私は、今はベジタリアン(菜食主義者)であるが、3年以上前は肉食が大好きで、魚もそんなに好きではなかったので、3日続けて肉を食べないということは全く考えられなかった。
ある時、マイケル・ジャクソンが、1日1食のベジタリアンだと知った時は、自分にはとても無理であるとは思ったが、マイケルに関しては、やはり特別な人は違うものだなあと思ったものだ。
ポール・マッカートニーもある時期からベジタリアンになったが、彼の場合、食肉にするために動物が殺されるのが嫌になったからだというのがその理由のようだ。
考えてみれば、食肉になる動物・・・牛、豚、羊、鳥・・・等は、皆、若く、人間で言えば、10代、20代で、時には、子牛や子羊の柔らかい肉を売り物にしている料理もあるので、人間でいえば、やはり幼稚園児とか小学生の可愛い子供の時期であろう。また、牛も豚も、飼ってみれば可愛いものらしく、犬や猫と変わらないが、犬や猫、ましてや、子犬や子猫を殺すことは考えにくい。それを、飢餓状態にあるならともかく、単に美味しいものを食べて楽しみたいという欲望のために殺すというのが耐え難いというポールの気持ちも分かると思う。
私が丁度3年前の今頃、2008年の7月末に、突然ベジタリアンになり、1日1食になったのは、これらの話を心の奥に憶えていたということもあると思う。そして、他にも、ベジタリアンの人達に関するエピソードは良いものばかりであった。

古事記、日本書紀以前の古典とも言われる「ホツマツタヱ」には、最高神アマテル(古事記等では天照大神にあたるが、アマテルは男神である)が、人々に食物について教える場面がある。アマテルは、臣である神々を全て自分の子供のように、民を孫のように愛しく思っており、可愛い子や孫に熱心に語り聞かせるように教えているのである。人間にとって良い食物は田畑で穫れる穀物であり、獣、鳥は決して食べてはいけないこと。獣の肉を食べると血を汚し、それが血に記憶され、また、肉が凝って縮み、空太りするなどと説く。人は肉をやめて正しい食事をすれば、死ぬ時に菊のような匂いがし、亡骸もすぐに神の形に変わっていくが、肉を食えば汚れ、死ぬ時も臭く、魂の緒が乱れ苦しむと言う。
尚、アマテルは神々や民を自分の子や孫のように思うのであるが、他の神々にも、民を子のように思わなければならないと言う。アマテルにとって、神々は臣であるが、考えて見れば、今でも、大臣のような者は、国民を自分の子供のように思うものでなければ務まらないし、政治家は国民の下僕として仕える気持ちでなければならないはずであるが、大臣達が傲慢で身の程知らずになり、政治家が「先生」になっているようでは国は治まらないものであるに違いない。
天皇陛下や皇后陛下の、国民を自分の孫のように愛おしむ姿は、大臣達、あるいは、企業で言えば社長や重役達に手本を示しているように思う。上に立つ者、立つ気のある者は見習うのが良いと感じるのである。

ベジタリアンになるのは難しくはない。私は、今でも肉食を嫌悪する気はなく、確かに食べたら美味しいだろうなとは思うが、一方で、やはり動物が、そのために自分の知らないところで殺されるのは嫌だし(食べるならせめて自分で殺してやりたい)、肉が身体や心の汚れになるというのは、実感として感じていることもあり、少なくとも、他に食べるものがある限り、一生食べるつもりはない。
食事の量が適切である限り、肉を食べなくても十分に満足できることは間違いない。私は、パン、野菜、果物、ナッツ、チーズなどの、毎日同じものを食べているが、食事は非常に美味しく楽しいのである。以前はすぐに風邪をひき、頭痛、腹痛になることも多かったが、肉食をやめて3年は、実にそれが一度もなく完全に健康である。以前は10回がやっとの腕立て伏せも200回以上軽々と出来るようになる等、身体も強靭になり、当然、スリムで美しい体型になった。望まなくても幸運に恵まれるようにもなった。
水野南北は、「食が全て」と言い、人間の、運も健康も富も幸福も全て食の慎みのみで決まると断言したが、食は本当に重要であると思う。







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