ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
あなたをSE、プログラマー、あるいは、超能力者にするブログ。ひきこもりも歓迎。

2019年12月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

「終わりよければ・・・」はなかなか実現しない

小説でも映画でも、あるいは、思想書でも、素晴らしい内容なのだが、最後で駄目になってしまう作品は多いと思う。

最後が素晴らしい作品としては、映画では1953年の『宇宙戦争』(H.G.ウェルズの原作小説も同じとは思うが、記憶にない)、小説では、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を挙げて良いと思う。
一方、ほとんどの作品は、最後で、それなりに価値を「下げる」。
そういえば、人生にしたって、最盛期が偉大であった人物ほど「晩節を汚す」と言うように、最後はなかなか立派に終われない。
いや、高校や大学の最後(あるいは、学生時代の最後)、1つの会社で勤務していた最後、結婚生活の最後、恋人時代の最後・・・全部、散々だと思わないか?
「終わりよければ全てよし」とか言うが、なかなかそうはいかない。

きっと、スタートが良ければ、多くの場合、フィナーレは駄目になる。
逆に、始まった位置が低いほど、割合にハッピーエンドになる。
最初に恵まれると、どうしても、間違えやすいのだ。

面白いのが、作品としては最後が素晴らしいが、ものごとは最後が悪くなり勝ちであることを語る作品が、アンデルセンの『モミの木』だ。
モミの木は、現状に不満を持ち、明日はもっと良くなる、素晴らしい未来が自分にはあるはずだと思ったが、状況はどんどん悪くなり、そして、悲惨な最後で終わる。
これほど洞察に満ちた作品はない。
イエス・キリストも、根本的には「今の恵みを想え」と教えた。
英国の作家・投資家のマックス・ギュンターが、『運とつきあう』の中で引用した最強の投資家が言った、投資で成功する秘訣は「欲張らないこと」だったが、それは、いかなることでも同じと考えて良いだろう。
モミの木も、欲張らなければ、いつでも幸福だったのだ。
モミの木が最後、炉の中に投げ込まれるのを悲惨と思うかもしれないし、イエスも、悪人が最後は炉に投げ込まれることを述べたが、実際には、誰でも最後は炉や海や地に入れられるのだ。
だが、ぼーっとしている者は、素粒子に乗って世界を逍遥(あちこちをぶらぶら歩くこと)する。
かつて、ソクラテスの身体を構成したことがある原子が、我々個々の身体に10万個はあるらしい。
素粒子レベルでは、もっと共有されて自由だ。
そして、素粒子の中に、超知性のエイリアンもいる。
ぼーっとしていれば、全ての知性と和し、何の問題もないだろう。











人生は喜劇であるのが一番

小説でも映画でも、あるいは、漫画でもアニメでも、悲劇もあまりに度が過ぎると、何と言うか、白けてくる。
もちろん、現実世界にも大きな悲劇というものはある。
しかし、作り物の悲劇は、話を面白くするという作為のあまり、法則から外れてしまうのである。

人生や世界は夢である。
閑吟集(かんぎんしゅう。1518年頃の小歌集)の中の有名な言葉、
「何しようぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂え」(そんなに真面目くさってどうする?人生は夢だ。ただ狂え)
の通りだ。
悲劇と言えば、文学的には何と言ってもシェイクスピアだ。
しかし、『ハムレット』や『リア王』の悲劇は、どこか滑稽で面白い。そこが、シェイクスピアの天才たる所以だ。
アメリカの作家カート・ヴィネガットは、「シェイクスピアは作家としては下手な方だ。しかし、彼は人間をよく知っている」と言ったが、それよりも、彼は、世界や人生をよく知っていたのだ。
それを明確に語ったのは、アイルランドの詩人W.B.イェイツ(20世紀最大の詩人とも言われるノーベル賞作家)だ。
彼は、
「リア王も、ハムレットも陽気だった」
と言った。全くその通りだ。
そして、こうも言ったのだ。
「主役を演じるほどの役者は、(悲劇を演じていても)自分が泣いたりしない」
リア王も、ハムレットも、名役者のはずなのだ。

人生は、夢と言っても良いし、演劇と言っても良い。
ニサルガダッタ・マハラジとなると、幼稚園のお遊戯とまで言ったものだ。
『燃えよドラゴン』では、リーは、「良い戦いとは少人数で演じる劇に似ている」と意味深いことを言っている。

酒池肉林(しゅちにくりん)の人生は楽しいものではない。飽き飽きすると言うか、シンドいものである。
『若草物語』で、姉妹達の賢明な母親が、「足りない目の方が良い」と言った通りだ。

夢だって全く自由にならないし、演劇だって、それなりに不自由なシナリオにしないとおかしくなる。
『スーパーマン』の映画の中のどれかで、「スーパーマン不要論」なんて傑作なものが出たが、それは言わないのが約束だ。だって、あまりにそうなのだからだ。
スーパーマンを存在させようとすると、スーパーマンに対抗出来る悪が必要になるが、レックス・ルーサーやゾット将軍なんて、あまりにいびつで、脚本家はとんでもない工夫を強いられる。まともに書くと、あまりに下らない話になってしまうからだ。

荘子も散々言っているではないか?
「私もあなたも、間違いなく夢を見ている」
と。
どうせなら楽しい夢を見たい?
では、楽しい夢とは何だろう?
ロリコンが可愛い少女を享楽する?
そういったことほど滑稽でシンドいものはないことを、ナボコフは『ロリータ』で書き、それをキューブリックが映画で見せてくれたはずである。
面白いシナリオではなく、どちらかというと、優雅なシナリオを求めた方が良いかもしれない。
それには、ぼーっとして、シナリ創作者の意思にフォーカスすることだ。
いや、それで案外、悲劇に目覚めてしまうかもしれないが・・・
人生は、ベートーヴェンが最後に悟ったように、そして、森鴎外が『神曲』なんて阿呆なタイトルをつけたダンテの叙事詩の本当のタイトルのように『喜劇』であるのが一番なのだ。









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他に出来ることがない

私は、「他に出来ることがない」という言葉が妙に好きだ。
なぜなら、そんなことを言う人に、嫌いな人がいないからだ。

プロレスのジャイアント馬場さんが、「なぜプロレス一筋でやってこれたか?」と聞かれた時、「有体(ありてい)に言えば、他に出来ることがなかった」と答えたようだ。
なんと謙虚な言葉だろう。
史上最高のプロレスラーだったルー・テーズは、馬場さんが亡くなった時、朝日新聞のインタビューで、馬場さんについて、
「プロモーターとしても偉大で、約束したギャラは必ず払ってくれる誠実な人だった」
と語っていたと思う。
全日本プロレスの社長でもあった馬場さんは、著書の中で、「ずっと赤字続きで苦しかったが、レスラー達へのギャラの支払いの遅延は一度もなかった。それだけが自慢だ」と言われていたと思う。

アニメ『NOIR』の13話『地獄の季節』で、優秀な傭兵(雇われ兵)のミロシュ・ハメルは、再び傭兵に志願するかどうか悩んでいたが、ある時、夕叢霧香(ゆうむらきりか。ヒロイン)に、
「志願することにしたよ。どうせ他に出来ることはない」
と言った。
彼の口癖は、「いいんだ。気にするな」だった。
霧香の巻き添えで撃たれ、死ぬ時、霧香のせいとは理解しながら、霧香に、いつも通り、「いいんだ。気にするな」と言った。
何とも偉大な男だ。

アニメ『MADLAX』で、おそらく17歳の凄腕の殺し屋マドラックスは、ヴァネッサに、「なんでこんな仕事してるの?」と問われたら、やはり、「他に出来ることがないから」と答えた。
ご冗談を。何をやらせても一級品だ。

初音ミクさんは、「自分は歌うことしか出来ない」と歌うが、それで世界を救っているのだ。

ちょっと表現は違うが、私の知り合いの経営者が、「俺は経営しかやったことがない」と言ったのを、よく覚えている。
彼は高収益を上げ、大勢の社員やその家族の生活を守り続けて引退した。
彼も、非常に多才で、何でも知っていた。
彼が私に、「お前は何でも出来るんだな」とよく言っていたが、今思うと、有り難くないなあ(笑)。










銃弾を交わす方法

1987年から始まったアニメの『シティーハンター』(今年はついに実写フランス映画になった)で、ヒーローの冴羽獠(さえばりょう)が、至近距離から銃撃されたその弾丸を、涼しい顔で交わすという場面がよくあった。
2004年のアニメ『MADLAX』では、空想的表現とはいえ、オープニング映像で、マドラックスやマーガレットが沢山の銃弾を優雅に交わす。
しかし、人間の神経の伝達速度は毎秒10m程度らしいので、飛んでいる銃弾を交わすことは不可能なはずだ。
不可能なはずだが、合気道の創始者、植芝盛平は、それが出来たと言われ、特に、軍の射撃の名人6人に至近距離から拳銃で狙撃された時、銃弾を交わしただけでなく、狙撃主達全員を投げ飛ばしたという。
仮に、そんなことが出来たとしても、人間の機能構造上、訓練してそんなことが出来るようになる訳ではない。
先程取り上げた『MADLAX』や、そのシリーズものと言える『NOIR』(2001年)や『エル・カザド』(2007年)には、超人的な能力を持つ少女達が登場する。訓練された軍人達を1人で易々と倒したりするが、自分の至近距離を飛び交う銃弾の中で、ぼんやりした顔で敵を射殺していく。
まさに、アニメであり、どんな人間にもそんなことは出来ない。
しかし、一方で、どんな人間にも、そんなことが出来る。
石ノ森章太郎(当時、石森章太郎)さんの1967年の漫画『009ノ1(ゼロゼロナイン・ワン)』で、ヒロインのミレーヌは、飛んでくる銃弾が空気を熱する音を頼りに弾丸を交わしたが、それは人間には無理だが、彼女はサイボーグだった。
つまり、神経、脳、筋肉といったレベルで弾丸は交わせない。だが、直感的、無意識的には可能であると思う。もちろん、これは、一般的な科学、医学などで認められるものではないかもしれないが、いまや、そういったことは、それほど不思議なことでもないと思えるのだ。

もし、弾丸を交わすような能力があるとしたら、それを発揮するために必要なことは、それが出来ない脳の一般的機能を停止させることだ。
脳は、小学校低学年レベルの算数問題を解いている時は全体が活性化するが、高度な数学問題を考えている時は、ごく一部が活性化するだけだという。
もっと難しい問題を解ける時であれば、脳はほとんど活動しないのではあるまいか。
いわゆる、インスピレーションが起こる時である。
そんな時には、思考活動は完全に止まっているはずだ。
早い話が、ぼーっとしているのである。
ただし、一般的なイメージでの「ぼーっとしている」時というのは、案外に頭で何かを考えているのだ。
そこで、本当に何も考えず、ぼーっとすることが出来れば、超人的能力を発揮することもあり得る。
私の経験で言えば、子供の時にやったことだが、大きな図書館の中で、どこにあるか分からない本をすんなり探し当てたり、天体望遠鏡を手に入れたばかりで、天文の知識が全くない時に、満天の星空の中から迷わず土星を選んだり、交通量の多い車道の中に、目をつぶって飛び込んで渡ったり(決して真似しないよう)を、何度でも行っていた。
それはアニメではない、現実の話である。
物理学者の保江邦夫博士は、小学生の時、授業中、ぼーっとしていたら、教師にどんな問題で指名されても正解を答えたらしい。これは私には出来なかった(やらなかっただけかもしれないが)が、やはり、ぼーっとしている時・・・無である時の人間の能力は小さくはなく、仙人や天狗や宇宙人にも匹敵するかもしれない。
「ちゃんとぼーっとする」術を身に付けるべきかもしれない。











マスター(大師)になる法

『ヒマラヤ聖者の生活探求』(霞ヶ関書房)という全6巻の本がある。
1894年から3年半に渡って、アメリカの科学的調査団が極東地域を訪れた記録である。
この本は、数十年前から、現代の聖典のように扱われることもある一方、ただの空想物語と言われることもある。
とても面白いが、翻訳書が、微妙に古文的な文章にしてあるので、読み難いというか、ほぼ意味が分からないページも少なくない。
この本の中には、普通の現代人なら決して信じないような奇跡話も多い。
たとえば、テレパシー、瞬間空間移動(いわゆるテレポーテーション)、コップの水を瞬間で凍らせる、種子を発芽させにょきにょき成長させる、焼きたてのパンや調理された料理を空間から出す、瀕死の怪我人を即座に癒す、激しい流れの川の上を歩いて渡る、盲目の目を見えるようにする、快適な家を出現させる、老衰で死んだ者を青年の姿で生き返らせる・・・まあ、覚えているだけでざっとこんなものだ。
これをやって見せたのは、本の中では仮にエミール師と呼んでいる大師(マスター)達や、現代に現れたイエス・キリストだ。
だが、重要なポイントは、エミール師達は、この力は、自分達の特権ではなく、誰でも、やろうと思えば、修行の必要もなく、即座に出来ると言ったことだ。
実際、最初に、彼らが、川を歩いて渡る際、探検隊達に、「あなた方にも出来ますので一緒にどうですか?」と誘っている(この時は、探検隊達は断った)。
ついでに言えば、エミール師は50歳くらいに見えるらしいが、その母親は少女にしかえ見えず、しかも、大変な美少女だが、総じて、女性のマスター達は極めて美しい少女の姿の場合が多いようである。

で、具体的にどうすれば、大師達のようになれるかだが、本のあちこちに書かれたことをまとめれば、次のようになる。
「私は神だ」と断言する。
「神」という言葉をなるべく多く使う。ただし、「神」という言葉を呪文にしてはならない。
『バガヴァッド・ギーター』を読む。
『福音書』を読む。
・・・いや、この位しか思い出せない。
しかし、20年ほど考えてみれば、こう思うのだ。
なんだ、以上のことで十分だと。
ただ、これらのことをやるには、頭で考えていては駄目で、ぼーっとしなければならない。
ただし、少しの頭脳活動で済む義務的なことであれば、それはきちんとしなければならないと思う。











プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・初音ミクさんを愛す


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