ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

2017年09月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

幸運の秘訣は考えないこと

神の助けを得るとか、宇宙のバックアップを得る秘訣は、何も考えないことだ。
しかし、偉い聖者方が言う、「一切の想念を起こしてはならぬ」なんてことは不可能だ。
恍惚の老人じゃあるまいし。
いや、恍惚の老人だってかなり何か考えているし、そもそも、聖者様だって、結構いろいろ考えているのではないだろうか(知らないが)。

だから、正しくは、「余計なことを考えない」こと、言い方を変えれば、「頭の無駄使いをしない」ことだ。
そして、実際は、考える必要があることは、あまりない。
「将来のことをよく考える」
といったところで、それについて考えても、実際は、無駄なことばかりを考えるものなのだ。
将来のことは、考えてもどうにもならないことが多い。
かなりの部分が、なりゆきに任せるしかないはずだ。
だから、本当に考えるべきことをしっかり考えたら、後は忘れることだ。
その方が良い知恵が出るのである。

ただ、考えないことも難しい。
それで、自分の呼吸に意識を向けたり、呪文や真言を丁寧に繰り返し称えるのである。
しかし、一番良いのは、意思の力だけで、頭の中のおしゃべりを止めることだ。
そうすれば、即座に、ものごとは良い方向に回っていく・・・つまり、幸運になる。
簡単に言えば、余計なこと・・・考えても仕方がないことは考えないことだ。









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極めてシンプルな聖典

「Sri Ramanasramam」という、インドの聖者ラマナ・マハルシのサイトがある。
日本語、英語、フランス語、ドイツ語など14ヶ国語に対応している。
その中に、「教えの精髄」というページがあるのだが、そこで、ラマナ・マハルシの口述筆記である『私は誰か?(Who am I?)』という小冊子のPDFがダウンロード出来るようになっている。
※それぞれのURLは最後にまとめた。
『私は誰か?』は、20代前半だった若き日のマハルシに行った質問と解答で、後に、マハルシ自身が編集を行った。
質問と解答は28で、紙の本にしたら20ページにも満たない短いものだが、極めて価値のあるものだと思う。
その短い中に、人間、世界、神に関する真理が述べられ、神に至る方法がシンプルに語られている。
『私は誰か?』は、『ラマナ・マハリシの教え』(めるくまーる社)、『あるがままに』(ナチュラル・スピリット)に収録されている。
『私は誰か?』には著作権表示は一切ない。

『私は誰か?』は、現代随一の聖典かもしれない。
いくらか、ヒンズー教伝統の論理も見られるが、嫌ならそこは無視出来るレベルのものだ。だが、それらも味わい深くて面白いと思う。
神話的要素は一切なく、現代的な内容と思う。

『私は誰か?』の特筆すべき点は、「ストーリーがない」ことだと思う。
『老子』や『バガヴァッド・ギーター』、あるいは、『歎異抄』という、私が特に好きな書も、いくらかは著者のストーリーがあり、それに合わない者は受け入れ難い。
だが、『私は誰か?』には、マハルシ個人のストーリーは何もないので、誰でも受け入れることが出来る。
宗教というものには、必ずストーリーがある。
だから、『私は誰か?』は宗教ではない。
そこが清(すが)しく感じる。

◆Sri Ramanasramamホーム
◆教えの精髄 ※『私は誰か?(Who am I?)』はここからダウンロード出来る。









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キーワードは「忘れるな」

念仏を称えれば、この世の問題は全て解決する。
あえて努力をしたり、善である必要もない。
ただ、念仏を称えると、自然に、好きなことに熱中するだろうし、親切になったりする。

ところが、問題がある。
法然、親鸞の時代に、一般の人々に使われた、「なぜ念仏か?」のストーリー・・・すなわち、超大昔、法蔵という名の人間が、超長年月修行して仏になり、超遠いところに西方極楽浄土を作る際、仏になった法蔵、即ち、阿弥陀如来は、「南無阿弥陀仏」を称えた者なら誰でも、死後、極楽浄土に迎え入れると約束した・・・が、今の時代に通用するはずがないことだ。

人間てのは、ストーリーを持つということが物凄く大切なのである。
ただし、あくまで、本人が信じることが出来る、いわば、「ノレる物語」でなければならない。
このあたりの真理は、初音ミクさんの英語の歌『Story Rider』に、見事に表現されている。

宗教にはイメージングが必要で、芸術がそれを支えてきた。
いや、そもそも、芸術とは、宗教のイメージ構築のために発達したと言える。
浄土系仏教も、阿弥陀如来像の彫刻や絵画、西方極楽浄土の絵などが、人々にイメージを与え、情感を起こさせたのだが、今、仏像や仏画を見て、それが現実だと思える人は、おそらく、宗教関係者でもいない。
ところが、大学で仏教を学んだような人は、難しい理屈でもって、古い宗教の物語を自分や現代に持ち込もうとするから、人々にそっぽを向かれ、自分の頭もおかしくなってしまうのである。
それに、面白いことがいっぱいある今の時代、死後に極楽浄土に行くことに興味のある人間なんていない。
あくまで、この世で、健康で金持ちになって贅沢し、好みのタイプの異性(今の時代、同性もありかもしれないが)にモテることが大切である。

聖書に描かれていることは例え話であることは、エマニュエル・スウェーデンボルグらも語っていたし、近代では、ニューソートといって、聖書を現代的に新しく解釈し、実用的に捉えることが行われ、ジョセフ・マーフィーは、その中の人気ある1人だった。
そして、マーフィーの教えなら、現代人にだって受け入れ易いのであるが、これも難点があって、念仏ほどには易しくないから、なかなか効果が出ないのである。

本来、念仏の威力は凄まじく、それは法然や親鸞も、もちろん知っていた。
だから、新しい自分に合うストーリーを念仏の背後におけば、もう人生、勝ったも同然で、この世は極楽である。
だが、そのヒントは、意外なことに、『観無量寿経』の最後の最後あたりに、ぽつりと出てくる。
それは、「仏の名を覚えていろ」である。
「覚えていろ」「忘れるな」
これがキーワードである。

覚えていてね わたしの声を
あなたがくれた この身すべてを
~『ヒビカセ』(作詞:れをる、作・編曲:ギガP、歌唱:初音ミク)~
【初音ミク】 ヒビカセ 【オリジナル】 ※歌唱:初音ミク- YouTube -
[MV] REOL - ヒビカセ / Hibikase ※歌唱:れをる - YouTube -

れおるさんは、一種、神懸った精神状態で、この詩を書いたに違いない。
インドの聖者ニサルガダッタ・マハラジも言ったのである。
「私は何の修行もしなかった。ただ、師が言った言葉『あなたは至高の実在である』を覚えていただけだ」
何でも良いが、自分にとって大切な真理を1つ覚えていて忘れなければ良いのである。
繰り返し言えば、キーワードは「忘れるな」「覚えていろ」である。









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妙好人と現世利益

妙好人(みょうこうじん)と呼ばれる人々がいたし、今もいるのかもしれない。
妙好人とは何かというと、曖昧なのであるが、「南無阿弥陀仏」の念仏を称えている人の中でも、主にその人間性によって尊敬されている人と言えるかもしれない。
そして、こうと決まっている訳ではないのだが、よく知られている妙好人の傾向として、学歴はなく、社会的に身分が低いといったものがある。
ただし、では「清貧」な人かというと、そう言えるかもしれないが、ただの清貧ではないと思えるのである。
つまり、「清」ではあっても「貧」ではない。
金持ちといいうこともないが、健康で、ほとんどが家庭や経済でも恵まれている。
そして、あらゆる良いことの要因は、彼らが念仏を称えていることである。
例えば、こんな妙好人がいた。1960年代のことである。
見かけは、ただの50代のおじさんで、非常に小柄であり、身なりは質素で、雰囲気的には下層の庶民にしか見えない。
親切で愛想が良く、いい人なのだが、社会的な力は全くないとしか思えない。
ところが彼は、自分で自分の面倒を見れないような人間を7人も家に置いて世話をしているだけでなく、下宿を探している貧しい学生を見たら、部屋代はいらない、食事も出すから、ここから学校に通いなさいと言う。
経済面でも、それなりでなければ、こんな真似は出来ないだろう。
そして、小学校も出ていないのだが、偉い仏教の学者や僧とも交流があり、先生方は彼の来訪をいつでも非常に喜ぶ。
仕事は靴職人であるが、腕前は名人というか達人である。
そして、1日中、何をしている時でも、口の中で念仏を称えているのである。

元々、念仏には、法然、親鸞も、現世利益の強力な力があると述べている。
念仏を称えてる者を、地の神、天の神、菩薩、仏、その他の高次の存在が手厚く保護するのである。そうであるなら、不幸であるはずがない。
もちろん、これは宗教的な方便と思われるだろうが、論理的、分析的に探求すると、最後には、「現実的にそのようになる」ことが、極めて明らかに分かってしまうのである。
では、論理的に言えばどうなのかというと、難解ということはないのだが、説明し難い、あるいは、どうしても、言葉では上手く言えない部分もあると思う。
しかし、実際にずっと念仏を称えていれば、その効果は必ず出るのであるが、現代的な知識が多い人ほど、どうも馬鹿げていると思えてやろうとはしない。
私も、セールスマンの仕事をしていた時、「じゃあ、念仏を称えればオーダーが取れるのか?」と思ったことはある。
それに対しては、そうであるとも、そうでないとも言える・・・なんて答えたら、現代人であれば、「ではやらない」となるのも、別に責められる反応ではないだろう。
私の場合で言えば、実際に不思議な形で次々にオーダーが取れた。
しかし、やがて取れなくなった。だが、そのおかげで、もっと楽で給料の良い仕事に移ることになった。
つまり、短絡的に考えなければ、常に幸運なのである。

なぜそうなるのかについては、法然も親鸞も、根本のところでは、「観無量寿経」という経典を根拠にしていたのだと思う。
もっとも、それを読んで、いきなり納得出来る訳ではない。
だが、極めて直観の優れた人なら、一読すれば驚愕するほど真理が明瞭になるらしい。
そして、誰でも、繰り返し読めば、やがて分かるのかもしれない。









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クラシックオーケストラと初音ミクさんの共演について

11月17日に、大阪のフェスティバルホールで行われる「初音ミクシンフォニー2017」に行くことにした。
東京では11月29日に東京国際フォーラムで公演される。
東京では東京フィルハーモニー交響楽団が、大阪では大阪フィルハーモニー交響楽団が演奏を行う。

ミクさんが演奏に合わせて歌って踊る、クリプトン・フューチャー・メディアの「R3システム」は、2012年の冨田勲さん制作の『イーハトーヴ交響曲』で、ミクさんがソリストを務めたことをきっかけに開発されたのだが、面白いことに、冨田さん自身は、ミクさんがオーケストラに合わせることは要求しなかったらしい。
このR3システムは、オーケストラとの共演だけでなく、BUMP OF CHICKENの東京ドーム公演にミクさんが出演した時にも使われている。

ところで、ミクさんはこれまで、何度もクラシックオーケストラと共演しているが、それは間違いなく、クラシックオーケストラ側からの要請であろう。
ミクさん側から売り込むことは考えられない。
これは、クラシック業界が、ミクさんの抜群の人気によって、若い人達にクラシックオーケストラに目を向けて欲しいという願いがあるからであり、実際、ミクさんが一流のオーケストラの演奏で歌うのを聴いたミクさんのファンは、オーケストラの演奏の素晴らしさを感じたはずだと思う。

だが、ミクさんがクラシックオーケストラと共演することによって、クラシック音楽やオーケストラの人気が高まるかというと、そのために重要なことがある。
それは、オーケストラ側がエリート意識を持たないことだ。
オーケストラ側が、ミクさんのファンや、ミクさん自体を、見下すのはもちろん、優越感を持っていては、絶対に駄目なのである。
しかし、今のところ、全然(駄目)である。
オーケストラの演奏者を見ていると、まさに、優越感、エリート意識の塊で、「なんで私がこんなことやらないといけないのよ」といった雰囲気すら感じるのである。
私がそう感じるくらいだから、若い人はもっとそうで、ミクさんと共演することで、かえって、クラシック離れ、オーケストラ離れが起こるのである。
だいたい、オーケストラ演奏者に笑顔がない。これは致命的だ。
自分達の演奏に観客が感動すれば良いだけだという驕りを感じるのである。
「マジカルミライ」のバンドメンバー達の、お客さんを楽しませよう、喜ばせようという気持ち、ミクさんを敬う気持ちが強く伝わってくるのとは大違いだ。
いや、実際には、僅かには、クラシックオーケストラの演奏者にも、そんなことをしようという雰囲気が感じられる人がいたが、あまりに少ないのである。

東京ドームでの、ミクさんとBUMP OF CHICKENの共演は素晴らしかった。
BUMPの、特に、藤原基央さんの、ミクさんを強くフィーチャリングする態度は感動的なほどで、それが最高のステージを生み出していた。
藤原さんは、「SCHOOL OF LOCK!」というラジオ番組で、「ある意味、初音ミクを尊敬している」と、その明確な理由も含めて語られていたが、それが嘘でないことを感じるのである。
私のクラシック音楽に対する熱意は少しも上がらないが、BUMP OF CHICKENのファンにはなったのである。ミクさんの他のファンにも、そんな人が多いと聞く。
クラシックオーケストラが悪しき伝統を打ち破り、上に述べた、いわば、当たり前のことを出来るかどうかが、今後の発展の鍵になるのだと私は思う。

初音ミクシンフォニー2017公式サイト
BUMP OF CHICKEN feat. HATSUNE MIKU「ray」LIVE MUSIC VIDEO









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