「寝覚めが悪い」という言葉がある。「寝覚め」でも「目覚め」でも同じだと思うのだが、「寝覚めが悪い」で、過去の悪い行いのせいで、起床時に、良心に責めさいなまれるということで、これは、多くの人の経験から生まれた言葉だろうし、おそらく、大なり小なり、誰でも覚えがあることと思う。
なぜ、寝覚めの時なのか不思議なものだが、心の無い、眠りの状態というのは、善の状態なのだと思う。そのため、冷酷非道な悪人であっても、夢の中では、悪いことをしようとしたら、邪魔が入ったり、恐い目に遭ったりするのである。
これらから考えると、我々の内奥にある、善なる魂は、心の活動により、隠れてしまうと考えて間違いないのではないかと思う。日中でも、心を静めて、無我の状態になれば、崇高なことをしたり、奇跡を起こしたりするものだ。

ところで、自分が悪いことをしたというのではないが、寝覚め、あるいは、目覚めの時の気分が悪いということがあるかもしれない。
特に、月曜の朝がそうであるなら、社会生活・・・具体的には、学校や会社などが面白くないのであろう。そんな人は、もし土日が休みなら、土曜の朝は特に気分がいいだろうし、長期休暇の最初の朝など、天国にいる気分かもしれない。
本当なら、私も、小学校や中学校の夏休みの初日の朝は気分が高揚したはずであるが、ラジオ体操のような集団行動をしなければならなかったので、どちらかというと憂鬱で、最も喜びに溢れたのは、夏休みが始まる前日の下校の時だった。まあ、ここでも通知表というものがあり、学校というのは、つくづく、子供の気持ちを重苦しくさせることで、子供に無力感を与えたいもののようだ。学校というのは、国家の奴隷生産工場なのであるから、当然、そうなのであるが、我々はその影響を脱し、奴隷をやめなければならない。

朝の目覚めの時の気分は大切である。今の日本人で、これが良い人は、まずいないだろう。そして、最悪の気分の人が増えている。それは、世間の奴隷であることを意味し、人間性を失ってしまったことを表している。眠りの時に輝いている善なる魂の警告なのだ。
映画『タイタニック』で、ジャックは、「今日は未知の日」だと言い、それを受け入れて喜び、賛美すると、心の汚れた上流階級の人達をも感激させた。
世間では、今日は未知なんかじゃない。全部決まっている、うんざりする毎日だ。
アイルランドの詩聖W.B.イェイツは、戯曲『カルヴァリー』で、イエスすら屈服させたローマ兵士に言わせる。「予期できぬことでさえあれば、起こるのが最善」と。
CLAMP(4人組の女性漫画家ユニット)の『カードキャプターさくら』で、世界最高の魔導師クロウ・リードの転生であるエリオルは、しもべのスピネルに問う。「この世で、一番楽しいことは何か知ってるかね?スピネル」。スピネルは、思いつかないのか、「何ですか?エリオル」と尋ね返すと、エリオルは深い確信を込めて言う。「予想しないことが起こることさ」と。

未知を選べ。予想できない日々を楽しめ。人生は冒険であるのが本質だ。
将来の心配をして、受験に励み、良い就職を目指す者は、皆、心が歪み、荒れ、その薄汚れた目標を成し遂げた後で、人として悲惨な状態になっていることが分かるだろう。
わくわくせよなどと言うが、そのためには、人生が予想不可能な冒険であることを受け入れなければならない。
世間的な安心をつかんで冒険なんか出来るはずがないではないか?
聖書の詩篇23と91は、それを行う勇気を与えるものである。暗記するまで読むと、あなたは、心楽しい、勇敢なadventurer(アドベンチャラー。冒険者)である。

もう何も恐くはないよ 結んだ視線そらさずに
大切な「今」始める
~『ETERNAL BLAZE』(作詞、歌:水樹奈々)より~









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