ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

2020年09月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

楽に生きると決心する

カンフースターは沢山いるが、ブルース・リーとジャッキー・チェンは別格だと思う。
それは、映画が売れたという結果もなのだが、カンフーの動き自体が、他と全然違う。
それは、素人目にも明らかだ。
で、どこが全然違うのかと言うと、速さが違う。
しかし、なぜ速さが違うかと言うと、「楽に動いている」ように思える。
他のカンフースターの動きは、極端に言えば「どっこいしょ」という感じで、どこか無理にやっているのだ。

では、なぜ、ブルース・リーやジャッキー・チェンは、「速い」し「楽に」動けるのか?
これに関しては、多くの人が、「それは練習量の違いです」と言うだろう。
確かに、彼らは、誰よりも多く、パンチとキックを繰り出したのだろう。
問題は、世間常識では、それは、苦しいものだということだ。
しかし、私は、彼らはそれを、誰よりも楽にやっていたのだと思う。
なぜって、苦しい練習から楽な動きは生まれないとしか思えないからだ。
けれども、普通は、そうは思われておらず、本当に、世間常識というものは厄介だと思う。

実際、上のように言うと、私に、「そりゃ、君は間違えている。彼らは、見えない場所で、血の滲む訓練をしたのだ」と言うだろうし、ブルース・リーやジャッキー・チェンも、そう言ったことになっている。
しかし、それは、映画の中のカンフーヒーローの話に合わせているだけだ。
野球で言えば、子供の時から誰よりも練習したのは、テッド・ウィリアムズで、結果、彼は、メジャー屈指の成績を残した(生涯出塁率1位、三冠王2回は、もう1人と並んで1位。最後の4割打者)。
だが、別に彼は、歯を食いしばって練習したのではなく、好きだから楽にやっていただけだ。
我々がよく知っている長時間練習する人はイチローだが、彼だって、楽しいからやっていると言っていたと思う。

良い練習とは、我々に分かるように言うなら、丁度、そこそこ自分に向いていることを、好きな女の子(男の子)と一緒に練習するようなものだ。
つまりね、上達したければ、苦しみに耐えるのではなく、もっと楽をしないといけないのだと思う。
私に直接分かる範囲で言えば、プログラミングに関して、面白い話がある。
システム会社に勤めたことがある訳ではないが、VBAプログラミングのかなりの名人がいた。
しかし、そいつは、考え得る限り、最悪のチャランポランな男で、真面目に勉強する姿など、全くイメージ出来ない。
そして、プログラムのコードを見ると、蹴っ飛ばしたい衝動に駆られるほどデタラメな書き方である。
だが、それでも、実に有益なシステムを作り、立派に稼働しているのだ。
そんな彼は、とにかく楽をしたがる性格であるが、まさに、「楽ちん主義」の勝利である。
一方、VBAのプログラムが、下手というより、出来ない人達を沢山見たが、彼らは皆、真面目に勉強する人達だった。
考えてみれば私も、長時間プログラミングの練習をしたような気はするが、冷静に振り返れば、かなりいい加減にやっていたように思う。
逆に、真面目に勉強しようと思ってやったことは、あまり成果が出なかったように思う。

引き寄せだってそうで、うまくいかない人は、とにかく、クソ真面目で、苦しいやり方をしているのではないかと思う。
笑え、ガッツポーズをやれと言ったら、真面目に笑って、真面目にガッツポーズをする。
だが、気楽に楽しくやらないと、沢山出来ないのである。

ブルース・リー、ジャッキー・チェン、あるいは、イチローでも、我々が聞く話は、相当盛っている・・・というか、実体と全然違うほど盛り盛りだろうと思う。
政木和三さんにしたって、著書や本人の講演では、彼は、粉骨砕身で努力したことになっている。
しかし、本人に直接会って話すと、面白い話ばかりで、彼も、ごく気楽にやっていたのである。

楽と怠惰は違う。
もし、あなたにとって学園祭が楽しいものであったなら、あの準備のことを思えば分かると思う。
一生懸命やってはいるが、苦しくはなく、楽しいだけだったはずだ。
私のような友達のいない引きこもりは学園祭には参加しなかったが(笑)、そんな人でも、さっきも言ったが、好きな女の子(男の子)と一緒に何かする時のことを考えれば分かるはずだ。
そんな楽で面白いことを、何の努力もなく、延々とやれば、ブルース・リーになるのだと思う。
何より、「私は楽に生きるんだ」という決心が必要と思う。
皆、「私は苦しむんだ」と決心していて、結局、何もしないのである。








美と健康の秘訣は「踏みしめる」こと

『ザ・シークレット』の著者、ロンダ・バーンが、65kgあった体重を53kgにしようとした時、体重計に、「117」(117ポンドは約53kg)と書いた紙を貼ったらしい。
すると、速やかに53kgになったそうだ。
私は、65kgほどあった時、「私は59kgですらりとしている」と楽しく思ったら、少し後の健康診断で59kgとなっていた。
この「楽しく思う」というのが効果的と思う。
なぜなら、気分が良くなるからだ。

そのように、肉体のことも精神だけでどうにでもなるのかもしれないが、楽に強健になるには、大東流合気柔術式の四股が良い。
これは、楽で、とても気持ちが良い。
やり方はこうだ。
相撲の四股では、ファンを楽しませるパフォーマンスということも必要なため、土俵で四股を踏む時は、足を高々と上げる力士もよくいる。
だが、「そういったパフォーマンスは他のもんに任せる」と言わんばかりに、控えめにちょっと上げるだけの力士もいる。
その、控えめな上げ方をすれば良い。
そして、上げた足をゆっくり柔らかく床に下ろす。床を踏み鳴らすような乱暴な下ろし方では駄目だ。
足を床に下ろす時、特に、腰を落とす必要はないが、しっかり床を踏みしめることを意識する。
この「踏みしめる」ということが重要である。
また、せかせかやらず、1回1回じっくりやることが大切だ。

私は、子供の時、家にあった、かなり立派な本に、精力を増し、健康になる方法として、こんなことが書かれていたのを印象深く覚えている。
通勤の時など、歩く時に、早足でせかせか歩くより、一歩一歩、大地を踏みしめるように歩くことで精力が増強される・・・と。
理屈は完全には分からないが、今考えても正しいと思う。
上の大東流合気柔術式の四股は、これを狭い床の上で、しかも、もっと合理的にやる方法なのだ。
その歩き方を覚えていたので、こんなものに注意を引き付けられた。
プロレスで、名レスラーと呼ばれ、数年の間、世界最高峰の世界ヘビー級チャンピオンだったパット・オコーナーという選手が、日本人レスラー達を指導している風景の中だった。
オコーナーは、リングのマットの上をぐるぐる歩き回り、日本人レスラー達数名を後ろについてこさせていたが、その歩き方がまさに、一歩一歩、マットを踏みしめる歩き方だった。
ジョギングや、坂道ウォーキングなどより、こちらの方がずっと効果があるのだ。しかも、ずっと楽なのである。
ちなみに、プロレスの試合は決して真剣勝負ではないかもしれないが、異種格闘技戦などを見ても、プロレスラーが実際に強いことは昔から分かっているし、練習時のスパーリングはごく真剣で、そのスパーリングでの強さが、レスラー間の序列を決めているとも言われている(超美男子などで余程の人気レスラーである場合は別らしいが)。

尚、大東流合気柔術式の四股は、『佐川幸義 神業の合気』に写真入りで説明されている。
私は、腕振り運動とセットで行うが、腕振り運動100回と、四股100~200回を組み合わせている。
それとイメージの力を組み合わせれば、いかような身体にでもなれるのではないかと思う。
私としては、すらりとして、完全に健康で、身軽に動ける身体であれば良いと思っている。
以前、スクワットや腕立て伏せに熱中していた時は、肩や腰が痛かったり、腕が痺れたりすることが多かったがで、腕振り運動と四股では、そんなことは全くない。
また、腕振り運動と四股は、肉体だけでなく、精神も磨くので、引き寄せも上手くなると思う。
ちなみに、腕振り運動も、足の親指で床を押すように、しっかり踏みしめて行うと効果が高い。
物理学者で、大東流合気柔術の達人である保江邦夫氏は、この四股で頭も鍛えられると著書に書いておられた(どの本かは忘れた)。
経験的私見であるが、身体のあらゆる形態・・・例えば、ウエストサイズや脚の長さですら変化させることが出来ると思う。








エヴァンゲリオンも引き寄せで解る(附エヴァを引き寄せる呪文)

『新世紀エヴァンゲリオン』という、1995年から始まっているアニメが、いまだ新作映画が作られるほど人気がある。
この作品もまた、「引き寄せの法則」で解釈しなければ、いったい何の話か分からない。
この作品は、かなり初期の頃から、この世界が作り物である・・・つまり、今流に言えば、『ソードアート・オンライン』のような仮想世界であることをほのめかしていたが、それも別に、引き寄せの法則に矛盾しない。
そもそも、引き寄せの法則は、仮想世界(コンピューターが作り出した世界。そこに精神を転送し、リアルな世界だと感じている)の法則であると言えるし、この「リアル世界」も、実際は仮想世界であると思う。

ところで、エヴァンゲリオン(以下「エヴァ」)のパイロット(搭乗者)である、碇シンジ、綾波レイ、アスカ・ラングレイの3人は、なぜ、エヴァのパイロットになるという状況を引き寄せたのだろう?
それは、彼らが、自分の価値が欲しいと強く願ったからだ。
3人共、「自分には価値がなく辛いので、確固たる価値が欲しい」と強く願ったから、エヴァのパイロットになるという状況を引き寄せたことが、完全に共通する。
エヴァに乗り活躍する限り、彼らは、自分が価値ある存在であると感じることが出来るのである。
ただ、綾波レイの場合、身体が沢山あるが、その分、個々の身体や心の存在価値よりも、「綾波レイ」という全体の存在の価値を求めていて、それが、彼女を強くも儚くも見せるのである(そこが良いのだろうが)。

尚、シンジのクラスメイトで軍事マニアの相田ケンスケは、エヴァに乗ることを熱望しながら、それが全く叶わず、時にシンジに嫉妬するが、なぜ、彼の強い願いは実現しないのだろう?
実のところ、彼の状態が、我々凡人の状態で、大望を抱いても、それが引き寄せられない。
なぜ願いを引き寄せないかというと簡単で、本気度の問題だ。
引き寄せ自体は、1ドルでも100万ドルでも、難しさに違いはない。
また、本気度というのは、誤解され易いが、「欲しいよお!」と絶叫しながら渇望するようなものではない。
ケンスケの欠陥は、エヴァに乗って喜び感謝する想いを持っていなかったことだ。
引き寄せの秘訣は、2000年も前にイエス・キリストが言った通り、「願いは叶ったものと思え」である。
そして、多分、イエスのその他の言葉は削除されたのだろうが、「願いが叶ったと思うこととは、願いが叶った時の気分を感じること」である。
それは、胸の奥が振動する(震える)感じなのである。
それは、興奮状態ではなく、むしろ、やすらぎ、穏やかさとして現れる。
そして、エヴァに乗っている時のシンジ、綾波レイ、アスカは、とても穏やかであることが分かる。
何より、エヴァを動かすためには、エヴァに乗った時に心が安定している・・・つまり、穏やかでなければならない。
むしろ、狂喜したような興奮状態ではいけない。だから、ケンスケは不適格である。
なるほど、『新世紀エヴァンゲリオン』は、やはり、引き寄せのお話である。

さて、では、エヴァに乗れるほどの願いを叶える魔法の呪文に進もう。
それは、ドイツのベルベル・モーアの引き寄せ書『その望みは宇宙がかなえてくれる』(手書きノートから始まって、世界で100万部売れた)にある。
「心おだやかに!」である。
アスカは、時々、エヴァとシンクロが出来ずに、エヴァを動かせない状態になるが、彼女は普段から、「心おだやかに!」と唱えるべきであったのだ。
そうすれば、自分の本当に欲しい価値を引き寄せ、幸せになれたのである。

ちなみに、『新世紀エヴァンゲリオン』は、ネタが多過ぎ(下手なものが多い)、私などは見ていて疲れてしまい、DVDを複数セット持っているが(高くついた)、あまり見ていない。








名作文学は子供向けを読むべし

強く願ったことは現実になる。
ただ、願った後、しばらくの間、少しも叶いそうにない状況になことが多い。
それでも諦めなければ叶う。
ただし、そこで力んで唸る必要はない。
けれども、ある程度は耐え忍ばねばならない。

フランスの文豪、ヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』のことはご存じと思う。
私は、この世界的名作を、小学5年生の時以来、読んでいなかったが、最近、やや古い訳ではあったが、大人向けのものを読んでみたところ、肝心のところで文章が難し過ぎてさっぱり解らない。
訳者は、ここぞという場面では、より重厚で格調高い文にしたがり、結果、全然意味が解らない言葉使いになるのだと思う。
また、国も時代も違うのだから、事細かに説明されても、全くイメージが湧かないことも多い。
正直、重要人物ではあっても、ミリエル司教の細かい経歴など、長々読む意味など全くないと言ったら怒られるかもしれないが、私にはそうとしか思えないのである。
それで私は、子供向きのものを読んでみたが、これが実に素晴らしかった。
異論もあろうが、特に長編の文学に関しては、小学5年生以上を対象にした子供向けのもので十分と思った。
そもそも、我々は、大文学の大半を読まないまま死ぬのであり、それなら、最初から子供版を、1冊でも多く読めば良い。
それに、大人版を読んで、全体の2割しか解らないとしても、最初から6割の内容の子供版を9割理解すれば、半分以上(54パーセント)解るのであるから、ずっと良いことになるのではあるまいか。

そして、子供版の『レ・ミゼラブル』(子供版の場合『ああ無情』のタイトルが使われることが多い)を読んでも、引き寄せの法則をくっきり理解出来る。
大文学こそ、我々にとって最も有益な宇宙の法則である「引き寄せの法則」を使う能力を得るために読むべきである。
実際、名作文学は、その目的に極めて適している。
何より、感動的な文学は、圧倒的、あるいは、神秘的なほど気分が良くなるので(読んで陰鬱になるようなものは読まない方が良い)、それだけでも素晴らしいメリットである。
いつも言うように、この宇宙は「良い気分でいれば良いことが、悪い気分でいれば悪いことが引き寄せられる」仕組みだからである。

さて、『レ・ミゼラブル』の、ジャン・ヴァルジャンの、よく知られているお話を振り返る。
ジャン・ヴァルジャンは、刑務所で19年服役し、46歳で出所した日、1日中歩き続け、空腹で疲れていたが、どこの食堂も宿屋も、彼を入れてくれなかった。
彼が、前科者の黄色い身分証明書を持っていたからだ。
夜になり、冬で寒かったが、野宿するより仕方がなく、公園のベンチで横になると、通りかかった女性が声をかけた。
ジャン・ヴァルジャンの心が、この女性を引き寄せたと言うしかない。
普通なら、よそ者の、ボロを着た、人相の悪い男に、女性が声をかけるはずがないからだ。
とにかく、女性は、ジャン・ヴァルジャンに、「あそこに行きなさい」と指を指し、「必ず泊めてもらえる」と断言した。
そこにいたのが、ミリエル司教だった。
ミリエルは、あまりにも当然というふうに、ジャン・ヴァルジャンに食事を与え、寝室の用意をした。
だが、ジャン・ヴァルジャンは、ミリエルの銀の食器を盗んで逃げた。
そして、3人の警官に連れられて、再び現れたジャン・ヴァルジャンを見て、ミリエルは、
「あなたに差し上げた銀の食器はどうしました?この2つの銀の燭台も差し上げたのに、なぜ持って行かなかったのですか?」
と平然と言い、警官は、ジャン・ヴァルジャンに銀の食器を返して引き上げた。
それから、ミリエルはジャン・ヴァルジャンに、2つの銀の燭台も渡し、
「これは、新しく生まれ変わったあなたへの神からのプレゼントです」
と言った。
それから、ジャン・ヴァルジャンの人生は幸運なものに変わったが、それは、ミリエルが、ジャン・ヴァルジャンがずっといい気分でいられれるようにしてくれたからだ。
ミリエルは、ジャン・ヴァルジャンに、引き寄せの魔法の杖を与えたのである。
それを理解すれば、あなたも同じ魔法の杖を得られるのである。








昔話から学ぶ引き寄せの法則

著名なユング派心理学者の河合隼雄氏は、昔話(神話や童話)を深層心理学的に分析した本を書いておられたが、彼は、登場人物(主に小さい女の子)の精神的成長に着目していたと思う。
例えば、グリム童話の『ヘンゼルとグレーテル』では、初めは、妹のグレーテルは、弱くて泣いてばかりで、兄のヘンゼルに守られる存在だった。
しかし、ヘンゼルが悪い魔女に捕らえられてしまい、頼る者がいなくなった時、自ら、魔女をかまどに押し込んで殺すという攻撃に出るほど逞しくなった。
このように、子供の成長には、試練も必要である。

だが、昔話も、文豪の作品同様、「引き寄せの法則」の観点から解釈した方が、有益なものを得られる場合が多い。
グレーテルの不幸は、不意に訪れたものではない。
彼女の幼く、不安を感じる心は、自分の気分を良くする強さがなかったので、悪い状況を引き寄せたのである。
この宇宙は、「気分が良ければ良いことが、気分が悪ければ悪いことが起こる」仕組みになっている。
グレーテルの気分はずっと悪く、事態はどんどん悪くなり、頼りの兄も魔女の手に落ちた時、ついに、グレーテルは「しゃんと」して、戦う決意をする。
運命に立ち向かう決意をした時、人間は、最高に気分が良くなるのである。
そして、グレーテルは勝利を引き寄せた。

我々は、苦しい状況にある時、「しゃんと」しなければならない。
これは、コリン・ウィルソンが、『フランケンシュタインの城』や『右脳の冒険』で繰り返し主張していたことだ。
いかに自分の気分を良くしようと思っても、泣き言を言っていては駄目なのである。
コリン・ウィルソンは、「好みのタイプの美女が全裸でやってきた時のように元気を出せ」と言うが、これはあくまで、「そのように元気を出せ」と言っただけであり、エロチックな空想をしろと言ったのではない。
大切なことは、あくまで、苦難に立ち向かう決意である。
ただし、自分でなんとかしようとすると、空回りして自滅する。
宇宙を信じてまかせることである。とはいえ、「しゃんと」してね。

『白雪姫』も、引き寄せの観点から重要である。
なぜ、王妃が毎日、魔法の鏡に向かって、「この世で誰が一番美しいか?」と尋ねたのかというと、自分のライバルが現れることを恐れていたからだ。
その恐れが、白雪姫という、美しさで自分が太刀打ちも出来ない存在を生み出してしまった。
これも引き寄せである。
それ以前に、白雪姫の母のことも興味深い。
彼女は、真っ白な雪の上に自分の血が落ちるのを見て、「雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒炭のように黒い髪」の娘のイメージが浮かび、それを強く欲した。
そして、その想いが、白雪姫を生み出した。完全な引き寄せだ。
だが、母が望んだのは、白雪姫の誕生だけであり、白雪姫と楽しく過ごす未来をイメージ出来なかった。
それで、目的達成と共に死んでしまった。
白雪姫も初めは弱い子で、継母の王妃にひどい目に遭わされるという不安を持っており、それが、自分が捨てられると言う不幸な状況を引き寄せた。
だが、上のグレーテル同様、危機的状況で彼女は、「しゃんと」して、気持ちを切り替えることが出来た。
そして、7人の小人を引き寄せた。
だが、小人達と暮らす平和な日々の中でも、白雪姫の心に不安が芽生え、ついに継母の王妃を引き寄せ、殺されてしまう。
ところが、これは、一種の自作自演だった。
白雪姫の本当の願いは、「王子様が白い馬に乗って迎えに来る」ことだった。
そのことを繰り返し想像し、それが実現したと感じて喜びと感謝を感じていた。
そして、それは成った。
ピンチこそチャンスである。
人間は、悪い状況にならないと、「しゃんと」して、気分を良く出来るだけの成長が出来ない。
その点、河合隼雄氏の指摘はやはり正しい。

この宇宙は、気分が良ければ、さらの気分が良くなることが、気分が悪ければ、さらに気分が悪くなることが起こる。
これが絶対的真理である。
我々は、何もする必要はないが、自分の気分にだけは責任を持たなければならない。
だが、何の波風も立たない人生はあり得ない。
必ず、悪い状況は起こる。
そんな時、「しゃんと」することで、宇宙のエネルギーを取り込み、状況を魔法のように変える。
そのために、無理にでも笑顔になり、ガッツポーズをし、あるいは、舌を大きく出せば良い。
それが、最も簡単に「しゃんと」する方法である。
そして、問題は必ず解決出来ること。なぜなら、我々の内には、世の中よりはるかに強大な力があることを認めれば、より容易く「しゃんと」出来るだろう。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
[AI&教育blog] メディアの風


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
最新コメント
月別アーカイブ
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
人気ブログランキングへ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
タグクラウド
QRコード
QRコード