格闘技で「亀になる」と言ったら、首を縮め、腕を堅く閉じてガードを固めることのようだ。
ところで、インドの至高の聖典『バガヴァッド・ギーター』にも、神クリシュナが、アルジュナ王子に、「亀のようになれ」と教えるところがある。
それは、手足を感覚に喩え、それを自分の中に引き込み、外に出すなということだ。
人が感覚を内側に向けてしまうと、そこは無敵の要塞である。

巷に、「引き寄せの法則」というものがあって、自分の欲しいものを、自分の方に引き寄せて得ることができる方法があるという。
しかし、これらを見ていると、引き寄せと正反対のことをしている。
感覚をみだりに外側の対象に向けてさ迷い、心休まる時がない。そんなことで、満足な結果になるはずがない。
外に求めなくても、内側に全てあるのである。内側にある魔術師が、外のものを創っているのだ。神秘家でなくても、芸術家でも科学者でも、本当に真面目で洞察力のある者なら、必ずそう認めるだろう。コリン・ウィルソンの著作には、そういった考察をした研究者の興味深い事例がある。

では、どうすれば、感覚、あるいは、その元である心を、自己の内に引き込み、外にさ迷い出させないことができるのだろう?
それには、「私は誰か?」以外の想いを起こさないようにすることだ。そのためには、何か想いが浮かんだ時、「この想いは誰に浮かんだのか?」と問い、それが、「私に」であると了解すれば、即座に、「私は誰か?」と問うことを勤勉に続ければ、あなたは心を自己の内に留める術を見つける。
そうなれば、あなたを狙って銃を撃っても弾は外れるし、目の前で撃ったなら、銃はなぜか不発となるだろう。









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