ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
あなたをSE、プログラマー、あるいは、超能力者にするブログ。ひきこもりも歓迎。

2019年11月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

無思考力

お伽噺(童話。正確には日本の童話をお伽噺と言う)には、深い教訓が込められているというが、その教訓が大いに取り違えられているのではないだろうか?
お伽噺は、軽率であることを戒め、考え深いことが奨励されていると言われる。
例えば、『白雪姫』では、林檎売りのおばあさんに化けた母親である王妃に騙されて林檎を食べた白雪姫が死んでしまったことは、深く考えずに、おばあさんを信用した白雪姫のミスということになる。
しかし、普通、自分の母親がどう化けようと、娘には分かるもので(王妃様がそんな訓練をするはずがなく、特に下手そうだ)、もし、王妃がおばあさんに化けて白雪姫が住んでいた小人の家を訪れても、
「あ!お母様!何しにいらしたの?帰って!」
ということになるはずだし、毒林檎で騙される前に2度ほど騙されているのだから、いい加減分かろうというものだ。
サンタクロースを幼稚園の時から信じていなかったというキョン(『涼宮ハルヒ』シリーズの主人公である男子高校生)だが、私は、幼稚園の時は、サンタクロースを信じていた。しかし、『白雪姫』の話は、幼稚園の時から疑問を持っていた。だって、白雪姫は馬鹿にもほどがある!

白雪姫の本当の母親である前王妃は、生まれてくる子供(白雪姫)が、美しいことは望んだが、賢い子であることは望まなかった。
その願いは実現したようだった。
おかげで、継母である新王妃に憎まれて捨てられるが、考えない性格のおかげで、森の小人の家で快適な生活を手に入れた。
しかし、労働の条件付きだった。
きっと、白雪姫は、働かなくても贅沢出来る生活を望んだに違いない(私見である)。
そこに、継母が何度も、白雪姫を殺しに来て、馬鹿な白雪姫は何度も騙されて殺されたが、小人達が蘇生させた。
しかし、毒林檎で殺された時は、小人達に、白雪姫を生き返らせることが出来なかった。
だが、それらの一見悪い流れのおかげで、王子様の目に止まり、王子様のキスのおかげか、死んだ白雪姫を乗せた馬車のゆれで白雪姫の歯から毒林檎の欠片が取れたせいかは諸説あるが、とにかく、白雪姫はあっさり蘇り、超幸福になった。

全ては、なーんにも考えず、感情まかせで進んだ白雪姫の勝利である。
C.G.ユング等、偉い心理学者は、童話を小難しく解釈するが、『白雪姫』に関しては、考えることを放棄した白雪姫が、何度も頭は打ったが、最後は幸運を掴むという話である。
『ヘンゼルとグレーテル』に関しては、ユングか河合隼雄さんだったか忘れたが(河合隼雄さんはユング派の著名な心理学者)、グレーテルという少女の成長が運命を開いたと解説していたように思うが、それはどうだろう?
最初、彼女達の親がヘンゼルらを森の中に置き去りにして捨てようとした時、ヘンゼルが石やらパンやらを道に撒いて帰り道が分かるようにするという小賢しいことをやっていた時は駄目で、グレーテルが、魔女の家で、考えることが無駄と知った刹那、運命が開いたというのが本当ではないのか?

天才?秀才?関係無いだろ。断然、感情任せで進め
「ヘイヘイ!先生、失笑してるぜ?」 衝動優先溢れ出していく COLOR
~『アメリカ~We are all right!~』(作詞・作曲・編曲:じん。唄:IA)より~

矢追純一さんは、自分は頭が悪いので、考えることを諦めたと言う。
しかし、矢追さんは、小学、中学時代は、家で全く勉強しなかったが、成績はオール5がディフォルトだった。
家で勉強していたら恐ろしい母親に怒られる(本なんか読んでたら問答無用で捨てられた)が、4が1つでもあると母親の機嫌が悪く、3でもあったらぶん殴られた。
大学も、受験勉強はしなかったが、特に当時は名門だった中央大学法学部に現役で合格し、4年できっちり卒業している。
そして、日本テレビでは人気番組を生み出すディレクターであったのだが、考えることはしないと言う。
世界的物理学者の保江邦夫さんも、1秒先、1秒後のことも考えないことを著書の中で推奨し、それが、キリストの教えであると断言しておられたように思う。
つまるところ、ソクラテスもそう言ったのだと思う。彼は、「私は、自分が何も知らないということだけを知っている」と延べ、自分にはいかなる能力もないと言った。だからこそ、自分は人類最高の知恵者だとも。









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切り札は特化型が良い

今朝も書いたが、人生のあらゆることに対し、切り札(一撃必殺の効果を持つ得意技)は、本当に大切で、それについて、もう少し書きたい。
切り札を選ぶのに重要なことは、汎用型ではなく特化型が良いということだ。
例えば、今朝の例で言えば、ルー・テーズ(史上最高のプロレスラー)の切り札は「関節技」といった広範囲のものではなく、さらに、「腕攻め」ですらなく、「ダブル・リストロック」という1つの技であったことだ。
プログラミングで言えば、マーク・ザッカーバーグは、沢山のプログラミング言語が得意だったのではなく、PHPという1つのプログラミング言語で絶対的な自信を持っていたのだ。
企業のプログラマーは、沢山のプログラミング言語が出来たら、会社には重宝されるが、まさにそれは、「都合の良いプログラマー」であり、私の経験から言うと、沢山のプログラミング言語が出来る者には大した腕前の者は少なく(いないことはないが)、COBOLとかBASICとか、多少時代遅れな言語であってすら、その1つを徹底的に使いこなしている者が優秀だった。
野球のピッチャーでも、やたら球種が多い投手より、フォークならフォーク、スライダーならスライダーを磨き抜いた投手の方が良いように思う。
ただし、そのフォークなりスライダーに、自分で絶対の自信を持っていることが必要だ。
野手でも、バントを磨き抜いて超一流になった選手もいる。
歯科医でも、特定の技術でずば抜けている医師が驚くほどの収入を得ているという話がある。
アインシュタインが数学者でなく物理学者になった理由は、数学は一分野でも人生を使い潰すと思ったからだそうだが、優秀な数学者は、その一分野で秀でているのだ。

けれども、何か特定の1つを磨き抜けば、あらゆることに通じる極意が分かるので、結局は広い範囲で優秀になり、幅広く活躍する場合が多い。
上に挙げたザッカーバーグがそうだし、ビル・ゲイツもBASICを特に得意とすることで、IT世界の全ての法則を理解出来たのだ。
楽器演奏でも、何か1つの楽器、さらに、その1つの楽器の中でも得意な曲の分野を磨き抜いてこそ、ソロの超一流の演奏家になれるのだと思う。

プログラミング言語の勉強を始めると、「沢山の言語が出来ないと仕事が得られない」なんて言われるかもしれない。確かに、安い仕事、面白くない仕事ならそうである。
Pythonばかりやっていると、「Python以外の仕事しかなかったらどうする?」とか言われるが、どうもしなくて良い。
Pythonの最高の腕があれば、良い仕事の方からやって来るのである。
超一流と言わないまでも、沢山の言語をいい加減に出来るくらいなら、1つを磨き抜いた方が良い。
そうしていると、経験上、なぜかは分からないが、自分が磨いたプログラミング言語を使う面白い仕事が、素晴らしいタイミングでやって来るのである。

ExcelとVBAが達人的に出来れば、他は大したことが出来なくても、悠々としていられるようになるだろう。
昔、会社の若い後輩が、「僕は、たとえ一太郎(昔、人気があったワープロソフト)でもExcelでも、それ1つなら何でも知っているようになりたい」と言ったのを、なぜか鮮明に覚えていたが、彼の言うことはちょっと極端かもしれないが、基本的にはそれが良いアイデアであるからだろう。彼は、結局、器用貧乏で駄目になってしまったが。
1つにこだわれ。
徹底的に掘り下げろ。
磨きに磨け。
それを1日中やれ。
ただし、受容性は失わないように。他の人にとっては、他のものが良いのだから。
また、今、良いと思わないものが、明日はあなたを飛躍させる最高の切り札になるかもしれない。
そして、広い柔軟な心が、1つの必殺技をより高度なものにするのである。









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切り札があなたを落ち着かせる

絶対の切り札を持つ者が一番強い。
それを使えば必ず勝つのだから、心に余裕が生まれ、余計なことを考えずに済む。すると、結局、何もかもうまくいき無敵だ。
ところで、よく、「切り札は最後まで取っておくものだ」と言うが、なぜ、そうする(切り札をなかなか出さない)のかというと、単に、その方が楽しいからで、別に、切り札をみだりに使っていけないわけではない。

プロレス史上最高のレスラー、ルー・テーズは、「技を何か1つと言われたら、迷わずダブル・リストロック」と答えた。
師の ジョージ・トラゴスから伝授された必殺の関節技だった。
プロレスなんだから、試合の筋書きはあるが、たまに裏切ってくる相手や、無茶をしてくる相手がいたり、その他の様々な理由で、どうしても、実力を見せる必要が出てくる場合もあるのだろう。
テーズは、この技で救われたことは数え切れないと言い、後1センチ締め上げれば相手の腕を折ったこともあったが、実際に折ったことは一度もなかったと言う(そんなビジネスの基本ルールをきちんと守ったので、60代になっても活躍した)。
テーズは自伝には、アントニオ猪木さんがアクラム・ペールワンの腕をこの技で折ったことは「事故と信じたい」と書いている。
猪木さんの信頼性高い伝記『1976年のアントニオ猪木』では、猪木さんとペールワンの試合は、試合30分前に、不意にペールワン側が、「試合はシュート(真剣勝負)」と一方的に通告して来て、拒否のしようがなかったが、やはり、猪木さんにも必殺の切り札、ダブル・リストロックがあったので、腹をくくることが出来たのだと思う。
もっとも、猪木さんには、師の「プロレスの神様」カール・ゴッチから教わった切り札もいくつかあり、ペールワン戦でも活用したようだ。ゴッチは、シュートをやらせたら世界一だった。
力道山と木村政彦の歴史的な試合は、必殺の切り札を持つ者どうしの、醜い裏切り劇だった。それがシンプルな真相であることは私には分かるのである。

『アラジンと魔法のランプ』で、アラジンが魔法のランプを切り札にするには、魔法のランプを大切にする必要があった。
あのお話は、実は、必殺の切り札は、普段から大切にしろという教えだった。
「アジマリカン」の必殺の呪文を切り札にするためには、普段からよく唱えておかなければならない。
最近は、「サムハラ」を呪文とすることが流行っているが、やはり、普段からよく唱えたり、サムハラのお札をいつも身に付けておくと、いざという時、力になってくれる。

私は、一頃、TM(超越瞑想)を必殺の切り札にしていたことがあった。
どうやって切り札にするのかというと、「超越瞑想を毎日欠かさずやっている」と思い出すだけで良い。
それで、どう考えても見逃してもらえないような交通違反(信号無視)で警官に捕まった時も全く落ち着いていて、当然のごとくお咎めなしだった。まあ、真似はしないで欲しいが。
今の私は、わけあって、TMに関して、あまり良い思いはないのだが、当時はそうでなかったので、力を発揮した。つまり、自分さえ思い込めれば何でも良いのである。
漫画・アニメ『まちカドまぞく』の優子の場合は「お好み焼き」という言葉を思い出すことだが、これで良いのである。

私は、コンピューターシステム開発の仕事では、MAGICという、イスラエルで開発されたツールを切り札にしていたことがあった。
それで、破綻しかけたプロジェクトをいくつも救った。
ユーザーがMAGICを導入してくれるかどうかは、考える必要がなかった。
私がMAGICを必殺の切り札と思っているのだから、自然にそれが使える状態になるのである。
ある高度なシステムコンサルタントは、ExcelとVBAが必殺の切り札と思っているので、実際にそれで、大きなプロジェクトをいつも危なげなくこなしている。
切り札を持つということは、中心を自分に置くことなのである。
切り札のない人は、中心を相手や外の事象に置くので、いつも振り回され、結局、敗北するのである。









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ギグワーカーの未来

実は私は、今日まで「ギグワーカー」「ギグワーク」という言葉を知らなかった。
ギグワークとは、インターネットを通し、ギグ(単発)の仕事を請け負うことである。
アルバイトやフリーランサーとの違いは、ギグワーカーは、自分が都合の良い時に仕事を請け負う・・・空いた時間に仕事をする感覚である。

この話を聞いて、私はすぐにピンときた。
これは、インターネットの発達によって可能になり、その裏側ではAIが導入されつつあることは間違いないが、AIの高度化と共に、ますますギグワーキングは普及する。
ただし、新しい種類のギグワークは儲かる場合も多いが、すぐに他の者達が参入してきて、儲けを奪い合ってしまう。例えば、ウーバーという、誰もが自分の車でタクシーをやる仕組み(正式にはウーバーは配車アプリで、これにより客を見つける)で、初めはドライバーはかなり儲かったが、沢山の人がドライバーになれば、客を取り合って儲からなくなる(ウーバーの主体は儲かる一方だが)。

インターネットで効率的に仕事を見つけることに関しては、クラウドワークス社などによる、仕事の発注者と受託者を結び付けるサービスが10年ほど前から注目され、サービスを提供するベンチャーは、「フリーランサーに年収500万円を保証出来るようになる」とか、息巻いていたが、実際は、まともに儲けることが出来る人は、あまりいない。
そんなことは、最初から明らかだと思った。金額の高い仕事の受発注というのは、複雑なものだからだ。
私のように、一応は実力があるシステムエンジニアでも、そう簡単に稼げるものではないし、トラブルが起こった時のリスクも大きい。

しかし、AIの発達で、ギグワークのような、比較的単純な仕事なら、うまく回るようになる可能性は高い。
そして、いずれ、そこそこ複雑で単価の高い仕事も、ギグワークに入ってくるようになると思う。現在でも、そんなものはあるだろうし、そう遠くなく、多くの人がググワークによって、企業に所属することなく、生計を立てられるようになる・・・というより、企業に所属する意味がなくなってくるし、企業も社員を持たなくなる。

だからこそ、「自分にしか出来ない」技能を持っていて欲しいのだ。
どんな時代になろうとも、「誰にでも出来る」仕事は単価が安い。
これまでは、多くの場合、プログラミングやWebサイト構築が出来る能力があっても、企業に所属しない限り、なかなか収入を得られなかった。
しかし、これからは、しっかりした実力があれば、相当稼げるようになる。
クラウドコンピューティングの発達によって、以前のように、サーバーコンピューターやWebサーバー、データベースサーバーの構築で儲ける機会は少なくなったが、全体をコーディネート出来れば、笑いが止まらないほど儲かるようになるかもしれない。だが、やがては、それも、AIが代行するようになって、儲からなくなる。
だが、創造的な部分は、やはり人間の発想や感性が必要になる。
AIに奪われる仕事かそうでないかを考える際、ギグワーキングを念頭に置くことが必要になってきたと思う。
財務会計のような、統制が必要なシステム分野はAIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)がやってくれるが、Webサイト構築や日々のオフィスワークの仕組みの構築は、なかなか判で押したようにはならない。
AIそのものより、AIにやらせる問題を考えることも、人間のやる重要な仕事である。
そんな時、これまで「オフィスオタク」の道具と言われてきた、ExcelマクロやAccessマクロ(VBAプログラミング)や、あるいは、JavaScriptやPHP(HTMLを含む)等が重宝されるようになると思う。









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自分勝手でなければいけない

私は、コンピュータープログラミングを始めとするIT技術を修得したおかげで、世の中を楽に渡ってきたが、考えてみれば、スタートは芳しいものではなかった。
最初に入ったソフト開発会社は1日で辞めたし、その次に入った大手企業のソフト開発部門もひと月で辞表を出した(辞めないことになったが)。
なぜそんなことになったかというと、ごく標準的な会社の在り方と、ごく標準的なソフト開発現場のやり方(流儀と言えると思う)が、私には耐え難いものだったからだ。
しかし、それは単に、私が落ちこぼれたというだけのことだった。
けれども、1人で勝手にプログラミングの勉強をしたら、ちゃんとプログラミングが出来るようになったし、1人で企業からソフト開発を受託して開発したら、最初の頃こそ苦労したが、ちゃんとやれるようになった。
2度目に入ったソフト開発部門では、周囲から完全に浮く形で、1人で仕事をしていたが、業績不振でその部門が事実上消滅し、開発者のほとんどリストラされたが、私は優良企業に誘われ、良い待遇を手に入れた。

この経験は決して特殊なものではない。
だから、自分が、今の職場でうまくいかなかったり、周囲の人達が出来ることが出来ないように見えても、それは、必ずしも自分のせいではないかもしれない。
言うまでもなく、自分がうまくいかない理由を、周囲や環境に押し付けるのは良くない。
それに、自分に合わない状況でも耐えるしかない人が、それを克服した例も当然ある。
だが、「自分らしくやる」ことは大切であり、それで周囲との摩擦を感じても、本当は効率的なのである。
確かに、「君の悪い状況は、周りの人や会社の問題ではなく、君に問題がある」と言うしかない人達も沢山見たが、そんな残念な人達だって、環境を変えればうまくいったということもあるのである。
音楽やスポーツの世界でも、ずっと駄目だと言われ続けた者が、良いパートナーや指導者に巡り会って才能を開花させた話がよくあるが、その陰で、ひょっとしたら成功したかもしれないのに、埋もれたまま終わった者も数知れないのだと思う。
私は、アインシュタインクラスの才能を持ちながら、平凡な事務員や労働者に甘んじている者は結構いるのではないかと思っている。
それほど壮大な話でなくても、私程度に、本当なら悠々と好き勝手出来るはずなのに、意にそまない、辛い状況に喘いでいる者はいくらでもいるだろう。

では、どうすれば、少なくとも私のように楽しくやれるかというと、落合博之さんではないが「俺流」を貫く・・・そこまでいかなくても、俺流を大切にすることだ。
そう言うと、「それには努力や、現実的に実力が必要だ」などと、無難なことを言う人は多いのだが、努力は不要だし、必要な実力は後から付いて来る。
大切なことは、いつも申し上げている通り、自分流でやっていくと強く決意し、後は、何も考えず、ぼーっとすることだ。
中学の3年間しかまともに学校に行かなかった矢追純一さんが、特に当時難関だった中央大学法学部法律学科に入ると決意し、後は努力せずに、流れにまかせて合格してしまったようにね。
だが、人のせいにしてはいけないし、言い訳も文句を言うのも駄目だ。
うまくいかないやつは、すぐ人のせいにし、周りのせいにし、言い訳をし、文句ばかり言うものだ。
何をしても構わないが、言い訳だけは許されないのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・初音ミクさんを愛す


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