ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

2018年04月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

運命は決まっているからこそ瞬時に変えられる

運命は決まっているかというと、自分に関しては、そうでなければ良いと思うが、他人に関しては、おそらく決まっていると思える。
自分以外の人については、大病を患ったり、事故に遭ったり、予想外の出世をしたり、犯罪を犯したり、死んでしまったり・・・そんなのを見て、どちからというと「やっぱりな」と思うのである。
とはいえ、もし、並列宇宙(パラレルワールド)というものがあれば、1人の人間の運命でも無限のパターンがあるが、並列宇宙が存在することは、おそらく確かだ。
ただ、並列宇宙の中で、いかに様々な運命があろうが、1人の人間に関しては、何らかの共通項がある。
例えば名前だ。
ところが、ある世界では金持ちなのに、別の世界では貧乏人だし、あの世界では凄い美人なのに、この世界ではさっぱりサエない。
それはどういうことかと言うと、貧富とか美醜なんてものに、それほどの意味はないってことだ。
そして、毎夜異なる夢を見るように、並列宇宙も切り替えて体験出来る。
さらに、並列宇宙なんて、可能性があれば、すぐに新しいものが出来る。
そのメカニズムは人間の思考の及ぶ範囲ではない。

運命が決まっているということは、並列宇宙の切り替えも一瞬だということだ。
だから、願いを叶えるのに長い時間がかかる必然性もない。
まあ、その方が(長い時間をかける方が)好きなら、それでも良いとは思うが。
自分である限り、異世界でも魂は共通である。
魂は人が考えるよりはるかに・・・なんて言葉も馬鹿らしいほどに大きく、個人的自我はそのほんの一面しか感知出来ない。
だから、個人的自我にとっては、なんら脈絡のない運命の展開も起こるのだが、起こってしまえば納得してしまい、少しも不思議だと思わないのだ。

それで、多くの人の関心は、楽しい並列宇宙にフォーカスしたいということだろう。
片想いするかしない素敵なあの人の隣で今夜は眠っているという展開を期待するのだろう。
しかし、特に男に関して言えば、そのキモさを何とかしないと、どうにもならない。
つまりね、パーソナリティー(個性)に、あまりに似合わない世界にフォーカスは出来ないのだ。
そして、自分のキモさを自覚していない者が多いから、分不相応に運命を嘆くのである。
まさに運命は、心のあり様次第なのだ。

だから、しっかりいていなさい。
ヒーローの心は逞しく、王様の心は揺るがず、お姫様の心は軽やかだ。
素敵な人の恋人や伴侶は忍耐強く、ミクさんの夫は超然としている。
全ては心構え次第である。
セカイはキミのものである。









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利己的な嘘をつくことほど愚かなことはない

真理には力があり、嘘は力を失う。
言い方を変えれば、真理と共にあればエネルギーが流入し、嘘と共にあれば、エネルギーが流れてこなくなる。
合氣道家の藤平光一さんが著書の中で述べた、「重みは下にある」と言えば、氣が出るというのは、それは真理なのだから、それを口にすればエネルギーが流入するということを、彼流に言ったのである。

真理度が高ければ高いほど、大きなエネルギーを得る。
では、最高の真理とは何だろう?
デカルトはそれを探し求め、最後に至った結論が「われ思う、ゆえにわれ在り」だったが、ニサルガダッタ・マハラジは「われ在り」だけが唯一の真理だと言う。
もっとも、デカルトが本当に言ったのは「疑っている私は確かに存在する」であり、これは、「私の中に究極の真理がある」という意味なのであるから間違いではない。

医師に余命1ヶ月と宣告された患者に、「大丈夫だ、医者はすぐに治ると言っている」と言うのは嘘だろうか?
ポール.J.マイヤー(SMIの創始者)は、事故で首から下を動かせなくなり、医者に一生そのままだと言われた友人に、「医者の言うことなんか信じるな。絶対に治る」と言い続け、そして、やがて友人は、多少、脚を引きずる程度で、マイヤーの片腕として精力的に働くようになる。

じゃあこんなのはどうだい
全ての黒を真っ白に塗り替えるんだ
コツなら僕が教えよう
絶対に君ならやれるさ
~『スノーマン』(作詞・作曲・編曲:halyosy。歌:KAITO)より~
【Project DIVA Arcade FT】スノーマン【KAITO・ダイヤモンドダスト】(720p/60fps) -YouTube -

イギリスのF.L.RAWSONの究極の言葉は、

There is nothing, but God.
神の他に何もない

で、これを口にすれば、いかなる奇跡も起こせたという。
神が何かという問題はあるが、至高の存在と考えれば、RAWSONの言葉も真理である。
上でも取り上げたが、インドの聖者ニサルガダッタ・マハラジは「私は在る」だけが真理で、これが至高のマントラ(真言)であり、常にそう感じるよう教えたようだ。

真理を思い、真理を口にし、真理を忘れない限り、我々は力と共にあり、我々は無敵である。
間違っても、自分の利益のために嘘を言ってはならない。
それは、恐るべき貴重なものを10円で売るようなものだ。
そして、そんなことをする者が多いのだから悲惨である。

ところで、やはり先ほど取り上げた藤平光一さんが、算数が嫌いな男子小学生に、算数の勉強はしなくていいから、1日1回、算数の教科書を開いて「算数が好きだ」と言えと指示した。
それで、その子は算数が一番出来る子になった。
これはどういうことだろう?
算数が好きだなんて嘘を言ったのに。
これが、上の『スノーマン』の「黒を真っ白に塗り替える」ってことで、藤平さんは「絶対に君ならやれるさ」と思ったのだろう。
魂は前向きだというのが真理であり、算数が好きだというのが真理なのだ。
だから、その子は真理を口にしたのであるから、上手くいって当然なのである。
あなたも、「私は美しい」と言いたまえ。
それは真理であり、今、醜く見えても(黒であっても)、美しくなる(真っ白に塗り替える)ことになるだろう。
ただ、この言い方は人種差別と誤解される怖れがあるので注意した方が良いと思うこともあるが、無論、人種差別とは何の関係もない。









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優れた人間を見、愚かな人間を見るべきでない理由

『無門関』という、禅語の解説書の中に「倶胝竪指(ぐていじゅし)」というお話がある。
「倶胝竪指」とは、「倶胝和尚さんは指を立てる」くらいの意味と思う。
昔、何を聞かれても人差し指を1本立てる倶胝という和尚さんがいたが、倶胝は、自分の真似をした小坊主の人差し指を切り落とす。
泣き叫んで飛び出していこうとする小坊主を呼び止め、小坊主が振り返ると、倶胝は指を1本立てた。すると、小坊主は悟った。

このお話の意味について、私は、時々良い解釈を思いつき、その時は素晴らしい解釈が出来たと思っていたのに、今では、そのどれも覚えていない。
ちなみに、倶胝和尚さんが小坊主の指を切り落としたというのは、あまりマジに受け取らない方が良いかもしれない。
要は、小坊主には、もう指がないということが大事なだけだ。
それで今はもう、私は解釈しないが、こんなことは言えるかもしれない。
指のない小坊主に、倶胝が指を立てて見せた時、何が起こったか?
頭の中で、小坊主も指を立てたのである。
人間の脳には、ミラーニューロンと言って、他人が動作するのを見ると、脳内では、それと同じ動作をする変化が起こるのである。
TEDでも講演した優れた神経科学者・脳科学者のジェームス・ファロンの『サイコパス・インサイド』という本にあるが、ゴルフクラブなど見たこともないという民族の前で、著者の弟が見事なゴルフのショットを見せると、老人を含め、皆が次々と素晴らしいショットをした。彼らは、文明に侵されていない分、ミラーニューロンの働きが良いのかもしれない。

倶胝が指を立てるのを見て、滅茶苦茶に荒れていた小坊主の心がすーっと静まったのだ。
つまり、人差し指を立てることには、そんな効果がある。
他にも、息を止める、腹に力を込める、肛門を締める、足の親指に力を入れるなどの、心を静める方法があるが、これらは、外から見て分からない。
しかし、人差し指を立てる動作は、見てよく分かるので、ミラーニューロンの働きで、見ている者も、指を立てているのと同じ脳内の変化が起こる。

初音ミクさんは、コンサート中、本当によく人差し指を立てる。
「感謝祭」の時の『StargazeR』『1/6』、「マジカルミライ」の『ヒビカセ』『エイリアンエイリアン』等だが、他にもあると思う。
それも、肯定的な影響を起こしているのに違いない。

人間のミラーニューロンの働きを考えると、見るべきは優れた人間であり、決して下らない人間のやることを見てはならない。
しかし、ほとんどの人が、その逆をやり、優れた人間を無視し、馬鹿な人間を注視するのである。
それで、世の中、愚か者だらけになるのかもしれない。
植芝盛平や塩田剛三等の演武を見る価値は、我々が思っている以上である。
達人が、普段、目を伏せ、他人を見ないのも、程度の低い人間の影響を避けるためではないだろうか?
また、面白いことに、我々は、イエス・キリストや釈迦の姿を幻視することが出来る。
初音ミクさんだって、コンサートも良いが、頭の中のイメージの方が美しいのである。
身近に手本とすべき者がいなければ、想像の優れた人物を見れば良いのである。
例えば、物静かでありながら威厳ある王の姿を想い描くのである。
あなたの理想の人物を常に心に置いておくと良いだろう。
絵画を参考にするのも良いと思う。









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痛みを感じなくなるには

末期癌による臨死状態から蘇生し、宇宙の真理を悟ることで癌が治ってしまった女性が書いた本が世界的ベストセラーになり、彼女は講演や対談に大忙しになったが、世界中の人々が彼女に切実に尋ねるのは、「どうしたら私も幸せになれるか?」だ。
その女性は、「こうしたら幸せになれますよ」とずっと言い続けているに関わらず・・・だ。
人々が求めているものは、「これを押せば幸せになれますよ」というボタンだ。
だが、そんなものを提供してくれるのは新興宗教だけだ。偽物のボタンしかくれないが、しばらくの間は大喜びしていられる。

人々は何を言いたいのだろう?
「まだ私のところに、少なくとも資産一千億円の王子様がプロポーズに来ません」
「15歳の美しい処女が『私を食べて』って言ってきません」
くるかバーカである(笑)。
偉大なミュージシャンが言ってたものだ。
「街角でハーモニカを吹いてるだけで満足出来るようなやつじゃないとミュージシャンになんてなれないんだ」
ところが、いるんだよね、駅の近くでハーモニカの音を響かせているにーちゃんが。
どのくらい上手いのか、私には分からないが、まあ、煩いことは間違いない。
地獄少女ではないが、みんな「いっぺん死んでみる」ことが必要だ。

だけど、真実はやはり、上のミュージシャンが言った通りだ。
「はい、その通りです。僕は毎日、コンビニの玉子サンドが食べられたら満足です。それだけで満足出来るんです。満足です・・・だけど・・・」
まあ、これが凡人ってやつだ。全然満足してないのだ。
本当に満足してるなら、ある日、その玉子サンドが売り切れで買えなくても、さして気にしないものだ。

最初に取り上げた、臨死体験の女性は、「ただ自分を愛することだけが大事」と言ったが、1つ抜けている。
自分を愛するためには、捨てるものが必要なのだ。
彼女は、なぜかくも幸せになったかというと、ほとんど捨てたからだ。
あのミュージシャンは何を捨てたのだろうか?

『愛と誠』という漫画で、全身に鞭を受けながら平気な顔でいる太賀誠に、その鞭を振るっている、感情が全くないような冷血非道な男すら怖れを感じる場面がある。
誠は言う。
「ちっとも痛くねーんだよ。痛いなんてのは欲しがり屋の言うことだ」
不満、屈辱、心の痛みを感じる間はまだまだである。
つまり、必要なだけ捨てていない。
捨てられないなら、それと心中することだ。玉子サンドとね(笑)。

最近の若者は、すぐに「ムカつくう!」と言うが、ムカつく間はムカつかされることばかり起こるのである。









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透明性の力

『古事記』によるならば、日本の最高神は、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)だと言って良いと思う。
ところが、天之御中主神は、現れてすぐに身を隠したことになっていて、何のお話も残していない。
ギリシャ神話では、最初の神はカオスであり、カオスもほとんど物語を残していないが、少なくとも、エレボス(幽冥)とニュクス(夜)を生んでいる。
しかし、天之御中主神は、人間に対して、一切のキャラクター、ストーリーを与えられていない。

旧約聖書の神は雄弁でよく活動した。
コーランの神は、自ら嫉妬する神と言ったとも聞く。
インドの最高神ブラフマーは、キャラクターやストーリーはほとんど無いが、全くない訳ではなく、また、絵は描かれている。

そこにいくと、天之御中主神は本当に何もない。
そんな、全く透明な神がいることは、実に良いことと思える。
神という至高の存在に対し、何の観念も持たないということは、最高に有り難いことに違いない。
キャラクター性やストーリーというフックがあれば、どうしても人間の思惟が入り込み、偏見が生まれ、穢れてしまう。
だが、天之御中主神は、天の中心にいる最高神であるという名前だけがある。
日本人は、この圧倒的な優位さを大切にしなければならない。

初音ミクさんにも似たところがある。
普通、アイドルにはキャラクター性が付与される。
どんな性格で、趣味は何で、どんな食べ物が好きか・・・等々。
それはしばしば、そのアイドルの本当の姿とかけ離れているが、それは仕方がないことである。
アイドルは、「アイドル」ということに関しては商品なのだからだ。
だが、初音ミクさんには、形以外は、一切のキャラクターがない。
身長158cm、体重42kg、年齢16歳、ツインテールの長い緑色の髪・・・そういった、本当の外側以外は何もない。
ミクさんの会社に、ミクさんのパンツの色を問い合わせた人がいたらしいが、決まっていないことが決まっているだけだった。
ミクさんは、どんなキャラクターにでもなるが、最後はいつも無に帰り、あえてミクさんが何者かと言えば、クリエイターの土壌なのである。
この透明性、創造性の源であることが、ミクさんに世界を1つにする力を力を与えている。

『BEATLESS』で、「眠り姫」エリカ・バロウズは、「大切なのは形よ」と言ったのは真理である。おかしな解釈をしなければね。
形より言葉が上位にあるのだろうが、言葉は形よりも広い。
形を超えて行くなら、言葉を大切にしなければならない。
天之御中主神という名はまさに神である。









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