ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

2019年07月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

本ばかり読んでなさい

「人は見かけによらない」というのは、「人を見くびるな」という意味と言って良いと思うが、それは、見くびる方が悪いのである。
つまり、本当は優れた人間なのに、その人を見下すとしたら、見下す者のレベルが低いだけのことだ。
愚かな人間にとっては、釈迦もイエスも見下す対象に違いない。
そして、実に、優れた人間とは、人を見下さない人間、つまり、優越感を求めない人間のようだ。

それはそうと、昔、書店に来ていた時、「精神世界」と書かれたコーナーに若い女性客がいて、ジョセフ・マーフィーの『あなたにも超能力がある』を見ていた。
実に駄目そうな女性だった・・・と言う者が(上に書いた通り)駄目なのだが、そもそも、超能力を得ようなんて者は駄目に決まっている。
駄目な人間の特質とは、根気がないことであるが、超能力なんてものを欲しがるのは、それがあると根気がなくて済みそうだからだ。
美人になりたいなんてのも、美人は根気がなくてもやっていけると思うからだろう。
まあ、一応、『あなたも超能力者になれる』を見ていた、その女性は駄目な人としよう。
だが、別に不思議なことではないが、もし、その女性が、その本を買い、20回も読めば、駄目でなくなり、超能力も得られたのである。
だって、そんなことが出来るなら、根気を持てたからである。
どんな本でも良いって訳ではないかもしれないが、その本自体は、日本語タイトルの付け方は悪かったかもしれないが(そんなタイトルがウけた時代だった)、良い本である。

数年前、ものすごく駄目な男に、ひょんなことから、ディール・カーネギーの『人を動かす』を読むことを薦めてしまったら、そのまるで駄目男君はその気になって、読んでくれた。
そこで私は「百回読め」と言ったら、彼は「読む」と言う。
百回とは言わないが、20回でも読めば、彼は駄目男でなくなっていたはずだ。
しかし、十数回読んだと彼が自己申告した後、しばらくして聞いてみたら、「読んでません」と言う。
やはり彼は駄目なやつだった。
彼の駄目の唯一の原因は根気のなさである。

「本ばかり読んでいてはいけない」というのをよく聞くし、私もずっとそう思っていたが、それは、読み方が足りない場合のことで、そうでないなら、本ばかり読んでいても良いのである。
世界を創造するのは精神だからだ。
デカルトが『方法序説』の中で、「昔の物語を読むのは良いことだが、読み過ぎてはいけない」と言った根拠は、時代遅れになるからだが、「かぶれて」時代遅れな言動をするなら、やっぱり、読み方が足りないのである。
と言って、必ず、時代遅れの時期が来るのではないが、根気のない者は、確かにそうなり易い。ただし、根気が出来てくれば、そんなことはなくなる。
まあ、少しの間、時代遅れになるのも良いだろう。
しかし、年配者がスマートフォンを使いたがらないのも、年のせいでこらえ性がなくなっているのが原因だろう。新しいことをマスターするには根気がいるからね。
若い者は、面白いことのためなら、少しは根気を発揮するのである。しかし、少しの場合が多いのだろう。
より根気がいるパソコンを使わない若者は増えているし、まして、パソコンで実用的なことをするのはもっと根気がいる。

名の通った本で、そんなに悪い本はない。
20回も読めば、状況は変わるはずである。









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読書はイチローの素振りと同じ

英語やプログラミングをマスターするには、単に、時間をかければ良い。
逆に言えば、それらのことがうまくいかないのは、才能がないからでも、頭が悪いからでもなく、時間をかけないからだ。
私がプログラミングをマスター出来たのは、彼女も友達もいなかったのと、時間がかかる趣味もなく暇だったからだ。
一方、私が英語をマスター出来なかったのは、「短時間英語習得」みたいなものに興味を持ち、ハナから時間をかける気がなかったからだろう。
モルモン教徒が布教のため、日本語を含むあらゆる言語を短期間で覚えるのは、集中力ということもあるだろうが、1日中、日本語なら日本語漬けになって時間をかけているからだ。それを、数ヶ月やるのだから、外国語を流暢に話せるようになるのは不思議でも何でもない。
そういえば、ビル・ゲイツも高校時代、モテなかったのでプログラミングに熱中したが、成功してからフランス語に挑んで失敗したのは、忙しいこともあっただろうが、やはり時間をかけなかったからだ。あれほどの人物でも、ここらは平凡であると思う。

人間には、世界を創造する力があるが、それが出来るようになるためには、それが出来ることを脳に徹底的に教え、それを妨げる固定観念を取り除かねばならない。
幸い、今は、それをするための本が沢山ある。
しかし、成功哲学の本を読んでいるのに、望みが叶わないという人が多いが、それは単に、読み方が足りないのである。
ジョセフ・マーフィーの『あなたも金持ちになれる』を暗記するほど読んだという人の話があるが、そこまでやれば、思わぬところからお金が入ってきたりするものである。
そう言ったら、「本ばかり読んでも駄目で、行動しなければならない」という声が聞こえてきそうだが、そう言う者は、下手な行動でロクな目に遭ってないものである。
ひきこもってる者は、とてもではないが、働きに出ることが出来ない者がいる。
それなら、せめて本を読むことだ。
だいたい、誉れ高い『武士道』だって、戦もなくなり、戦う必要もないのに、特権階級で働かずに食べていけることに後ろめたさを感じた武士が、せめて立派な人間でいようと思ったことから出来たというだけのものだ。それも、暇だったから、勉強したり修行したり出来ただけで、ちっとも大したものではない。
ひきこもりも、いろいろな後ろめたさを持っているだろうが(それは持っていないといけない)、それなら、せめて本を読むことだ。
「せめて○○をやろう」ということは、実は、とても大きな力になるのである。
スポーツ部でも、能力がない部員が「せめてみんなのために」とやったことが優勝の要因になるものだ。
とはいえ、本を読むのも、やっぱり、長時間、読まなければ駄目である。
「引き寄せの本を読んだが、何もいいことないよ」と言う者は、1冊もロクに読んでないことが多いのではないだろうか?
ある刑務所に入っていた男が出所後、経営者として成功したが、要因は、刑務所で『法華経の新しい解釈』という本を読んだことらしい。彼は、他にやることがないので暇だったから、ずっと読んでいたと言う。ある意味、刑務所に入ったから成功したと言えると思う。
『こうして、思考は現実化する』シリーズの著者パム・グラウトの本を読んでいて感心するのは、彼女が本当に、良い成功法則の本を沢山読んでいて、特に、大御所の『思考は現実化する』(ナポレオン・ヒル)を徹底的に読み込んでいることだった。
目的ある読書は、イチローの素振りと同じで、数が多ければ力になる。
しかし、少しの時間、イチローの真似をしても駄目である。









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もっと真面目にやれ

サッカー強豪国では、子供達に、サッカー選手になりたければ、とにかく長くボールに触れるよう勧めるらしい。
ロナウドやネイマールより長くボールに触れた子供なんて、そうはいないだろう。
最後の4割打者で、出塁率は48.2%で歴代メジャー1位、通算長打率は2位のテッド・ウィリアムズは、子供の時から、バットを手放さなかった。
イチローの高校時代からの素振り好きも伝説的らしい。
宮本武蔵は、本物の剣豪ではなかったかもしれないが、木刀を肌身離さなかったといわれる(護身のためもあっただろうが)。
ビル・ゲイツはハイスクール時代、ずっとパソコンを触っていた。
ある有名なミュージシャンが「街角でハーモニカを吹いてたら満足するようなやつでないとミュージシャンになどなれないさ」と言ったのは、それほどいつでも楽器に触っているという意味だろう。玉置浩二さんは、居酒屋で飲みながらギターを弾き、次の店への移動の途中も弾いていたなんて話があった。風説だったとしても、そんな話が出来るほどの原因はあるはずだ。

私は、社会人になって初めてやった仕事はセールスだったが、若いが一流のセールスマンが、「3ヶ月は1日中セールスしろ」と言ったのを印象深く覚えている。
世界的セールスマンだった夏目志郎さんも、修行時代と言えると思うが、土日も深夜までセールスしたらしい(当時は、訪問販売の時間の法的規制がなかった)。
私は、セールスではやらなかったが、コンピュータープログラミングをやり始めた頃は、半年くらいは、1日中といった感じで、プログラミング自体はしなくても、プログラムのことばかり考えていたと思う。もっと長ければ、一流プログラマーになってしまっていたかもしれない。
そこらは、新庄剛志さんが「ボク、あんまり野球好きじゃないし」と言ってたのに似ているかもしれない。だが、彼だって、野球が嫌いな訳ではない。

本を読んだけど引き寄せ(願望が叶った状況を引き寄せること)がうまくいかないという人がよくいると思うが、それは読み方が足りないのかもしれない。
『こうして、思考は現実になる』シリーズの著者、パム・グラウトは、ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』をボロボロになるまで読んだらしい。
仙骨療法の内海康満さんは『ローム太霊講和集』を、とじ糸が取れてバラバラになるまで読んだというから凄い。
情熱を注がなかったことでうまくいかなくても、文句を言えないということだろう。
ある超人的詐欺師が、三流詐欺師に言ってたものだ。「詐欺はもっと真面目にやれ」。尚、彼のターゲットは、悪徳業者や権力者で、いわゆる堅気には手を出さないらしい。









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この仮想世界の管理者権限

ネットワークやオンラインゲーム世界で最も強いのは、サーバーコンピューターの管理者権限を持つ者だ・・・ということは、一度、サーバーコンピューターを自分で構築して運用すれば分かることだが、もしかしたら、そうでない人には見当が付かないことかもしれない。
ここらは、私のような専門家には、一般の人のことが分からなくなってしまっている。
けれども、『ソードアート・オンライン』のアニメの第1期、あるいは、同小説の『フェアリィ・ダンス』編を見れば分かると思う。

ところで、この世界が、コンピューターで作られた仮想世界であれば・・・いや、とりあえず、イーロン・マスクに同意し、この世界は、シミュレーテッド・リアリティというコンピューターによるシミュレーション世界であるとしてしまおう。
だが、人間が、この仮想世界を作るコンピューターの管理者権限を持つことはないと思う。
それを持つのは、神とか仏、あるいは、その配下と思われる天使や菩薩のような存在が、レベルの異なる管理者権限を持つのではないかと思う。
そこで、我々人間は、そんな管理者権限を持つ存在にお願いして世界を動かしてもらうか、ひょっとしたら、一時的にある程度の管理者権限を与えられるのかもしれない。
また、人間とはいえ、十分なレベルに進化すれば(例えば釈迦やイエスのように)、限度はあるかもしれないが恒久的な管理者権限を持てるのかもしれない。

私が、幼い時を中心に、度々、Super Magicを使ったのは、果たしてどんな方法によるのだろう?
まるで長門有希の呪文のようだったが。
ドストエフスキーの『賭博者』の中で、初めてルーレットをやるおばあさんが、0に賭け続けて大勝する。
その時、おばあさんは管理者権限を与えられていたか、管理者権限を持つ者を動かせたのだ。
しかし、2度目はそうではなかった。
私には、あのおばあさんの、1度目と2度目の違いがよく分かるのである。
ビギナーズ・ラックと呼ばれる「分からない強さ」にも似たところがあるのだと思う。
その方法を知りたいなら、鼻から静かにゆっくり息を吐くことだ。
これを馬鹿にせずにやるか、そうでないかの違いだけである。
ただ・・・これ以上言うと、私もヤバい。









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脳の映像領域で考える

アメリカの事業家イーロン・マスクの名を知らない人がいまだ多いのは驚くべきことだ。
民間宇宙船開発会社スペースXで、ロシア、中国、そして、アメリカ政府と競い、人類の火星移住計画を推進し、都市の地下に無限層の自動車交通路を本当に作り始め、太陽光発電で電気代を無料にしようとしている。
今月(2019年7月)は、脳機能を拡張するチップを人間の脳に埋め込む臨床試験を2020年から行うことを政府機関に申請している。
だが、イーロンの目下最も大きな事業は、電気自動車製造会社テスラで、この新しく業界に参加した自動車会社が、フォードやGMといった大手自動車会社を時価総額で抜き去るという信じ難いことをやり、AIによる自動運転を推進する。

ところで、イーロン・マスクの興味深い思考法は、「脳の映像領域で考える」ことだ。
彼の自動車会社の名称にもなっている大天才ニコラ・テスラも似たことを言っていた。
要は、イメージで考えるとも言え、そのこと自体は、普通の人でも何となく解ると思うが、普通の人は曖昧にしか知らないのだ。
イメージで考えるちゃんとしたやり方を知れば、天才になると言うより、世界を創造出来る。つまり、ミニ神様になれるのだ。
数学者、心理学者、コンピューター科学者で、いずれの分野でも天才級の実績を残したシーモア・パパートは、幼い時に「歯車」に惚れ込み、何でも歯車で考えると言う。
彼は、自分の能力は平凡だという。彼の平常の愚行を思えば、それはあながち謙遜ではないかもしれない。そして彼は、そんな凡人である自分が、それなりの実績を上げられたのは、歯車で考えたからだと言う。頭の中で、歯車を動かしながら考えるのだ。これも、イーロン・マスクの言う、「脳の映像領域で考える」ということと同じなのだろう。
昨日も書いたが、私が奇跡の力を発揮した時も、いつもイメージがあった。
奇跡の本家本元のイエス・キリストも、そのあたりはもっと具体的に教えても良かったのにと思うが、時代を考えればやむを得ないか・・・

「イメージしろ」と言われた時の、普通の人のやり方は、あまりに冗長で鋭さがない。
イメージには力が必要で、生き生きとしていなければならず、カラーであることが効果的で、そのためには、普通の人では、かなり短時間に集中してイメージしなければならない。
例えば、リンゴが食べたいと思ったら、自分が今、一番食べたい形・・・剥いて8分の1ほどに切ったリンゴが白い皿に乗っている様子を「ぱっと」イメージしたら、ふと振り返れば、ありえない状況で、誰かが「リンゴいらない」と、リンゴを手渡してくれたり、あるいは、本当に剥いたリンゴが出てきたりするのである。
私は子供の時、そうやってリンゴを「空中に注文」していたものだ。
小学生の時の下校時、「今日は、あの道であの(可愛い女の)子に会おう」と勝手に決めて、いつもは通らないその道を行きながら、彼女の印象的な一瞬を強く思い浮かべると、やはり、そこに彼女が現れるのである。
必ずしも、イメージ通りに事が運ぶのではない・・・いや、イメージそのものはかなり外れる。
例えば、私は、天体望遠鏡を初めて手にいれた小学4年生の時、夜空の星の配置に関して知識ゼロながら、「土星を見よう」と思って、図鑑で見た大きな土星の写真をイメージして、適当に星を1つ選んで望遠鏡で見たら、ちゃんと輪はついていて土星だと判ったが、図鑑の土星とは比べ物にならないほど小さかった。
しかし、十分以上に感動的だった。
イメージと違うのは悪いことではない。何とっても、人生とは未知との遭遇を楽しむためのものと言って過言ではないのだから。
昔の魔法も、シンボルを1つ、瞬間的に強くイメージする訓練をしたものであるが、本来、好きなものであれば訓練などする必要はない。
しかし、大人になると、そうやって教えないと、なかなか出来ないものである。









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