ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

2020年05月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

最強の力「愛」を持つ方法

いかなることも、究極的には、愛が大きい者が勝つのだろう。
あくまで主観的にだが、とっても怪しい物理学者、保江邦夫氏が、そこのところを、うまく本に書いてくれていると思う。
※「主観的」というのは、保江氏が「怪しい」こと。あくまで主観だ(笑)。
余談だが、保江氏はとっても怪しいと思うが、彼が紹介する人達の怪しさは度が過ぎていて、それらの方々との集合写真は、(あくまで主観的に)まさにサバト(悪魔崇拝の集会)の雰囲気だ。怪しいもの好きな方は、是非お薦めする(笑)。
いや、それでも、良い部分は認めるべきと思う。
保江氏は合気道家でもあるが、愛すれば、敵は抵抗出来ないらしい。
ある時、極真空手の猛者と戦うことになり、そんなごっつい男はなかなか愛し難いのだが、愛さないとボコボコにされてしまうので(力では敵うはずがないから)、なよっとして「うふん」て感じで行くのだそうだ。
すると、やはり、相手は何も出来ない(気持ち悪いからじゃないの・・・笑)。

また、保江氏は、『神様につながった電話』で、愛とは、頭の中で、聖歌、祝詞、お経といったものが鳴り響いている状態だと述べられ、手術前や、手術の間でも、祝詞やお経や『アヴェ・マリア』を唱えたり歌ったり、頭の中で響かせている医者は、奇跡の手術を行うと言う。
ここらは、私も本当だと思う。

で、そんな偉い(怪しいけど)人に対抗するのではないが、私が思う愛は「丁寧」だ。
何でも丁寧にやれば、神の力が加わる。
イチロー氏や松井秀喜氏が、メジャーリーグ時代、道具を大切に扱うことが評判になったことがあるが、それが1つの野球愛であると思う。
また、ピアノやヴァイオリンといった楽器を大切にする人が、演奏の腕前も上がるはずだと思う。楽器を大切にすることは音楽愛なのだからだ。

ダイエットでも、スクワットで痩せる人もいれば、さっぱりの人もいるが、駄目な人は、とにかくスクワットもガサツなのだ。
対して、美しいボディになれる人というのは、スクワット1回1回が実に丁寧である。
スクワットの効果は、回数や負荷の大きさで決まるのではない。丁寧さが重要だ。
ある、オリンピックチャンピオンの柔道選手がランニングをしているのを、スポーツ雑誌の記者が、「ゆっくりだが丁寧に走る」と書いていたが、これが、愛のあるランニングであり、それで身体が強くなるのだ。

猫や犬や鳩や亀に愛される人は、丁寧に撫で、丁寧にエサをやり、丁寧に運ぶ。
なぜなら、それが、動物を愛することだからだ。動物は、愛には愛で応えてくれる。
同じことだが、私は、大学生の時、沢山の女子小学生が遊びに来て、家の門の前に鈴なりになって困ったことがあるが、これも、小学生の女の子はフニフニな感じで恐いので、ぶつからないよう、私が滅茶苦茶丁寧に扱ったからだと思う。
面白かったのは、女の子の中に、非常にガサツで乱暴な子がいたが、丁寧に接するうち、彼女がどんどん女らしくなったことだった。
一方、ロリコンは女の子を丁寧に扱わないので、まず、モテることはない。
ゲーテも「女性を丁寧に扱えば必ずモテることを保証する」と述べている。実際、ゲーテは、70を超えても、十代の美少女にモテモテだった。

呪文、マントラ、念仏を唱えて、神仏の厚い加護を受ける人もいれば、いまひとつの人もいる。
これも同じで、丁寧に唱える者は、回数は少なくても、恵みを得られ、幸運になる場合が多いのだと思う。

瞑想のやり方を、テクニカルに説く人もいるが、私は、最も大切なことは、丁寧に座り、丁寧に呼吸することと思う。
これこそが、数千年の秘法に優る、愛の瞑想・・・いや、愛そのものである。













当ブログオーナー、KayのAI書。
紙の本は5月30日発売。KIndle版(一部カラー)は発売中です。
AIは、数学やプログラミングに強い一部の人だけの道具ではありません。誰でも使える「推測するマシン」です。
電気が、物理学や機械工学に強い人にしか使えないのではなく、誰でも使え、また、使うべきなのと同じです。
この本は、易しくて面白いテーマを採用することで、Excelが使えるスキルがあるなら、AIを自分で作れるようになることを目的としています。

これで楽しくプログラミングをマスター出来る!

プログラミング、英語、筋トレ、絵画、音楽などを始めても、さっぱりな人がいる。
それが私には謎だった。
「これからの時代はプログラミングが出来れば有利」
「Excel VBAプログラミングが出来れば、仕事を効率化出来る有為な人材になれる」
などということは理解し、それなりに真剣に取り組んでいるのに、いつまでたっても上達の気配がなく、ついに挫折する人が少なくなかった。

それは才能の問題だろうか?
しかし、プログラミングをやるのに才能というほどのものは必要ない。
ところが、有名な超専門家や大学のITや教育の研究家すら、「プログラミングには才能が必要」「プログラミングの才能の差は非常に大きい」と言い、私もうっかり騙された。
そんなことはあり得ない。
だって、考えれば解る。
英語、筋トレに才能なんかあるだろうか?
あるはずがない。しかし、出来ない者は、やはり、さっぱり出来ないのである。
絵画や音楽も、プロにまでならなくても、そこそこは誰でも絶対に出来る。
しかし、大人になっても、小学生並の絵しか描けない者は多いし、音楽となると、歌も演奏もさっぱりで、作曲など夢のまた夢と言う人が多いだろう。
そして、知的な大人ですら、真面目にこう言うのだ。
「僕には絵の才能はないのです」
「私は、生まれつき、音楽は駄目なんです」

では、出来ない者は努力が足りないのだろうか?
それは、ある意味正しいが、アメリカ人やイギリス人が英語を覚えるのに努力なんてしていないし、我々日本人は、世界で最も難しい言語の1つのである日本語を覚えるのにも、やはり、努力なんてしなかったはずだ。

それなら、教育の仕方が悪いのか?著名な美術教師ベティ・エドワーズは、世界的ベストセラー『脳の右側で描け』で、それを強調するし、音楽、その他でも、教育の重要性や教育ノウハウを説く者は多いが、それは、ある程度は、自分達が教育ビジネスをやったり、教育界で偉くなるためである。だって、絵や音楽で教育なんて受けずにプロになった人はいくらでもいるし、まして、そこそこ出来るようになった人で、専門教育を受けたなんて人が、どのくらいいるだろう?
私も、プログラミングの教育なんて受けたことは一度もない。

結論は、2通りの言い方をしないといけない。
なぜ、何かに取り組んで、それを十分にマスター出来ないのか?
根本的には、注ぎ込んだ時間が少ない。
それだけである。
しかし、もう1つ言うしかない。
それは、「興味がなかった」である。
合わせて言えば1つになる。
「興味がないので、時間を注ぎ込まなかった」
これが全てである。

私は、プログラミングをマスター出来ない人を、割と沢山見た。
彼らは例外なく、プログラミングそのものに興味を持っていなかった。
「覚えたら得」「プログラミングが出来たら認められる」「就職出来る」
などと考えてはいるが、プログラミング自体には、本当は興味がないのだ。

興味があるかないかは、歴史を知っているかどうかで完全に判る。
プログラミングの実力がある者は、間違いなく、コンピューターやコンピュータープログラムの歴史を延々と語れる。
絵画の腕前のある者は、少なくとも、絵画の特定分野の歴史にやたら詳しい。
英語が相当出来る者は、アメリカやイギリスの歴史をよく知っている。
私も、プログラミングの歴史を語らせると、何日でも話し続けられるのである。
だが、私は、バスケットボールやスキーの歴史は全く知らない。それらを、別に、嫌ってはいないが興味がないからだ。

興味があれば、実力はついてくる。
そして、興味があるなら、歴史を知っている。
それなら、逆に、歴史を知れば、興味が出る可能性が高い。
考えてみれば、私も、まず、コンピューターの歴史について、読んだり、映像を見て、興味を持ったのだった。
それは、勉強の本ではなく、ロボットアニメやSFであった。
IT業界の大物・・・ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグ、イーロン・マスク、ラリー・ペイジらも、例外なくSF好き・・・どころか、凄いマニアであったことが知られている。
これら大物達は、若い時に、『銀河ヒッチハイク・ガイド』や『ファウンデーション』を熱心に読んでいた。
初音ミクさんのお父さん、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長は『マジックキングダムで落ちぶれて』についてどこかで語っておられたが、この作品の中に、初音ミクさんのエッセンスのようなものがあるような気もする。
ついでに言えば、私のお薦めは『BEATLESS』である(笑)。













当ブログオーナー、KayのAI書。
紙の本は5月30日発売。Kindle版は販売中。
まずは、拍子抜けするほど易しいテーマを扱ったChapter.1をじっくりやって下さい。
そこで、超優秀なAIツールNNC(ソニー)の基本的な使い方や、AIに問題を解かせる原則を掴みます。
その後、AIを使うセンスを身に付けるため、モンティ・ホール問題等の、面白いテーマを扱っています。
ほぼ全ての実習のためのデータを作れるExcelマクロ(VBAプログラム)を、出版社サイトから無料ダウンロード出来ます。

ミステリアスな装置をその手に

電気自動車が登場した時には、驚きと称賛があったが、それはなぜだろう?
元々、扇風機や電気ポンプは電気で動いていたのに、なぜ、電気自動車が凄いのかというと、自動車が必要とするエネルギーが、扇風機や電気ポンプよりずっと大きいからだ。
では、電気自動車が出来たのだから、さらに大きな力を必要とする、ヘリコプターやプロペラ飛行機が電動にならないかというと、それは無理で、自動車レベルが限界である。自動車の排出ガスは問題になるのに、ヘリコプターや飛行機では問題にならないのは、数が少ないからで、それなら、これらを電動化する必要性もない。
ところで、ヘリコプターや飛行機より、ずっと大きなエネルギーを必要とするが、大きさもずっと大きな、大規模潜水艦や空母には原子力を動力とするものがあり、宇宙ロケットも原子力エンジンを使うものがある。
要するに、電気、石油、原子力のどれを使うかは、機体の大きさと必要とするエネルギーの大きさにより(その他の理由もあるが)、適したものがある訳である。
スペースX社が開発中の有人火星ロケットには、燃料にケロシンを使うものがあるが、ケロシンも石油系燃料である。
一方、NASA(アメリカ航空宇宙局)では、原子力エンジンを搭載したロケットを開発しているという話もある。
だが、原子力というものは、廃棄物質の扱いが難しく、電子力発電の場合もだが、あまり使いたくないものであることはご存知と思う。
そこで、石油系でも原子力系でもない、新しいエネルギーが出来ないかと期待され、実際に開発も行われているが、なかなか実用出来ない。
一説では、石油や原子力より、はるかに優れた方式の動力機関は既にあるが、利権の問題で封殺されているという話もある。まあ、その信憑性は不明だ。

ところで、イギリスのオックスフォード大学に、オックスフォード電鈴(Oxford Electric Bell)と呼ばれる、一定間隔でベルを鳴らす小さな装置がある。
この装置は、電池稼動なのだが、この装置が製造された1840年以来、電池は一度も替えていないが、いまだ動き続けている。
電池の構造は分解しない限り解らないが、分解するためには、装置を停止させないといけない。しかし、実用性はないながら、これほど長く動き続けるものを止める訳にはいかず、どんな仕組みなのか不明だそうである。つまり、誰にも、その電池の構造は分からないし、現在でも、それほど長い間、動き続ける電池を作ることも出来ない。
ひょっとしたら、不可能なはずの永久機関かもしれない。
永久機関ではないが、現代科学でも説明のつかない不可思議な装置は、実は、いくらでもあると思うし、どこかの田舎でしれっと(何事もないように)、実用で使われていることだってあると思う。
UFOだって、もし存在するなら、その動力は、地球人類には未知のテクノロジーが使われているかもしれないが、その構造は、案外に単純かもしれない。
いや、実は、普通の人や、あるいは、子供が、不可思議な装置を保有し、使っていることもある。
それは、悪用すると、恐ろしいことになるという、強力なものかもしれない。
だが、邪悪でない者が、あまり欲張らない範囲で、それを使って、何らかの利益や便利さを享受している・・・それは実際にあるはずだし、あなたも、それを得られないとは限らない。













当ブログオーナー、KayのAI書。Kindle版は販売中。紙の本は5月30日発売。
複写機、ファクシミリ、ワープロ、パソコン、スプレッド・シート、データベース、電子メール、インターネット・・・様々なITが登場しましたが、先に導入した会社が勝ち、最初にマスターした人が良い立場になりました。
次はAIです。
上記のIT同様、AIも、本当は誰でも出来ます。
この本でAIを自分で作れるようになり、時代に先行しましょう。

損な人を止め得な人になる方法

常に得な役回りになる人と、逆に、常に損な役回りになる人がいるように思う。
例えば、2人の子供が全く同じことをしても、片方は褒められるのに、もう片方は、褒められないばかりか、「余計なことをするな」と怒られるが、その2人は、いつも決まって、そういう役回りになる。

ある漫画で、2人の男の子が1人の可愛い女の子を助けるのだが、女の子が感謝するのは、片方の男の子だけだった。そして、女の子は、ごく当たり前にそうするのである。少しも報われない男の子は、「人間は平等ではない」と嘆くが、この場合は、良い思いをした男の子は格好良く、もう一方の男の子はダサいというだけのことだった。
女の子だって、可愛い女の子がやると、感謝されたり褒められたりしても、可愛くない子がやると、無視されたり、「ウザい」って言われてしまうことも少なくないだろう。
だが、見かけや、その他、表面的な条件に差があると思えないのに、なぜか、いつも良い思いをする者と、良い思いが出来ない者がいるのである。

いろいろ述べたが、実は、明らかなことがある。
得か損かを決めるのは、「えこひいきされるか、されないか」の差だ。
えこひいきと言えば聞こえは悪いが、誰にだって好き嫌いはある。そして、それは容姿だけの問題ではない。
えこひいきされることを、単純に言えば、「特に好かれる」ということだ。
そして、誰にでも好かれる者というのは、実は、自分の親を好きな者で、そんな者は、親に好かれているのである。
だが、子供の時、親にべったりくっついている子供が、親が好きな訳でも、親に好かれている訳でもない。
それは単に、親が、子供を自分に依存するよう躾けただけで、そういった親子は、内心では憎悪し合っている場合が多い。
自分の親が好きでなく、自分の親に好かれてもいない者は、残念なことに、損な役回りをする定めとなる。
それは、主に母親に関してだ。
だから、母親なしで育った者は、損な役回りになり勝ちだ。ただ、そんな者には、うまく立ち回るよう努力する傾向があり、表面的にはうまくいっている場合が多いが、それでは、どこか無理があるのである。

ところが、心理学者の岸田秀氏が本に書いていたが、自分が母親が嫌いだと(実際は憎んでいると)気付いたのは、母親が死んでからで、岸田氏は二十代の半ばも過ぎていたと思う。
だが、一生、気付かない人もいるのだろうし、岸田氏は心理学の勉強をしていたから気付いたが、もしかしたら、気付かないまま死ぬ人の方が多いかもしれない。
ドイツの「心身医学の父」と言われたゲオルク・グロデックは、「母親を憎んでいる娘は子供を作らない」とエッセイに書いていたが、そんな娘は無意識にそうするのだろう。
また、親を嫌いな人は、何かを偏愛してしまうことが多い。
それが、自分の子供である場合は悲惨で、大抵、子供には嫌われる。なぜなら、自分だって、本当に子供を愛している訳ではないからだ。

ちなみに、母親が嫌いな男は、聖母マリアが嫌いなので、すぐ分かる。
そんな男は、ニンフェット・コンプレックス、いわゆる、ロリコンになり易い。

しかしまあ、嫌いなものは仕方がなく、無理に好きになることは絶対出来ない。
そんな者は、可能であえば、自分はアンドロイド(正確にはヒューマノイドと言うべきかもしれないが)だと思うと良い。
アンドロイドにもいろいろあり、長門有希のような宇宙人製有機アンドロイドもいれば、神が自然の精気から作った不可思議なエネルギー体としてのアンドロイドもいる。
アンドロイドとは原義は「男のようなもの」で、ヒューマノイドは「人間のようなものだ」。
ちなみに、「ボーカロイド」とは、「ボーカルのようなもの」である。
『まちカドまぞく』に登場する、千代田桃のような魔法少女は、身体を人間の肉体とは異なるエーテル体で再構築した存在だ。
いろいろ研究し、自分がそれであるというファンタジーを持てば(ただし、人には言わないこと)、得な役回りになることも出来るのである。
簡単に言えば、自分が作り物であることを認識するのである。それはある意味、真理であるので、人間に対する理解も深まるだろう。













当ブログオーナー、KayのAI書。
Kindle版発売中。紙の本は5月30日発売。
TensorFlow、Jupyter Notebook 、Pythonで機械学習に挫折した人も、この本で、ソニーNNCを使って、再チャレンジして下さい。
この本は、数学やプログラミングが駄目でも、Excelなら一応出来る(あるいは出来るようになる)という人が、自分でAIを作れるようになることを目指しました。
(初等数学やVBAプログラミングが出来ればさらに良いのですが、出来なくても構いません)
AIを使える面白いテーマを考えてあり、また、それらをAIで解く実習をするためのデータを作れるExcelマクロが、出版社サイトから無償ダウンロード出来ます。

岡本太郎に騙されても良い

芸術家は職業ではない。
よって、芸術家では食べていけない。
金持ちの芸術家もいるだろうが、その人は、芸術家であると同時に、売れるデザイナーやイラストレーターやアーチストであるのだ。器用なものだ(笑)。
自身もイラストレーター、デザイナーである横尾忠則氏は、岡本太郎をデザイナーとしては評価していたが、芸術家としては、大抵、貶していたように思う。
横尾氏は、岡本太郎の代表作と言える「太陽の塔」も、デザインは超一流だが、芸術品ではないと言う。
私もそう思う(本当に分かっているのか?笑)。
岡本太郎は、椅子やカップ、あるいは、「グラスの底の顔」なんてものをデザインしていて、それらは非常に個性的であったが、やはり、芸術作品ではなくデザイン作品と思う。
だが、彼の、オリンピック(東京、ミュンヘン、札幌冬季)記念メダルのデザインは実に素晴らしく、本当に彼は超一流のデザイナーなのだと思う。
そして、岡本太郎が人気があり、おそらくは経済的に裕福だったのも、それらデザイン作品と共に、彼のエキセントリックな言動が、今日の個性派タレントのように受けていたからだと思う。
あの「芸術は爆発だ」「今日の芸術はうまくあってはならない」等の強烈な芸術論にしても、タレント的なセリフだったのではあるまいか。
そして、それでいて、温かい、敬愛すべき人物であったのだ。
アメリカのアンディ・ウォーホルは、まず、イラストレーター、デザイナーで大成功し、「ポップアート」という、イラストやデザインと、芸術が混ざったもので、芸術家としても成功したが、やはり、根本的にはデザイナーなのだと思う。
つまり、裕福な画家になりたいなら、まず、イラストレーターやデザイナーとしての技術を持っておいた方が良いのだと思う。

アラーキーの愛称で親しまれている、自称「天才写真家」の荒木経惟(あらきのぶよし)という有名な写真家がいるが、彼も純粋な芸術家ではあるまい。
彼は昔、雑誌のインタビューで、「写真家になる方法」みたいなことを問われた時、こんなことを言っている。
「黒子に徹すること。時代に平伏(ひれふ)すこと」
まあ、彼が本当にそんなことを言ったのかどうかは分からないが、もし本当なら、これは、芸術家ではなく、超一流の写真家の姿勢であると思う。
いや、写真家だけでなく、あらゆる職業がそうなのだ。
例えば、超一流のコックというのは、決して芸術的な味を追求するのではなく、その時代、その民族の人達の嗜好に平伏し、黒子に徹するのである。
「俺はこの味が良い」と言ったところで、裕福なお客様達に好まれなければ、料理人として成功することは出来ない。

岡本太郎は、『バガヴァッド・ギーター』10章で言われるペテン師だった。
『バガヴァッド・ギーター』を読めば、それは、貶しているのではなく、最大の賛辞であることが解ると思う。
「ぺてん師たちの賭博」(岩波文庫。上村勝彦訳)
「だましの中の大賭博」(タオラボブックス。田中嫺玉訳)
「詐欺の中の賭博」(日本ヴェーダーンタ協会)
これは、至高神クリシュナのことであると、クリシュナ自身が、アルジュナに述べたことである。
太郎には、敢えて騙されても良いだろう。
英文学者でタオイスト(老荘思想家)の加島祥造氏が、「老子は嘘つきで、荘子は大嘘つき」と何かの本に書かれていたが、彼も騙されて本望なのだろう。













当ブログオーナー、KayのAI書。
5月30日発売(Kindle版は販売中)。
プログラマー&ミク廃と、数学講師&骨董品愛好家がコラボした、ユニークで最も易しい機械学習実践書だと思います。
数学やプログラミングが出来なくても、Excelが使えれば(これから使うもあり)、自分でAIを作れること、面白い問題を使うことがポリシーです。
その面白い問題(多分…)をシミュレートし、実習用のデータを作れるExcelマクロ(VBAプログラム)を出版社サイトから無償ダウンロード出来ます。
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
[AI&教育blog] メディアの風


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
最新コメント
月別アーカイブ
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
人気ブログランキングへ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
タグクラウド
QRコード
QRコード