか?

ミクは、本当はアウトサイダーなのである。彼女は、Facebook向きでない。
世間は、彼女に色付けをしたいのである。しかし、それを許してはならない。
ミク(あるいはリカ)は一無位の真人(禅語。何者でも無いこと)であるゆえに愛しいのだ。
(おかしなことに、リカにはみくという妹がいることになっている。しかし、これも強い設定ではない)

個性を持たないことが最大の個性であるということは、荘子の「無用の用、無為の為」、老子の「道(タオ)は最も希薄なもの」といったことと通じるものがあるかもしれない。









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