ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

2020年03月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

新型コロナウイルス対策(食品、薬品含)

新型コロナウイルス感染を収束させるには、基本、他人と接触しなければ良いのだから、全ての人が20日ほど、誰とも近付かなければ、コロナウイルスがいても、体内で免疫で駆逐される(ただし、老齢や疾患を持つ人はウイルス増殖の恐れがある)。
働きながらだって、それが不可能なケースは少ないのではないかと思う。それに、不可能と思えても、実は、ほとんどの場合、少しの工夫で可能なのではないかと思う。
とにかく、みんな群れ過ぎである。

私の場合、危険なのは、食料品を買いにスーパーに行く時くらいだ。
いや、本来、スーパーでも問題ないはずなのだが、とにかく、近寄って来る人が多い。
レジで並んでいても、支払いを終えたら、次の人が、私の真後ろにぴったりくっついていて、後ろの人が手を動かしたら、その手が私の身体にぱーんと当たるということもあった。
しかし、1メートルとは言わないが、50センチくらいなら、十分に距離を取れるはずであるに関わらずである。
正直、私は元々、人に近付くのが嫌いなので、そんな人達には、言っては悪いが、ウイルスに関係なく身の毛がよだつのである。

ほとんどの勉強、仕事は、他人と接触せずに出来ると思うし、これを機に、それが標準である世の中になって欲しいと切に思う。
実は、私1人ではないだろうが、そんなことを思う多くの人々の思念が、新型コロナウイルスを生み出したのではないかと思ったりするのだ。
人間の潜在意識には、そのくらいの力は十分にあると思う。

昔、何かの本で、日本のシティーボーイは魅力がないということが書かれていた。
その理由は、緊張感がなく、弛んでいるからだ。
日本では、電車の中で、昔からであるが、特に今はスマホに気をとられ、平気で他人に身体を押し付ける若者が多い。
確かに、日本には、そんなだらしない者が多い。
だが、国によっては、そんなことをしたら、身体を押し付けられた相手がナイフや銃を出して、刺されたり、撃たれたりしても仕方がないという。
そんな危険な国の若者は、心が引き締まっていて、そりゃ格好良いはずである。
ただ、これはやや昔の話で、今は、アメリカやイタリアやスペインの若者も同じなのだろう。だから、オーバーシュート(爆発的感染拡大)が起こっている。
では、なぜ日本でオーバーシュートが起こらないのかというと、緊張感はなくても従順で、政府の自粛要請を案外に素直に守るからだ。
今朝、東京上野の恩賜公園や、渋谷駅近くのスクランブル交差点の様子がテレビで映されていたが、普段は大勢の人がいるのに、本当に人通りが少なかった。
それでもまだ、一部の連中が、あちこちで群れているが、そんな者達は例外的な馬鹿なのであると思う。
そして、政府の要請が伝わり難い難民がいないことも、他国と比べ感染が広がっていない理由と思える。

イタリアで、どこかの市長が、外で卓球をしている若者に「外に出るな。家でプレイステーションをやってろ」と言っていたが、さすがソニーのゲーム機は優秀だと、改めて思う。
そういえば、アメリカだったか、精神病院で、入院中の患者が新入りの患者に「大人しくしていれば、毎日、プレイステーションが出来る」と言ってたらしい。
では、私は、ニンテンドースイッチを買って、初音ミクさんのMEGA39'sでもやろうかなと思う。
プレイステーション版ゲーム(Project DIVA)でも良いが、MEGA39'sのアニメ調のミクさんの顔、結構好きなので(笑)。
スイッチかスイッチLiteかの選択の問題もあるが・・・
尚、私事であるが、初音ミクさんのライブ「マジカルミライ2020」のチケットの一次抽選で、インテックス大阪公演のSS席を得ることが出来た。
ただ、幕張メッセ公演は、全部落選した(笑)。
インテックス大阪公演は8月8日、9日で、幕張メッセ公演は12月である。
特に、大阪公演が開催されるかどうか心配な状況であるが、心配しても仕方がない。
ミクさんは天使なのだから、きっと大丈夫だし、中止になるなら、きっと天使的な理由があるのだろう。
私達が、他人を思いやる優しい心を持てば、自ずと道は開けると思う。

◆個人的絶対安全対策
新型コロナウイルスに感染すると、老齢でなくても重篤化することがあり、肺炎を発症すると、それは苦しいそうで、死ぬ場合すらあるので、不安な方も多いだろう。
だが、私は不安ゼロだ。
以下は、あくまで私の個人的な確信に基いており、正しいという保証は全くないが、さりとて、根拠のない自信ではなく、それなりの根拠はあると思っている。
とはいえ、やはり、個人的なものであることははっきりさせておく。
(1)免疫力強化 その1(ビタミン)
ビタミンCの大量摂取。ビタミンCには免疫力を高める効果があり、抗ウイルス性は高いという研究データもある。
また、ビタミンD3の抗ウイルス効果もあると思われる。これは、ビタミンK2と共に取ると良い。
(2)免疫力強化 その2(食品)
乳酸菌、納豆菌、ポリフェノールが免疫力を高める。
乳酸菌・納豆菌は、納豆、チーズ、ヨーグルト、キムチ、柴漬けなどに多く含まれる。
ポリフェノールは、紅茶、緑茶、ココア、チョコレート、赤ワインに多く含まれる。
(3)免疫力強化 その3(重曹)
重曹(じゅうそう)は炭酸水素ナトリウムで、体内にもある天然物質であり、調理、掃除、洗濯などに広く使われている。
また、健康に効果があると言われることもあり、毎日、重曹を水に溶かして飲む人もおり、これは未確認情報であるが、癌が重曹の摂取で治るという話もある。
重曹は無害で、また、極めて安価であるので、工夫して活用すると良いと思う。
(4)肺炎対策
WHOの医学者が、新型肺炎の自己投与治療薬として、解熱鎮痛薬のアセトアミノフェン(パラセタモール)を薦めている。
これは頭痛薬に含まれていることが多いが、私の家にあるもので、特に多く含まれているのは、
・タイレノール(TYLENOL)・・・1錠に300mg(1回1錠服用)
・エキセドリンA錠・・・2錠に300mg(1回2錠服用)
である。
ただ、タイレノールは、医者にも愛用者が多い頭痛薬だが、今、Amazonで扱っていないようだ。















1億円を2度当てた原理を解く

日本プロ野球史上、ただ1人、三冠王を3度達成した落合博満さんが、テレビで、「全打席ホームランを狙ってた」と言っていたところを見たことがある。
つまり、彼にとって、ホームランは幸運でも奇跡でもない。

そこで面白いことに気付く。
「幸運=奇跡」だということだ。
つまり、
「幸運だが奇跡ではなかった」
「奇跡だが幸運ではなかった」
などということはない。
そう言うと、
「いや、二択問題で、当てずっぽうで当たったのは、幸運ではあったが、奇跡というほどでもない」
と言う人がいるかもしれない。
だが、それもやっぱり奇跡なのだ。
例えば、動作中の時限爆弾があり、赤と青の電線のいずれかを切れば止まるが、そうでない方を切れば即座に爆発する・・・なんて映画や小説がよくあるような気がする。
その時限爆弾が爆発寸前で、正義の探偵やスパイが、それなりの予測が立ったか、あるいは、全くの当てずっぽうかの別はあるのだが、とにかく、運を天にまかせて片方を切ると爆発しなかった。
これも二択だが、奇跡と言うしかない。

小説・アニメの『灼眼のシャナ』で、超人的戦士になったシャナが最初に戦ったのが、とんでもない強敵である天目一個(てんもくいっこ)だった。
天目一個のあまりの強さに、実力差を思い知るシャナは、度を越した大胆な戦法に出て、天目一個に打ち勝つ。
シャナのペンダントに封じられた魔神アラストールが言う。
「無茶をするやつだ。得たばかりのフレイヘイズ(シャナのような戦士のこと)を失ったと思ったぞ」
すると、シャナが静かに返す。
「勝ったのはたまたまだって解っている。でも、そうするよりなかった」
これも、幸運であり、奇跡である。

幸運、あるいは、奇跡は、狙って起こせるものではない。
言い換えれば、幸運、奇跡は、「予測出来ないもの」なのである。
例えば、大儲けを狙って馬券を買って当たったとしても、それは本来、幸運でも奇跡でもない。
そして、狙って買った馬券は当たらない。
狙った場合は、確率の支配下に置かれるからだ。
だが、当てるつもりなど全くなく、気紛れで買った馬券は、不思議なことに確率の法則に縛られず、当たってしまうことがよくある。
あるいは、拾った馬券が大当たりすることもある。

ここでよく取り上げる、「神様の奇跡が起こる」と唱え続けて、1億円を2度当てたホームレスは、完全に確率の法則から外れている。
ある日、たまたま頭に数字が浮かんだ時に、歩いていたら、たまたまロト6の売り場が目に入ったので、たまたま買っただけだ。
彼は、「神様の奇跡が起こる」と唱えたことで、「狙う」という意識が消えたのだ。
それで奇跡、つまり、幸運、つまり、自分の意志でなく、神の意思が実現したのだ。
イエスも言ったのである。
「私の想いではなく、あなた(神)の想いが実現しますように」

あなたの輝かしい勝利は、幸運であり奇跡である。
たまたま・・・と言っても良い。
だが、それは、勝利を狙わないから起こるのだ。
有名な『柔』という歌で、
「勝つと思うな 思えば負けよ」
という歌詞があるが、作詞した関沢新一氏は、実際、凄い人物であった。
彼は、この詩で、宇宙の法則、人生の真理を完璧に語ったのである。

幸運を狙わず、さりとて、投げやりにならず、自分に出来ることをする。
これが勝利の秘訣というか原理であり、世界的教育者、七田眞氏の本に書かれている、七田氏が絶対に事実と言う、上に挙げた1億円を2度当てたホームレスは正しいことをしたのである。







欠点、障害は、絶対にあった方が勝てる

女性は、ミニスカートやショートパンツなどを履いて、脚を見せると、脚が細くなる・・・なんて話を1度は聞いたことがあるかもしれない。
そして、それに対し、多くの人が、「ただのデマ」と思っていることだろう。確かに、その方が理性的だ。
だが、事実は、確かに細くなる。
もちろん、それなりの期間、継続的に脚を人目に晒す必要がある。
あいにく、沢山の成功事例を挙げるほどではないが、割と印象的な実例を見た経験と直観で、ほとんど断言出来る。
ただし、実際のところは、見られることに効果があるのではなく、「見られている」と思う自分の意識が重要なのである。
そして、「見られている」という意識に立ち向かうように、自分で「細くなれ」と思い続ければ、そうならないはずがない。
人間というのは、心からの願いは叶うようになっているのだから、脚を細くする程度のこと、お茶の子さいさいである。

では、中年のおじさんが、出っ張った腹を出せば腹が引込むかというと、確かにそんな場合もあるだろうが、そもそもが、そんな(醜い)ものなんか誰も見ないのは分かりきっているし、自分でも、さして腹を引き締めようという気はないだろうから、ほとんど効果はない。

何かの本で読んだ、こんな話がある。
ある男子大学生がモテモテで、彼女が沢山いた。
その男子大学生は、確かに、女の子に積極的に声をかけるのだが、実は、その男子大学生は脚に障害があって、普通に歩けなかった。
それで、ある時期までは、あまり外出せず、脚のことでの劣等感もあって、女の子に声をかけることは全く出来なかった。
しかし、ある時から、非常に勇気を要したが・・・と言うより、モテモテの今ですらひどく緊張するらしいが、女の子に声をかけるようにしたようだ。
そうしたら、気がついたらモテモテになっていたのだ。

人間というのは、自分の欠点や弱点を意識した方がうまくいくというのは、ほとんど法則と言っても良い。
私の知り合いに、身長が160cmもないのにモテモテの男がいる。
それで、170cm以上の女性にも堂々と声をかけ、仲良くなってしまう。
しかし、聞いてみたら、背が低いことは、それなり以上に気にしているようだった。
また、少し前、アメリカ人で、若いのにハゲている男性がいたが、彼は、
「俺はハゲていることを神に感謝している。それを気にせずにいることで男らしさを見せられるのだ。おかげで俺はモテモテだ」
と言う。

このように、自分の弱いところを自分で意識することは、凄い武器になるのである。
言い換えると、人間というのは、何か障害があった方が、集中力や創造力が発揮しやすいのである。

さてでは、この折角の力・・・障害が力になる・・・をどう使おう。
例えば、「金がない」というのはどうだろう?(笑)。
金がなくて、人に頼ったり、「世の中が悪い」なんて逃げたり、言い訳をせず、まずは、金がないという事実と向き合えば良い。
だが、「金がない」という現実に心が負けてはいけない。
そこで、腹に力を込めるのである。
これは、脚が太いとか、腹が出ているとか、ハゲている場合でも同じである。
腹に力を込めれば、腹からエネルギーが湧き、勇気が出るのである。
力を込めるのは、ヘソのあたりで良いだろう。
別に、凄い力を込めなくて良い。少しでも良いのだ。
腹に息を吸い込むだけでも良い。
何と、それだけで、もう逆転が始まっているのだ。
これは本当である。
「金がない」「じゃあ、ヘソに力を込めよ」
これで良いのである。
明治・大正の偉大な教育者、岡田虎二郎が、
「金?腹に力がつけば金はいくでも出来ますよ」
と言っていたのは、全くの真実である。







友達百人作らなくて良い世界

新型コロナウイルスの収束の予測は全く立たない。
夏までに収束するどころか、その頃には、いっそう感染が広がっていると考える方が現実的と言う者も多い。
さらには、多くの人達が1年先に東京オリンピックを行うことが出来ると思っていることが、何の根拠もない妄想のようなものかもしれないのだ。

いや、別に、マイナス思考をお薦めするのではない。
それどころか、前向きな話をしたいのだ。私はいつでも前向きである。
つまり、コロナウイルスの脅威が消えた後でも、それが存在しているかのような社会になれば良いのである。
多くの人間が、「新型コロナウイルスが収束したら、以前の活動に戻る」ことを当然のように考えていると思う。
その考え方を変えるのだ。
コロナウイルスのようなものは、ずっといて、去らない。
それであれば、それに対応した社会にすれば良いのだし、実は、それこそが、今よりはるかに素晴らしい未来世界なのである。

新型コロナウイルスによる新型肺炎に罹らずに済む方法は、ただ1つ。
過密ならないことだ。
では、過密にならない社会になれば良い。
幸い、今は、インターネットがあるのが当たり前の世界だ。
そうでない地域にだって、インターネットを構築し、1人1台以上の端末を提供することは可能だ。
過密になることが必要なことは、まあ、ない。
そもそも、オリンピックや高校野球甲子園大会、あるいは、サッカー、ラグビー、アメリカンフットボールなどで、大観衆を集める必要は本来ない。
前場所の大相撲が完全無観客で行われたが、今はそれに違和感があるだけで、振り返ると、相撲本来の音が実に素晴らしかった。
行司の声があんなに良いものだとは思わなかったし、力士の息づかい、ぶつかり合う時の音は、まさに芸術的だった。
あんな良いものを、これまで聞くことが出来なかった。
力士達だって、観客がいないからこそ、勝負に集中出来、いつもよりも高度な戦いが行われたに違いないのだ。

そして、今後は、テレビだけでなく、インターネット上でVR(仮想現実)技術を使った、テレビとは比較にならない素晴らしい映像と音声を、家にいながら得ることが出来るようになる。
NTTは、kirari!という「空間ごと配信するかのような、超高臨場感のリアルタイム配信システム」を作っており、それを常時使えるよう、発達させれば良い。
現在は、大掛かりな設備が必要であるが、技術の進歩で改善出来ることである。

引きこもりの社長さんが、自分がライブに行きたいけど行くのが面倒だから、ネットでライブを楽しめるサービスを提供するために作った会社、および、サービスが「クラスター(cluster.)」だ。
そう、いまや、集団感染の意味で使われているクラスターという言葉を、平和的な意味で使うサービス、会社名なのである。

例えば、私が毎年、この上ない楽しみにしている、初音ミクさんのライブ「マジカルミライ」をVR形式で行うことは可能と思う。
現在は、幕張メッセやインテックス大阪の、1万人規模の会場で沢山の人を集めて行っており、これはこれでもちろん巣晴らしいが、VRで行うなら、ミクさんとバンドのための空間だけで済むので、それほど大きな会場は必要ない。
そして、会場のあちこちにカメラを設置し、見る者の意思でカメラを切り替えるなら、「自分が自由に移動しながら」ライブを楽しめるのである。
あるいは、カメラのズーム機能で、ぐっと迫ったり、引いたりも出来る。
会場で楽しむのが好きな人もいると思うが、皆が皆、そうではないので、「濃厚接触しなくて済む」よう、1人1人に広い場所が提供出来ると思う。
こういったことは、いずれ、必ず行われるはずであるので、ちょっと進歩を早めれば良いだけのことだ。
ミクさんのライブを、kirartri!、あるいは、これに匹敵するシステムで、高い臨場感を持って自宅で楽しめれば、実に巣晴らしい。
もちろん、あらゆるライブ、漫才、落語、歌舞伎、能、クラシックコンサート、講演、スポーツ、その他で、同じようなことが出来るのである。

これまで通り、外に出かけ、これまでと同じように行うことだって、当然出来る。
その場合も、密集が起こらないよう工夫され、快適さが増す。
密集させた方がボロ儲け出来る者が多いのだが、そんな連中の強欲な稼ぎのために、我々が不快な思いをする必要はない。
過度に群れる密集など必要ないのに、我々は、大きな利益を独占したい者達に煽られ、何か、群れることが面白いことのように洗脳されていただけである。

群れることのない世界では、経済活動はより健全になり、富の再分配が行われる方向に進む。
なぜなら、これまでは表に出ることがなかった優秀な人達が、ネットの発達のおかげで、経済活動を、人々を洗脳することなく牽引していけるからである。
人々も、ただインフルエンサーに同調するのではなく、他の人達に共感し、共感されることで、健全でありながらより楽しいことも起こるだろう。
そうなれば、いずれお金に意味が意味がなくなってくるに違いない。

このように、変化する世界を前向きに捉え、賢くなり、世界を良いものに変えていけば良いのである。
友達百人作って、群れて遠足に行く等、軍国主義者達が作り出した「狂育」である。
君子の交わりは淡いものであると言うが、君子でなくても、本当の友達とは、べったりつるんだりしないものである。








真の英雄

オリンピックも高校野球も、コロナウイルスに関係なく、無観客、テレビ中継なしで、選手と審判だけで行えないものか?
それが出来ないなら、やめてしまえば良い。
誰もいない場所で、誰にも邪魔されず、精神を研ぎ澄ましてライバルと競う・・・それでこそ、スポーツの本当の意義が実現するのではあるまいか?
判定が微妙な状況では、公平無私な審判に淡々と従い、審判には見えなかったが、どちからの選手には見えていれば、見えていた選手の申告に虚心に従う。
そのように行われるスポーツが、選手の人間性を高め、人類の向上に貢献する人間を作るのだと私は信じる。
もちろん、審判のミスもあるだろうし、選手が嘘を言うこともあるかもしれない。
しかし、それならそれで良いのである。
長い時が経って、かつて戦った相手が、
「実はあの時、君のスマッシュがアウトだと僕が言ったのは嘘だったのだ」
と言ったとしても、言われた方は、
「おや、そうだったのかい?」
で終りである。
勝敗も記録も、さしたるものではない。
このようであってこそ、スポーツは人間にとって貴いものであるのだ。

私が子供の時に読んだ、桑田次郎さんの『ミュータント伝』という漫画作品に、こんな話があった。
ある小惑星を宇宙飛行士が探索したさい、美しい石があったので、若い宇宙飛行士は、身体が不自由な妹のために、規則を破って、その石をこっそり持ち帰る。
だが、その石には、恐ろしいウイルスが居て、感染した人間は凶暴な怪物と化し、その際に、ウイルスが拡散される。
地球帰還後、そのことを突き止めた宇宙船の船長は、抜群の能力を持つ(小惑星探査チームの)隊長に、隊員全員と、隊員と接触した可能性のある人間全てを焼き殺すことを命じる。
隊長は、探査チームの者達を呼び集めると、説明している時間がなかったので、やむなく、隊員達を薬で眠らせ、建物ごと爆破し、全焼させる。
さらに、悪魔の石を持ち帰った若い隊員の、不遇なまだ小さい少女である妹を撃ち殺して溶岩の中に落とし、さらに、隊員達と接触した者達を次々に殺し、死体を燃やす。
そして、ついに、隊長は、凶悪犯罪者として警察に追い詰められ、銃撃戦の末、重症を負いながらも、自分の身体にガソリンをかけて自身の身体を焼く。
その隊長は、悪魔のごとき狂人として人類の歴史に残るが、本当は人類を滅亡から救った英雄なのである。
隊長にそれを命じた宇宙船の船長は、心で隊長の功績を讃えると、自分の部屋に仕掛けた爆弾のスイッチを押した。

イエスは、「人々の称賛を得たなら、もう褒賞を得たのだから、神からの褒賞はもらえない。だが、人々に知られずに善行を行えば、隠れたことを見ている神からの褒賞を得られる」と言った。
この隊長は、神の褒賞を得たと信じたいし、そう願う自分であれば信じられるような気がするのである。







プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
[AI&教育blog] メディアの風


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