久し振りに、腕振り運動(スワイソウ、スワイショウ、セイ手)の話をしよう。
自然に立ち、手のひらを内側に向け、指先まで真っ直ぐに伸ばした腕をそろえて前後に振る。後ろに振る時にやや力を入れ、前に振る時は惰性で振る・・・というのが基本である。
他にも、色々なやり方があるらしいいが、気に入ったものがあれば、それでやれば良いと思う。
関英男博士が集めたデータでは、これだけで、あらゆる難病が治って健康になっている。運も良くなるし、頭も良くなるだろう。
中国で盛んらしいが、元々はインドの禅の開祖である達磨大師が中国に伝えた。少林寺等、武道派の寺院や気功流派でスワイソウがあるのも、これが身体強壮化の効果が高いためだと思う。

腕振り運動は、中国では気功だが、本来、ヨーガだと思う。いずれにしろ、これは筋肉運動として価値があるのではなく、精妙な身体エネルギーの調整や、精神の統一に導くためのものだ。
身体のエネルギーということに関し、近代医学では栄養を血液で循環させる程度のことしか分からず、細胞を実際に活性化させたり、統合させる力のことはほとんど分かっていないが、ヨーガや気功では、プラーナや気(氣)という精妙な粒子(あるいは波動、エネルギー)という考え方があり、神秘学においても、物理学で言う磁力・磁性とは異なる磁流というエネルギーが高度に研究されている。
よって、腕振り運動にも、深遠な原理はあるのだが、我々にとって、とりあえず必要なことは効果の方だろう。

腕振り運動は、一度には、少なくとも2~3百回はやり、1日で千回以上が望ましい。関英男博士によれば、1日少なくとも5百回、難病を治すためには2千回以上が良いようだ。
ところで、音楽を聴きながら腕振り運動をやって回数の目安にしたり、テレビを見ながら適当な時間やるという人もいるようだが、これはヨーガの本筋を逸脱している。
数を自分で数えることにこそ、腕振り運動の意味がある。
やはりヨーガからきている禅の修業に、「数息観」というものがあり、呼吸の数を1から十まで数え、延々繰り返すというものがある。これが、なかなか十まで数えることが出来ず、数が分からなくなったり、気が付いたら五十まで数えていたりする。雑念があるからだが、それを払うことに数息観の意味がある。
腕振り運動も同じで、よそ事を考えながらやっても意味はない。
普通は、1から百まで数え、また1に戻って、目標の回数まで百回単位で繰り返すのである。
しかし、多くの者は、百まで数えるのに失敗したり、あるいは、今、何百回目か分からなくなったりする。
ヨーガで重要なことは、感覚や心を外側の対象から切り離し、自分の内側に引き込むことである。それなのに、外のものを見たり、他のことを考えて数が分からなくなるなど、本末転倒である。
そして、千回まで簡単に数えられるようになれば、健康で頭も良くなっているだろうし、精神も進歩し、何事にも超然としていられるようになっているだろう。

また、腕振りは、単純な動作であっても、毎回、同じ形でやらないといけない。ゆったりと、きれいな形で、1回1回が完全でなければならない。それをするために、楽な運動になっているのだ。
せかせかと、いい加減な形でやってはいけない。
惑星が、常に同じ形で太陽を巡るように、毎日同じように川が流れ、日が昇るように、自然のリズムに乗って、妄念なく遂行しなければならない。
ヨーガとは、統一であり、リズムなのである。

実際には、腕振り運動は筋肉も鍛えるし、特に重要な内筋(インナーマッスル)を、腕だけではなく、背中や腹、脚に渡って効果的に鍛える。これ以外の運動をしなくても、数が多ければ身体が強健なものだ。
しかし本筋は上に述べた通り、精妙な身体エネルギーの調整と精神の統一である。そのために、自然のリズムを掴むことが重要で、また、それにより、全身の筋肉もバランス良く調整されるのである。当然、正しくやればスタイルも良くなるが、それはあくまで結果であり、妄念を持ってやらないことが大切である。









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