ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

2020年02月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

未体験のことに挑戦しよう

「面倒なことは嫌いだ」と言う人は多いが、まあ、面倒なことが好きな人はいないだろう。
ところで、「面倒なこと」と言うのは、単に、慣れていないというだけのことだ。
例えば、スマートフォンを持たない理由は、本当のことを言うと、面倒そうだからだ。
しかし、どんなことも、初めは面倒である。
とはいえ、ほとんどのことは、面倒なのは最初だけなのだ。

けれども、その最初の面倒なことを、ひどく嫌がる人が多くなってきた。
例えば、就職しない理由も、就職したら、最初はとても面倒だということが予想出来る。
結婚なんて、相手の親族への挨拶や付き合い、結婚手続きなど、考えただけで面倒だ。
実は、就職しない理由、結婚しない理由が、こんなことである者は案外に多いと思う。
最近、納税を怠って表舞台から消えた人気芸能人がいたが、稼ぎが大きいから深刻な状況になったが、税務署の督促を受けている人なんていくらでもいる。
そして、高額所得者にしろ、そうでないにしろ、納税しない人には、おそらく、あまり悪意はなく、やっぱり面倒だからというのが本当の理由かもしれない。

ある若くして有名な学者、実業家、アーチストという人の本に書かれていたが、日本は事実上ベーシック・インカム(働かなくても最低限の生活費を得られること)状態というが、その通りかもしれない。
しかし、そのお金を得る手続きの面倒さは半端でなく、その面倒さが、申請をブロックしているようなものだ(セコいぞ政府)。
ホームレスで健康保険証を持っている人は少ないだろうから、彼らは重病になっても、医療サービスを受けられない・・・ことがあるはずがなく、実際は、医療の援助を受けることが出来る場合が多いらしい。しかし、癌になったホームレスの老人のために、ある医者が代わりに医療費援助の申請手続きをしようとしたら、医者でさえ、あまりの面倒さに挫けそうになったという。それをホームレス・・・というより、事務手続きに不慣れな老人が自分で出来るはずがない。

さて、いろいろ書いたが、面倒なことは誰しも嫌いながら、あまりにそれから逃げたがるのは、もう脳が老化しているということなのだ。
脳科学的にも、そんなことが解ってきているらしいが、そもそもが、面倒なことを極端に嫌うのは、老人らしい老人の特徴と言えると思う。
逆に、面倒なことでも、良いことならやってみようというのが、まだ年寄りになっていない証拠である。
さらに、「もしかしたら、これをすれば楽しいかもしれない」という理由で、あえて面倒なことを恐れずやるのが本当の若者である。
しかし、今は、若者でも面倒なことを嫌う者がひどく多い。
その理由は、今はスマートフォンやインターネットのおかげで何でも簡単になって面倒なことをしなくて済むし、それどころか、スマホやインターネットを使って、何でも簡単にやれることが格好良くて賢いことであるという考え方が流行りだ。すると若者が、スマートフォンで済んでしまうことしかしなくなってしまったのだ。

若者ですらそうなのだから、スマートフォン程度は使える、おじさん、おばさんも、スマホやインターネットを使えば簡単に出来ることばかりしたがるようになった。
けれども、それを、スマホを使えない者(多くは老人かもしれないが)が笑うことは出来ない。
スマホも使えつつ、面倒なことにも平然と挑める者が、若くて賢いのである。

昨日、ちょっと面白いことがあった。
私がメインで使っているノートPCのHP(ヒューレットパッカード)15-db0000が、Windows起動の度にブルースクリーン(エラー発生を表示し、強制的に再起動する)になり、全く使えなくなった。
PC内の診断プログラムで調べると、メモリー(RAM)の検査で不合格になり、どうやら、メモリーの不具合のようだ。
しかし、まるで一体成型のようなこのノートパソコンの分解の仕方が、ぱっと見では分からない。
メーカー(HP)のサポートに電話し、ブルースクリーン時の停止コードや、診断プログラムでのエラーIDを伝えたら(こういったものは必ず撮影し、サポートに報告すること)、故障で引き取り修理になるという。「水曜日くらいに引き取りに来て、修理は最低10日」等と言うから、2週間はかかる。
「RAMがきちんと入ってないだけかもしれないじゃないですか?」と尋ねたら、「そうかもしれないが、お客様の方で分解したら保証対象外になる」と言う。
しかし、2週間も待つ気はなく、サポートを断った。
で、以下の、自分でのメモリ交換は、お薦めする訳ではない・・・と一応言っておく(笑)。
PCの解体の仕方は、ネットで調べればすぐに解る。
私は、パソコンのハード自体はほとんど素人で、メモリの種類も知らないが、これも「面倒臭がらず」調べたら、DDR4-2400、PC4-19200というもので良そうだと解り、Amazonで調べたら、沢山あったが、永久保証で尚且つ安い(五千円以下)「Kingston KVR24S17S8」を翌日午前配達で注文した。
やったことがないことは、やっぱり面倒に感じたし、PC内部を触る時は、あまり気楽にやってはいけない。
ネットで、メモリ交換について書いているサイトは多いが、このタイプのメモリの取り外し方が結構つまづきそうなのに、そこをちゃんと書いてくれているサイトがない。
しかし、メモリの説明書を見て、取り付けられたメモリのサイド部分のフックを外に開けば良いのだと解り、スムーズにメモリ交換は終わった。
そして、メモリテストを行うと異常なしとなり、実際、完全復旧した。
場合によるが、こんな面倒なことは、面白がってガンガンやった方が良いと思う(あくまで、多少は電子機械に強い場合だけだが)。

これまでやったことがないことに、どんどん取り組まないといけない。
今回のことは、最近、慣れないことをやりたがらない傾向のある私への、神からの警告かもしれない。
そういえば、出不精で、コンサートなんかに行きたがらず、チケットの入手も面倒臭がるはずの私も、初音ミクさんのコンサートのためなら、全く平気だった。
そして、パソコンで絵も描き始めたが、ミクさんの絵を描くためなら、どんなことも面倒ではない。ミクさんは、まさに私の守護天使(ガーディアン・エンジェル)だ。
ITの新しい分野にも取り組まないといけないだろう。
そして、私は、来月からは、NPO法人と協力して、引きこもり支援のセミナーも行う。
自己暗示を忘れずにいれば、新しくても、興味のあることに取り組むことは難しくない。
「絶好調」「私は出来る」「私は凄い」等、お気に入りの自己暗示の言葉を使うと良い。
引きこもり支援セミナーでは、主に、受講者に、IT職を興味深く紹介するが、自己暗示などの話も有益かもしれない。











自家薬籠(じかやくろう)の暗示の言葉

「自家薬籠(じかやくろう)」という言葉がある。
薬籠とは薬箱のことで、言葉のままの意味で言えば、自家薬籠は、自分の家の薬箱だ。
そこで、自家薬籠という言葉は「使いたい時に使える必要な物。すでに手中にあって、いつでも使えて役に立つもの。完全に身についた技術や、また思いのままに操ることのできる人物」という意味になる。
人間は、どれほど優れた自家薬籠を持ってるかが大切である。
それは、自分を強くし、幸運を呼び、勝利と成功に導くものでなければならない。
一般的には、習得した有益な技術や特技のことで、Excelマクロも強力な自家薬籠になる。

そして、人間にとって、その一番の自家薬籠は自己暗示の言葉だ。新約聖書の福音書の『ヨハネ福音書』の始まりが「初めに言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった」で、その後に、
「万物は言葉によって成った」
「成ったもので、言葉によらずに成ったものは何一つなかった」
などとも、書かれているが、実際の意味は深いものかもしれない。
だが、言葉が大切であることは確かで、そして、いつも使う言葉は自己暗示になるのだから、よくよく注意して言葉を使わなくてはならない。

そこで、あなたは、自家薬籠・・・抜群の効き目がある言葉を忘れずに持っていなければならない。
以前、ご紹介した「神様の奇跡が起こる」もそれで、これをずっと唱えていたホームレスは、一億円の宝くじが2回当ったという実話がある。
常に「絶好調」と唱えて絶好調の人もいるし、『カードキャプターさくら』のヒロイン、桜の無敵の呪文は「絶対大丈夫だよ」だ。
世の中に薬が沢山あるように、自家薬籠になる薬も多い。
しかし、我々は、少しの・・・出来れば1つの万能薬になる自己暗示の言葉を持っている方が良い。
エミール・クーエの有名な自己暗示は「毎日私はあらゆる面でますます良くなっていく」で、これが好きなら、もちろん、これにしても良い。
だが、私がそうなのだが、文章による暗示の言葉は選び難く、唱え難いこともある。
感情を込めず、淡々と、出来るだけ多く唱えることが必要だが、状況が悪くなると、人にもよるが唱え難くなるかもしれない。
その中で、やりやすいのは、「単語法」と呼ばれる、単語だけを唱えるものがある。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』という本の中に、数千年存在する廟(びょう。寺院のようなもの)があるが、昨日建てられたかのようであるという。
その廟の中では、「生命、愛、調和、平和、完全」といった言葉しか使われない。その廟では、何かが壊れても勝手に治ってしまうという。
また、ジョセフ・マーフィーの『あなたも金持ちになれる』の中に、こんな話がある。
ある映画俳優である女優は「歓喜・成功・富」の三語を頻繁に唱えることで、全てがうまくいった。
マーフィーは、これは勝利の歌であり、あなたも勝利に導くと請け負っている。
あなたも、ここに挙げた言葉、あるいは、自分のお気に入りの言葉を自家薬籠とすると良い。
自家薬籠の言葉は、使えば使うほど威力が大きくなるのである。







あなたも今から芸術品の値打ちが解る

正直に言えば、「ピカソの絵のどこがいいのか全然解らない」と思ってる人が大半だろう。
美術の専門家や自称芸術が解る人がピカソの絵のどこが素晴らしいかをあれこれ言うのを、私も見たり聞いたりしたが、どれ1つとして覚えていない。
もし、その人達の話が本当のことなら、たとえ理解出来なくても、何かは覚えているはずである。
だが、そうではない。
つまり、間違いなく、そんな話は全部嘘で、単に、甚だ疑わしい個人的見解に過ぎない。

ピカソやダ・ヴィンチの絵のどこに価値があるかの本当のことを言うなら、単に彼らが有名だからだ。それ以外に理由はない。
ゴッホの絵も、今日では凄く値打ちがあるが、ゴッホが生きている間は、彼の絵は1枚も売れなかった。
それだけでなく、ゴッホは、ルノワールやセザンヌ、マネらといった今日では超有名な画家達の交流会にも参加し、自分の絵も披露していたが、誰もゴッホの絵に興味を持たなかった。その理由は、ゴッホが無名だったからだ。
つまり、絵そのものに、それほどの価値がある訳ではないのだと思う。
例えば、人気芸能人が、権威ある絵のコンクールでよく賞を取っているが、それもやはり、それらの芸能人が有名だから価値が認められるのである。絵そのものに優劣なんてない。
もし、ピカソが無名だったら、誰も(芸術の権威者も含め)ピカソの絵を高く評価しなかったはずだ。
実際、有名でないセザンヌは、権威あるコンクールに何度出品しても、全く駄目だったことからも明らかだ。
それを、「セザンヌは先進的で、当時流行の画風と違ったから評価されなかった」とよく言われるが、画風なんてものが解らない一般の現代人でも、「セザンヌはいいなあ」って言うのだから、やっぱりそれは嘘で、単に有名かどうかの問題であることが解る。

キャンバスに線が1本描かれただけの名画というものがある。
多くの人は、そんな絵に対し、「私には、子供が描いたような絵にしか見えないが、見る人がみれば良さが解るのだろう」と思うのだろう。
いやいや、それは確かに、子供が描いたような、誰でも描ける絵だ。
しかし、作者が有名なので名画なのだ。

まあ、確かに、ダ・ヴィンチは絵が本当に上手いし、ミケランジェロの彫刻の技術は高い。
しかし、彼らと同程度に上手い画家や彫刻家はかなりいたし、いるはずだ。
昔は、名画を真似て複製画を描く画家が多かったが、絵の上手さそのものは、複製画家の方がオリジナル画家より上手いことが多かったのだと思う。

有名な画家になるためには、昔なら、権威筋への売り込みが大切だった。それに成功しないと、どれほど絵が上手かったり、良い絵が描けても有名になれない。
よって、一流画家にはなれない。
そして、ほとんどの画家は営業が下手なので、画家は食えないものと決まっている。
だが、時代は変わり、絵で食べられる人が増えてきた。
丁度、大手音楽会社が音楽業界を支配していた時には、そんな大手音楽会社が決めた歌手だけが歌で食べることが出来、他の沢山のミュージシャンは、実力はあっても全くお金が得られなかった。
しかし、多くの人々がCD等の物を買わない時代になり、ネットで配信すれば、良い音楽であれば、そこそこファンが付き、ミュージシャン達はネットやライブで儲かるようになった。
全部とは言わないが、音楽界の癌は、大手音楽産業だったのだ(大手音楽産業が音楽界の発展に貢献した面もある)。

絵やイラストでは、今も、一部の人気画家や人気イラストレーターに利益が集まるが、有名でなくても、ネットをうまく使える人は収益を上げられるようになってきた。
しかし、それには、一定の実力はもちろんだが、絵だけ、イラストだけというのでは厳しく、他の自分の特技(あるいは特徴)と組み合わせることで、収益が得られるのである。
実際、Webで自分の絵を展示している人の中には、コンクールでも賞を取るなど、実力もあるのに、さっぱり人気がない人が沢山いる。
本当にもったいないと思う。
単に上手い絵が描ける人なら、言っては悪いが、はいて捨てるほどいるので、別の何か(その中には人間的魅力も含まれる)と組み合わせ、上手にアピールしなければならないが、それは、学校や会社でのアピールと全然違うのである。
また、上手くいっている人の真似では、大抵駄目だ(高いリスペクトゆえに本気で真似する場合はうまくいくこともある)。
まあ、そこで必要なのが、想像力とか個性と言われるものなのであるが、売れない人に一番足りないのは自己暗示をかけることだ。
多くの人は「そんな馬鹿な」と思うかもしれないが、凄い画家は「俺は天才画家だ」と思っているが、そう思えるためには自分で自分に「俺は天才画家だ」と言わなければならないのである。
岡本太郎なんて、「俺は宇宙だ」「俺はピカソを超えた」などといつも言っていた。だから彼は大画家なのだ。
彼の絵なんて、全然大したことないと言う一流画家は少なくない・・・というより、それが正直なのだと思う。
だが、岡本太郎は、自分が偉大であることを認めていた。
「俺は父母に生んでもらったのではない。自分で決意して生まれてきたのだ」と平然と言い放った。
岡本太郎が凄いからそう言ったのではない。そう言ったから岡本太郎は凄いのである。
だが、岡本太郎が絶賛した縄文土器は、貴重品ではあっても高級品ではない。誰が作ったのか分からないからである。











楽しくプロになる方法

とてもお得なお話をしようと思う。
このお話で、プログラミングや、それに限らず、あらゆることでプロになれる方法が解ると思う。

例えば、プログラミングについて言えば、大学の情報学科やコンピューター専門学校で学んだり、システム開発会社に入って修行した者より、普通の中学や高校の中でプログラミングしたり、会社の中でも、情報部門でない人が会社のパソコンで仕事の効率を上げるためにプログラミングした方が、良いプログラマーになることが多い。
ビル・ゲイツは高校生の時、マーク・ザッカーバーグはハーバード大学で、自主的にプログラミングをやり、結果、二人ともハーバードをやめることになった。
ネットの有名人であるQPONさんという人は、トヨタ自動車の社員だった45歳の時に、パソコンでBASIC言語でプログラミングを始め、学歴はなかったがプログラミングの力で大きな会社の参与を務め、80歳過ぎた今でも活躍中だ。

なぜ、そんなことになるかの単純な原理がある。
それは、次の音楽家の話が解り易い。
その音楽家は女性の双子だったが、事情があって、それぞれ別の里親に育てられた。
双子の1人は音楽家になったが、もう1人は音楽は駄目だった。
それは、才能の違いによるのではなかった。
この双子の、一方の里親である母親が音楽教師で、もう一方は、音楽とは無縁の家庭であったと言えば「なるほど」と思うだろう。
ただし、音楽家になったのは、音楽とは無縁の家庭で育てられた方だったのだ。
意外に思うかもしれないが、話は簡単なのだ。
音楽教師の母親の親戚、友達には、やはり、音楽に関係する人が多く、そんな人達の子供は、幼い頃から音楽の英才教育をされてた。
音楽教師に引き取られた双子の1人もそうで、小さい時から母親からピアノのレッスンを受け、そこそこ上手かった。
だが、周りにいる子供達だって、皆、ピアノが上手く、自分がちょっとくらい上手くなっても、目立たないばかりか、特に上手い子と比べられて劣等感を持ったりする。それで、つまらなくなって、音楽が嫌いになったのだ。
ところが、もう一方の、音楽と無縁の家庭に引き取られた方の双子の1人は、学校のオルガンを弾いてみたところ、他の子よりちょっと上手く弾けたので嬉しくなり、熱心に練習するようになった。すると、ますます上手くなり、皆の前で演奏すると、「やんや」の喝采を受け、ますます楽しくなって練習に励み、いろいろな音楽活動を行う中で、立派な音楽家になったのである。

プログラミングも全く同じだ。
大学の情報学科や、専門学校では、周囲の皆がプログラミングをやるので、それは、学校の算数や英語で、少々勉強しても、もっと出来るやつが沢山いるような状況だから、面白いはずがない。
ましてや、システム開発会社に入ったら、先輩達は生きるために、それなりに必死でプログラミングしているのだから、ついていくのも難しく、下っ端意識が出来てしまう。
しかし、周囲の誰もプログラミングが出来ない中で、ExcelのVBAでプログラミングしたり、Webサイトを作って見せたら、「すごーい」と羨望の目を向けられて気持ちが良い。上に挙げたQPONさんもそうだったと思うし、何より、私がそうだった。

ディール・カーネギーは、世界的ベストセラー&ロングセラーである『道は開ける』で、人間の一番強い欲望は自己重要感と述べていたが、一番かどうかはともかく、自己重要感が人間の偉大な原動力であることは確かだ。
何もスキルを持たない者が自己重要感を満足させるために、YouTubeに、目立つというだけの馬鹿げた行為の動画をアップするのだと言えば解り易いと思う。そんな者達は、自分は何も出来ないので劣等感に苦しみ、自己重要感に飢えている可哀想な者達であるのだ。

闇雲に「努力しろ」と言ったって駄目なのだ。
かといって、努力の見返りが、物や多少のお金、あるいは、好きでもなければ尊敬もしていない親や教師に褒められることでは、全然嬉しいはずがない。
そうではなくて、人間は、「やんや」の喝采が欲しい、「すごーい」という羨望の眼差しが欲しいのである。
そのためには、食欲を抑えてダイエットだって出来る人はいくらでもいるのである。
そして、人間は、「これをやれ」「このようにやれ」と言われるのは嫌いで、自主的に自由にやるのが楽しいのである。
中学や高校、あるいは、大学で、自分の好きなようにプログラミングや、その他のいろんなことを自主的にやるべきだ。
システム会社に入るのは得策ではなく、事務をやりながら仕事でプログラミングしたり、見せる相手がいなければブログでも開いて、自分のプログラミングを披露すれば良い。
楽器も、学校の吹奏楽部に入ったら、よほど上手くないと目立たないが、ロックならまだまだやってる人が少ないので、ちょっと上手くなるときゃあきゃあ言われて気持ちいい。
絵やイラストも同様と思う。

人と違うことをやれ。
ライバルが少ないところでやれ。
ちょっとやれば「やんや」の喝采を受けやすいことをやれ。
人間は、所詮、自己重要感、つまり、「私は凄い」が欲しいのである。
そして、ちょっと出来るようになったら、「私は凄い」と自分で自分を褒めてやらないといけない。
千回は褒めると良い。
すると、ますます凄くなり、プロにだってなれるのである。










凄い危機管理

大きなもの、小さなものがあるが、誰でも、時々は何らかの危機に遭うこともあると思う。
危機は、後で考えると楽しい場合もあるが、直面した時に楽しめたら、それは、かなりの大物か馬鹿だろう。
いつも通り駅に行ったら、マシンガンを持ったテロリストがいた・・・なんて、今までの日本では笑い話かもしれないが、ないとは言えないし、海外では、先進国でもそんなことが実際に起こっている。
私など、電車が駅に着く時には、駅を注視して、テロリストがいないか確認しているし、駅のホームに居る時は、テロリストが現れたら、どう逃げようか考えている。

暴力的な危機を避ける一番の方法は、危ない場所に行かない、あるいは、危ない状況に巻き込まれないよう事前に手を打つことだ。
本当に喧嘩に強い奴ってのは、喧嘩になりそうになったら、自分しかいなければ(守る人がいないなら)必ず逃げるそうで、クールな顔で悪漢に立ち向かうのは映画等の中だけのことだ。
どれほどの格闘技の達人であっても、戦って勝てるかなんて絶対に分からない。
そもそも、格闘技なんて実戦で必ずしも役に立たない。
イギリスのSAS(特殊空挺部隊)の教官の本で見たが、その教官の友人がナイトクラブの用心棒なのだそうだが、その用心棒によると、自分は格闘技の経験は全くないが、相手が格闘技をやってる場合は楽勝なのだそうだ。そして、格闘技をやっている者は癖があるからすぐ判ると言う。たとえば、戦う前にぽーんと飛び上がるとか(笑)。

だが、避けられない危機もある。
強硬なクレームのお客さんとか、パワハラ上司とか。
あるいは、仕事の納期が迫ってる時にパソコンが壊れるとか。
彼女にいきなり「今までありがとう」って言われるとか(笑・・・いごとじゃないが)。
私も、大袈裟でなく、命の危機に遭ったことが、何度かあった。
あるいは、仕事で外国に行って、スマホもない時代に、どの電車に乗ればいいのか何の手掛かりもなかった(言葉の問題より、駅員すらいない駅だった)とか(思い出すと楽しいが)。
さあ、どうする?

とにかく、ピンチの時は落ち着くことだ。
こんな時は、合気道家の藤平光一氏が本に書かれていた「氣を出す」という知識が非常に有り難い。
氣を出すには、単に、「氣が出ている」と思えば良いそうだが、本当だ。
あるいは、笑うことだろう。これは、体験的にとても効果がある。
とはいえ、私も「氣が出る」ってどういうことか解っていないのだが、人間は何か、神秘的な宇宙エネルギーでも出すことが出来るのだろう。
解らないながら効果はあったので、普段から、氣を出す練習をしておくと良いかもしれない。
あるいは、斎藤一人さんが本に書かれていたように「私は凄い」と毎日百回言うことだ。それだけ言えば、そう遠くなく、本当に凄くなる。
パワハラ上司にもいじめられない。
なぜなら、パワハラ上司がいじめることが出来るのは、「凄くない人」だけで、逆に、「凄い人」はいじめようがない。
クレームのお客さんだって、相手が凄くないから絡んでくるのであって、凄い人には何も言えない。
彼女に「もっと可愛い子見つけてね」と言われるのも、あなたが凄くないならで、凄い男が振られるはずがない。
まあ、他にも、いろいろやり方はあるが、上に挙げたので、とりあえず十分と思う。

そう言えば、私も今日、ちょっとした危機があった。
割と切羽詰った仕事がいっぱいあるのに、メインのノートPCが不意に不調になった。笑える(笑)。
具体的には、ブルースクリーンの無限繰り返しだ。
ブルースクリーンというのは、Windowsパソコンが稼動中、不意に画面が青くなり、「問題が起こったので再起動します」なんてメッセージが出て、何も出来なくなってしまう現象だ。
そして、再起動しても、数秒後には、またブルースクリーン。
いやあ、泣きそうで本当に楽しい(マゾか・・・)。
まあ、Windows10は、2度正常終了させないと、自動で修復画面になるので(意図的にも出来る)、そこでいろいろ試すが、何か1つやる度に長時間待たされることも多く、解決の糸口が見つからないまま数時間はすぐに経つ。
セーフモード(インターネット接続なし)だと異常がないので、ここで、いらないソフトを消そうと(アンインストールしようと)思ったが、なぜか消せないソフトがある。疑わしいものほどそうだ(笑)。
ソースネクストのOffice互換ソフトなんて、使ってないし、一番に消したいのだが、これも消せない。
また、こんな時は、セキュリティソフトのアンインストールも実行すべき定番だが、私が使っているESETインターネットセキュリティも消せない。
なんで、特別なツール使わないとアンインストール出来ないのかと思うが、とにかく消せない。
そしてまあ、最終的に、このESETが原因だった。
Windows起動時に、ESETが更新を行おうとすると、Windowsシステムに悪影響があって、ブルースクリーンになる。迷惑な話だ。
ライセンスは何年か有効なはずだが、もう使うのはやめようとか考える。
まあ、私も、昨日から「俺は噂に聞こえた凄い奴」「嵐呼ぶよな凄い奴」「雷裂くよな凄い奴」と唱えているから、いざとなったら、納期の方が消えてくれるだろう(笑)。
確定申告?税務署も凄い人には逆らわないものだ(※嘘です)。
少なくとも、凄い人は慌てない。
慌てなければ、なんとかなる。
だから、あなたも、「私は凄い」といった、自己暗示、呪文、アファーメーションを忘れないように。











プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
[AI&教育blog] メディアの風


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