ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

2019年05月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

心配を卒業する

昨日、こんな話を書いた。
経営コンサルタントの船井幸雄氏が、創業した船井総研の社長を後継者に譲る際、10ヶ条だったか20ヶ条だったかすっかり忘れたが、「経営のコツ」を書いて渡し、「この通りにやれば大丈夫」と言ったようだ。
しかし、新しい社長は、なかなかうまくいかず、船井氏の自宅のファクシミリには、深夜まで新社長からの質問が送られた(電子メールもなかった時代)。
それで、自分の間違いに気付いた船井氏は、「あれは最上のコツでなかった。こっちが最上」と言って、これも、5つだったか、3つだったか、あるいは、1つだったか忘れたが、その最上の経営のコツを渡し、それで、新社長からのファクシミリは来なくなった(うまく経営出来るようになった)。
では、その最上の経営のコツは何かは、気になるところだ。
それは、経営以外のことにも有効に違いない。
そう思っていたら、私は船井氏の『法則』という本を電子書籍で買ったら、ややシチュエイションは違っていたが、船井氏が新社長に、こんなアドバイスをする話があった。
「いっさい、何も心配しなければいい。それですべてうまくいく。そう思って安心してやってごらん」
おそらく、最上のコツはこれなのだろう。

もちろん、船井氏の後継者の新社長に、能力があり、経験もあるからこそのアドバイスであるが、「心配するな。安心しろ」が究極の極意であることは解る。
「地獄」と形容しても良いであろう、アメリカ海軍特殊部隊ネイビーシールズの入隊試験である過酷な訓練を耐え抜く者達は、頭の中で常に「大丈夫」とつぶやいているという話がある。
日本でも、受験生を一番安心させる言葉は「大丈夫」なのだそうだ。
大丈夫とは、つまり、「心配するな、安心しろ」という意味だ。
江戸末期の偉大な神道家、黒住宗忠の教えの究極は、「全て神にまかせ安心する」なのだと思う。
私はついつい、「そんなことを聞いたら、怠惰になる者が多いのではないか」と思ってしまうし、実際、そうかもしれないが、それで怠惰になってしまうような間抜けは、どの道駄目なのだろう。
有名な妙好人である因幡の源左(いなばのげんざ)は、苦労して担いでいた草を牛に乗せ、楽になった時、父親の遺言であった「これからは親様(阿弥陀如来)を頼め」の意味が解り、念仏を唱えながら良い一生を送ったのだと思う。
インドの聖者ラマナ・マハルシは、21歳の時、彼を信奉する者の質問に筆談で答えたことが(マハルシは沈黙の行の最中だった)小冊子として出版されたものの中で、
「列車に乗ってまで、自分の小さな荷物を頭に乗せている必要はない。荷物を降ろして安心しなさい」
という喩えで、全てのものごとを動かす神にまかせ、心配することをやめるよう教えている。

「大丈夫」という万能呪文や念仏は、心配せず、安心するためのものと言えるだろう。
もちろん、さっきも少し述べたが、それで怠惰になったり、思いやりを持たない者は、どうやっても駄目だが、呪文や念仏を長く続ければ、自然にやる気も理性も出てくるのだと思う。
そして、心配で苦しみ抜く経験をしてこそ、宗忠やマハルシの教えが響くのである。
その意味では、一度は、しっかり心配しろであるが、いつまでも心配せずに、心配を卒業すべきである。









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最上のコツ

仕事や芸事などには、コツというものがある。
セールスの仕事、野球のバッティング、戦争、コーヒーの煎れ方・・・上手い下手があるものであれば、全てにコツがある。
そのコツを知れば、名人、達人になれるが、コツを知らずに上級者になることはない。
だが、コツは自分で会得するしかなく、教えることは出来ないと言われることがよくある。
だが本当は、教えるのが下手な名人が多いだけなのだと思う。

あまり好きな人ではないが、船井幸雄氏という、船井総研の創業者である経営コンサルタントがいた。
神とか宇宙人とか超能力といった方面に関してはともかく、極めて優秀な経営者・経営コンサルタントであったことは間違いないだろう。
その船井氏が、船井総研の社長を他の人に譲り、自分は会長になって経営トップから退く時、彼は、新しい社長に、10だったか20だったか忘れたが、経営のコツを書いて渡したようだ。
ところが、当時は電子メールもなかった時代で、新社長は毎日、深夜まで質問のFAX(ファクシミリ)を送ってくるようになった。
それで気がついた船井氏は、新社長に「すまんすまん、前に教えたのは最高のコツじゃなかった」と言って、これも3つだったか5つだったか忘れたが、もっとシンプルなコツを教えたところ、新社長はうまく経営をやれるようになり、FAXを送ってこなくなった。
船井氏でも、コツを教えるのに失敗するのである。
また、船井氏が著書の中で、「人事のコツは、昇格はあっても降格はない(降格してはならない)こと」と書かれていたのを覚えている。

名人や達人であっても、コツを教えたがらない人も少なくないだろう。
達人レスラーだったジョージ・トラゴスは、ルー・テーズにだけはダブルリストロックのコツを教え、テーズは史上最高のプロレスラーになった。
テーズが、トラゴスやレスリングに対する敬意を持っていたから、トラゴスは教えたのだと思われる。
こういうふうに、教わる方にも、教えてもらえるだけのものがなくてはならないのだろう。
そして、やはり、コツは伝授出来るのである。

プログラミングのコツは、プログラミング作法というものを、頭の良い達人プログラマーが書いてくれている。
しかし、本1冊になるということは、最高のコツではないのだろう。
最高のコツというものがあるとすれば、アインシュタインが言ったのだと思うが、「出来るだけシンプルに、だが、度を過ぎないように」で、これは、万事に通用する万能のコツである。
改めて言うと愕然とするほどだが、「出来るだけシンプルに、だが、度を過ぎないように」は、いかなることにおいても、最上最高のコツである。
ただし、人間が理解出来る範囲で言えば・・・であるが、人間が理解出来る範囲においては、これ以上のコツはない。
例えば、ダイエットのコツは「食べ過ぎないこと」と、この上なくシンプルであるが、断食となると、度を過ぎているのである。
念仏がなぜ良いかというと、仏教の最上のコツだからである。
ちなみに、生きることの最上のコツは「心を静かにする」である。
念仏は、心を静かにするための最上のコツである。









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スーパーエネルギーを引き出せた人達に共通すること

前向きな目標なくして、パワー(能力や精力)を発揮することは出来ないだろう。
それも、高校生くらいまでなら、部活のスポーツでレギュラーになるとか大会で優勝するといったもの、あるいは、良い大学に合格するといった、個人的な(あるいは仲間内の)目標でも良いのだが、ある程度の年齢になると、自分のためだけの目標では、力が出てこなくなる。
例えば、二十歳もとおに過ぎた女性が、美人になるためにエステに熱心に通ったり、やはりいい歳の男が高級車を手に入れたくて仕方がないでは、ちっぽけなエネルギーしか湧いてこない。
「いや、俺は天下のことしか考えていない」と言っても、自分の面倒もロクに見れない者がそう言うのは、偉くなってチヤホヤされたいという個人的な欲でしかない。

ところが、プロ野球選手というのは、チームのためとか、球団やファンのためより、家族のためと思っている選手の方が活躍するという話を聞いたことがある。
そういえば、落合博満さんなんて、奥さんの誕生日には、相当な高確率でホームランを打ったらしい。
ナチスの強制収容所に送られ、奇跡的に生還したユダヤ人精神科医のヴィクトール・フランクルは、生き甲斐など全く持てない絶望的な状況で生き延びられたのは、結婚したばかりだった妻のことを考えたからだし、他にも、息子に再び会うことを思って、生きるエネルギーを得ていた者もいたようだ。
家族というものは、良いものらしい。
だが、小学生の息子と一緒になって、家の回りの道路で、近所の迷惑も考えず、大声を上げながら遊んでいる親は、息子や娘が思い通りにならなくなると、途端に愛着がなくなり、子供の方も馬鹿にするものだ。
フランクルらの場合、家族が離れていたから、本当に愛せたのだろう。
野球選手の場合も、普通の人よりは奥さんや子供と離れていることが多いし、また、下で述べるように別の理由もある。

職場を見ていると、30歳もとおに過ぎると、自己承認欲求だけでやってる者が多いし、そんな者しかいなくなったら、その会社は長くはないだろう。
つまり、一言で言えば、人間には、なんらかの高貴さが必要なのだ。
若い時なら、プログラミングを覚えることだって、自分が社会で生きるための武器を持ちたいと思うなら、集中出来るし、高貴さも出てくるのだが、歳を取ってからだと、それだけでは、なかなか意欲も湧いてこない。
一方、名プログラマーになったとかではないが、45歳からプログラミングを始め、上達して会社の中で優れた成果を上げた人もいた。
そんな人というのは、パソコンやプログラミング言語を世に送り出した人達への敬意を持っていたとかの、やはり何かの高貴さを持っていたのだ。
私も、割と歳が多くなってからプログラミングを始めたが、全ての人がプログラミングが出来るようになるためにBASIC言語を開発した、ダートマス大学の数学教授ジョン・ケメニー、トーマス・クルツ両教授への敬意があったので、うまくいったのだと思う。

フランクルは、妻に対して単なる愛着を持っていたのではなく、女神のように敬っていたはずなのだ。
ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』や、ロオマン・ガリーの『自由の大地(天国の根)』のように、堕落した男達が、たまたまそこにいた16歳の少女や、空想の少女を崇めることで、みるみる向上したのも同じことである。
初音ミクさんのコンサートでも、ミクさんを天使と崇める人達はマナーも素晴らしく、それぞれの世界で高い能力を発揮しているはずなのだ。
落合博満さんだって、奥さんを崇めているのだと思う(同意していただける方は多いと思う)。
「南無阿弥陀仏」や「南無観世音菩薩」、あるいは、「南無妙法蓮華経」といった念仏や唱え言葉が、それを行う者を加護するのは、それを行う者が、わずかでも高貴な心を持ち易いからではないかと思う。
なんと言っても、称名する対象は、人を超えた尊い存在、あるいは、尊い教えであるのだから。









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念仏の威力を多面的に語る

改めて、「南無阿弥陀仏」という念仏がなぜ良いのか説明する。
経典によれば、西の方角の彼方に西方極楽浄土という究極のユートピアである仏国土があり、その世界の主は、宇宙最高の智恵と力を持った阿弥陀如来という仏様なのだが、その仏様の名を呼べば、死後、その国に生まれて、永遠に平和に暮せることになってる。
さらに、高僧の教えによれば、阿弥陀如来の名を呼べば、大いなる加護が得られる。
その阿弥陀如来の名の呼び方が「南無阿弥陀仏(阿弥陀如来様にすべておまかせします)」という念仏なのである。
こんな話を信じる人も信じない人もいるだろうが、今の時代、まともに信じる人は少ないだろう。
だが、信じるからといって馬鹿ではないし、信じないからといって罰当たりな訳でもない。
心のイメージに嘘も本当もないし、心のイメージに価値がなかったり、さらに、力がない訳ではない。それどころか、驚くべき力がある。

我々がスマートフォンを有り難がる理由は、それで「つながっている」と思うからだが、人間自体に通信機能がないと思うのが誤解である。
別に、ESP(超感覚的知覚)のことを言っているのではないが、それとも関係するかもしれない。
電子は、人間が観察すれば粒子であるし、観察しなければ波動である。
この事実を見ても解るように、人間は元々通信機能を持っており、その通信は電磁波で行われているのではなく、その通信メカニズムは未知ではあるが完璧であり、通信速度は無限であると思われる。
人間の通信を受けるのは電子に限らないかもしれないが、電子は確かに通信を受けるのであり、電子はいかなる場所にもあり(宇宙空間にもある)、電子同士も通信するので、人間の心の作用が、どれほどの規模でどれほどの作用を及ぼすかは想像も出来ない。
物質世界は電子の影響を受けるので、人間の心は物質世界に影響を及ぼし、しかも、その影響は、様々な相互作用で大きくなっていくのだと思う。

宗教的にも、一休は、別に経典に書かれた西方極楽浄土にケチをつける気もなかっただろうが、
「西方極楽浄土は西にあるのではなく、南にある。南とは皆身のことで、我々の中にある」
と言い、我々の心が仏、つまり、阿弥陀如来であると言った。
これは、量子論とも通じた説明であると感じる。

また、阿弥陀如来は、元々は、アミターバ、アミターユスという名であるが、頭の「アミ」という部分はそのままである。
そして、キリスト教で「アーメン」と言い、神道で「アマテラス」という最高神がいるように、AM(アミ、アメ、アマ)という音に、国や地域を超えた効果があるのだとも言われている。
脳科学者の中野信子氏は、マ行の音に意味があることを『脳科学からみた「祈り」』に書かれていて、私にはこじつけっぽく思えたが(正直、私はこの人の話は半分信じていない)、やはり何か意味があるのかもしれない。
中野信子氏は「南無妙法蓮華経」という言葉を取り上げて説明していたのだが、もちろん、「南無阿弥陀仏」にも当てはまる。
そもそも、共に、先頭に「南無」があり、ここにマ行の音(さらにAMの音)があるのであるから、「南無観世音菩薩」も「南無弥勒菩薩」も同じで、念仏に「南無」を付けるのは、音の効果の意味もあったのかもしれない。

さらに、声に出す出さないに限らず、常に念仏を唱えていれば、余計なことを言ったり、考えたりせずに済む。
イエスが「人は口に入るもの(食べ物)で穢れたりしない。口から出るもの(言葉)で穢れる」と言ったように、悪い言葉を使うほど、脳にダメージを与えることはなく、それは、心、あるいは、心臓に悪いということにもなると思う。
また、言葉は心から出るのであり、悪い考え、悪い心の言葉は、魂を汚す。
そうであれば、それをせずに済む念仏は非常に良いものである。
天才発明家の中山正和氏は、世界最高レベルの能力開発の専門家であったが、彼は、般若心経の呪文を唱えることで、頭のイメージを乱す悪い言葉や考えを切ることを薦めていたが、それも同じことなのだと思う。
しかも、既に述べた通り、念仏は、音としても良く、さらに、阿弥陀如来という人間を超えた存在を認めることでもあるのだが、人間がそのように思うことは、この上なく優れたことなのである。









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ゴシップほど頭を悪くするものはない

本当に頭が良ければ、判断は正確になり、失敗や、それに伴う損失を避けることが出来る。
では、本当に頭が良いとはどういうことだろう?
それは、「脳のイメージ記憶がきれいである」ことだ。
よく喩えられるのが、頭(あるいは心)は部屋のようなもので、部屋が整然と片付き機能的であれば快適であるが、ガラクタだらけで混乱していれば、つまづいたり、必要なことをするにも手間がかかったりトラブルが起こる。
頭の中のガラクタとは、「嘘の情報」のことだ。

自分で確かめた訳でもないのに、人の言うことを信じてしまうと、頭の中のガラクタが増える。
「A子とB男はデキてるらしい」
「C部長はDを嫌って冷遇しているようだ」
「Eは過去に悪いことをしているに違いない」
「ウチの会社はもうすぐ倒産する」
など、誰かが無責任に言ったことや噂話を信じると、それは、頭の中のガラクタになり、イメージ記憶を乱し、結果、思考はデタラメになる。
井戸端会議で、下らない噂話を、さも本当のように言い合う主婦が、恐ろしく馬鹿であることを思い出せば納得出来ると思うが、今は、多くの人が、同じようなことを日常的にやっている。

テレビのゴシップを好んで見る者は、どんどん頭が悪くなっていくのは当たり前である。
しかし、今は、ネット上(SNSやその他のWebサイト)には、デタラメな情報だらけである。
「これで簡単に痩せるかもしれません」「毛がフサフサに生えたという人多数」などと言う広告や、「AKB48の○○、お笑いタレントの××と熱愛か」「Jリーグの△△選手、プレミアリーグに移籍か」など、ロクな根拠もないことを、さも、何かの裏付けがあるかのように書くのは、もうありふれているが、これらを見て、「そうなのかもしれないぞ」と思えば、もう頭の中にガラクタを持ち込み、イメージ記憶は乱れ、どんどん馬鹿になっていく。

古代から中世の科学者は、星の動きを観察して賢くなった。
星の運行は、法則を純粋に示すからだ。
だが、もっと昔は、海の果てには怪物がいるとか、地上は巨大な亀に支えられているというデタラメを信じる者が多く、それがイメージ記憶を乱し、人々の頭を愚鈍にしていた。
天動説は、デタラメな情報をくっつけて成り立ったもので、それを頑なに信じる教会の者達は馬鹿で、人を救うことなど出来なかった。

簡単に言えば、賢くなりたければ、ゴシップ(噂話)を信じない・・・というか、可能な限り聞かないことだ。
また、それほど悪質な噂でない場合、聞いて楽しんだとしても「単なる噂」とちゃんと認識することだ。

そこで、困るのは宗教である。
イエス・キリストが水の上を歩いたり、数個のパンを数千個に増やしたとか、西の方に、西方極楽浄土というユートピアがあるなどというのは、事実ではない。
これらは、あくまで象徴的な話なのであり、一休は「極楽浄土は西にはない。南にある。つまり、皆身(みなみ)、すなわち、我々の中にあるのだ」と、親切に解説したが、キリスト教の偉い人達は、イエスの奇跡の説明が出来ないのである。イメージ記憶が乱れていて、思考力がないのだろう。

悪口、陰口というのは、最もデタラメな噂話であり、それをするほど、頭が悪くなる。
だから、陰口を叩く者は絶対に信用出来ないのである。
また、見栄を張ると、嘘を言わざるを得なくなり、しかも、その嘘を自分で信じてしまう。だから、自分を実際以上に大きく見せようなどと思わないことだ。
そして、下らない噂話には、絶対に関わってはならない。
しかし、このような「頭が悪くなる」ことを無節操にする者がいかに多いかは恐ろしいほどである。









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