世間とどうしても折り合いの付けられないアウトサイダーってのがいる。
そんな者の中には、学校や会社の中で、特に若い間は、周りに合わせようと努力する者もいるかもしれないが、あまり、いや、全然上手くいかないものだ。無理すると、心が病んでしまう。
そんなアウトサイダーがどうして出来るかというと、ほぼ間違いなく、親の影響だ。
そんな者の親は、自分の価値観を絶対視するような人間であったはずだ。それで、子供もまた、自分の価値観が絶対だと思うようになり、他人の価値観を平気で否定する。そんな人間が、他人と上手くやれるはずがない。
そして、そんな者の、そういった性質は一生治らない。生涯、孤独で、仲間も友達も出来ずに過ごすしかない。
だが、親を恨んでも仕方がない。
とにかく、治そうと思って治る性質ではないし、自分でも、治そうという気は無いだろう。
アウトサイダーは、周りと調子を合わせてチャラチャラやっている連中を軽蔑しているが、世間から見れば、彼は変人でしかない。
まあ、そんな者が、たまたま、音楽や絵画といった芸術の天才で、世間の注目を集めれば救われもするかもしれないが、それならそれで、彼はますます他人を見下して孤立し、誰とも心を触れ合わせることが出来ない。そして、これは確実なことだが、天才といえども、孤独が平気だということは決してない。
スティーブ・ジョブズも言ったものだ。
「僕だって、ただの人間なんだ。みんな、どうしてそれが分からないんだ」
アウトサイダーなんて、誰もただの人間だと思わないものだよ、スティーブ。
彼は、歳を取ってから、普通の人間のように振舞うことも多くなった。それで、潜在意識の座である膵臓を癌に侵されたのだと私は思ってる。

まあ、天才でないことが幸なのか不幸なのかはともかく、大半のアウトサイダーは、ただの凡人だ。
アウトサイダーが生きていくには、悟りでも開くしかないのだよ。普通の人の真似をしたって、惨めで辛いだけだ。生きている意味など何もない。
悟りを開くっていうのは、自分の価値観なんてものも、全部捨て去ってしまうことだ。そんな者は、彼そのものが至高の価値になる。
暗闇に染まらずに輝く星の価値は何だろう?普通の人には分からなくても、それは絶対の価値を持つ。彼は、そんな星になるのだ。
悟りを開きたいなら、外的な一切のものから感覚を引き上げ、ひたすら、「私は誰か?」と問うことだ。
かといって、宿命を拒否してもいけない。それをやる運命なら、それから逃れることはできない。ただ、自分が行為者であるという自覚なく、義務を果たすことだ。
空いた時間は、つまらないことをしないで、『バガヴァッド・ギーター』や『エメラルド・タブレット』を読もう。
食は、少食過ぎてもいけないが、なるべく少なくしなくてはならない。
そして、見事悟りが開けたなら、本当はアウトサイダーと全く変わらず苦しんでいる世間の人の光になる。
一生、現実の友は出来ないが、地上の全ての者が月のしじまを友とするように、あらゆる魂は君を慕うことだろう。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加